第416回:【Movie】ヒップコンシャスな「カルタス」は歴史のモノ?
大矢アキオ、捨て身の路上調査員「ブダペスト編」
2015.09.18
マッキナ あらモーダ!
ビザが必要だった頃
自動車雑誌ではわからない世界各地の路上クルマ風景を見て、感じていただく企画「捨て身の路上調査員」シリーズ、今回はハンガリーのブダペスト編である。
ボクは、ちょうど20年前の1995年にブダペストを訪れている。1989年の第三共和国成立からわずか6年、日本人がハンガリーに入国するにはまだビザが必要で、当時東京に住んでいたボクは、三田の大使館まで申請に行ったものだ。そのときはオーストリアのウィーンでレンタカーの「オペル・コルサ」を借り、同様にビザが必要だったスロバキアを通過してハンガリー入りした。
ハンガリー入国後、途中のサービスエリアでは小遣い銭を求める子供たちが近寄ってきた。たどり着いたブダペストでは、修復が行われていないくすんだ外壁をもつ建物が連なっていたものだ。
旧東欧車は、もはやオブジェ
いっぽう今回訪れたブダペストの街は、欧州連合(EU)の一員として大きく変貌していた。パリやフランクフルト同様に、外資系ファストフードやファストファッションの店が連なっている。そして西欧では考えられぬほど若者が目立ち、活気を感じさせた。
そうした街の中心部で、平日の午前11時、10分間にわたり信号待ちするクルマのブランドを数えてみた。結果は以下のとおりである。
オペル:11台
フォルクスワーゲン:9台
スズキ、トヨタ、フォード、BMW:各8台
メルセデス・ベンツ、アウディ、プジョー:各6台
シュコダ:5台
ルノー、ボルボ:各4台
シトロエン、三菱、フィアット:各3台
日産、ダチア、ローバー:各2台
ホンダ、キア、レクサス、MINI、フェラーリ:各1台
ハンガリーは、今や欧州でも重要な自動車生産拠点だ。
スズキの現地法人、マジャールスズキは1991年に生産を開始して以来、8モデルを手がけ、現在はSUV「ビターラ」やシティーカー「スプラッシュ」だけでなく、そのオペル版やヴォクスホール版も生産している。メルセデス・ベンツは「Bクラス」の一部と「CLAクラス」、アウディは「TT」「A3カブリオレ/セダン」そして「RS 3」を手がけている。
ハンガリーの2014年の自動車生産台数は37万3034台で、対前年比では59%増という、恐ろしい伸び率である。イタリアの33万26台も抜いている。
20年前のベルリンの壁崩壊前に街中でたびたび見かけた東欧車は、もはや絶滅危惧種だ。チェコの古いシュコダは、若者が夜集うカフェで店頭のアイキャッチと化している。翌日、ドナウ川をはさんだブダ側で見つけた旧東ドイツ車トラバントには「保存のため、寄付をお願いします」という張り紙とともに、箱が備えられていた。いずれも歴史オブジェ扱いなのである。
それどころか、日本では1990年代、そのリアスタイルから「ヒップコンシャス」のキャッチとともに宣伝され、ハンガリーでは新生共和国最初の“国民車”的役割を果たしたともいえる「スズキ・スイフト」(日本の2代目「カルタス」)でさえ、新型車あふれる路上では、もはや歴史車界に片足を突っ込みつつある。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テレビで見た光景が、目の前で
歴史の変化といえば、もうひとつ大切なものを見た。セルビア国境を越えてブダペスト東駅に到着したシリア人を中心とする難民の人々である。ボクが訪れたときは、彼らのほとんどが目的地とするドイツ/オーストリアが受け入れを正式表明する前だった。そのため多くの家族が駅の地下コンコースなどで一時的に暮らし、駅構内への入場を求めて時折シュプレヒコールを上げていた。テレビで見ていた光景を、実際に目の当たりにした衝撃は大きかった。
思えばハンガリーは1956年、ソビエト主導の社会主義に反対する動乱の舞台となった。そして1989年にオーストリアとの国境にあった鉄条網が撤去されると、東側諸国が西側に渡る“通路”となった。今回の難民問題も、後世に振り返れば、欧州の移民政策を根本的に変える契機になっている気がしてきた。クルマしかり人々しかり、この国の風景は、欧州の変化を映し出す鏡に違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
【Movie】捨て身の路上調査員「ブダペスト編」(その1)
【Movie】捨て身の路上調査員「ブダペスト編」(その2)
(撮影と編集=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。
