第109回:天才運び屋は「S8」で美女を送り届ける
『トランスポーター イグニション』
2015.10.23
読んでますカー、観てますカー
同じワイルド系でも2代目はイケメン
2015年9月28日、表参道のアウディフォーラムに“天才運び屋”フランク・マーティンがやって来た。どんなものでも期限までに確実に届けるというカリスマドライバーである。運転席から姿を現したのはワイルド系のイケメン……おや? おかしいぞ。フランクはワイルド系のハゲだったはず。実は、今回来日したのは2代目フランクだった。最初のシリーズは2008年の『トランスポーター3 アンリミテッド』で終了し、『トランスポーター イグニション』はリブート版の新シリーズなのだ。
第1作の『トランスポーター』は2002年の作品である。ガイ・リッチー監督の『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』や『スナッチ』に出演して頭角を現していたジェイソン・ステイサムを起用し、彼をメジャーなステージに押し上げることになった。悪役然とした見た目なのに妙に情にもろいところもあるヒーロー像が新鮮で、ヒット作となった。粗野で暴力的な狂犬キャラは、『ワイルド・スピード SKY MISSION』で見事な仕上がりを見せることになる。
シリーズで脚本と製作を務めたのはリュック・ベッソンで、彼は同時期に平行してもうひとつのプロジェクトを手がけていた。1998年に始まった『TAXi』シリーズである。こちらはスピード狂のタクシー運転手が主人公で、マルセイユを舞台にワルモノとバトルを繰り広げる。愛車の「プジョー406」はエンジンをパワーアップしたスーパーマシン。グローブボックスに隠されたボタンを押すと巨大なウイングがせり出す。ドイツの強盗団が乗る「メルセデス・ベンツ500E」や日本のヤクザが持ち込んだ「三菱ランサーエボリューションVI」を蹴散らしてフランス人観客の喝采を浴びるのだ。
『TAXi』はプジョー、『トランスポーター』はドイツ車
コメディータッチの『TAXi』シリーズに対し、『トランスポーター』シリーズはシリアスなアクションムービーだ。同工の着想から2パターン作ってしまうのだから商売がうまい。登場するクルマにも違いがある。『TAXi』がプジョー推しなのに対し、『トランスポーター』ではドイツ車がフィーチャーされる。第1作では「BMW 735i」、2と3では「アウディA8」が荷物を運んだ。
新作でフランクが乗るのは「アウディS8」である。主人公がハゲからイケメンに代わったのに合わせて、クルマもグレードが上がった。最初の登場シーンは地下駐車場。高級車を盗もうと不良どもが囲んでいるところにフランクが現れる。雑魚どもを瞬殺し、ゆうゆうと運転席に収まってエンジンを始動させた。動き出したS8をさまざまな角度からカメラがとらえ、魅力的なフォルムを写しとる。ディテールもていねいに描写していて、まるでディーラーで流される新車紹介ビデオのようだ。
ダイナミックターンシグナルを光らせて走り出たS8は、英国領事館に到着する。待っていたのはフランクの父(レイ・スティーブンソン)。今日は彼が退職する日なのだ。エビアンの営業職だと言っているが、本当は諜報(ちょうほう)活動をしていたらしい。別れた後、彼はハッピーリタイアを祝うために2006年もののシュヴァル・ブランを900ユーロで購入するが、親切で声をかけた女性のたくらみでワインごとメルセデス・ベンツのトランクに押し込まれてしまう。
フランクは仕事を依頼してきた美女アンナ(ロアン・シャバノル)とカフェで会っていた。プロの運び屋が守る3つのルール「名前は聞かない」「契約厳守」「依頼品は開けない」を確認し、荷物の受け渡しの手順を決める。
ベッソンのフランス車愛は健在
約束の時間に銀行の前で待っていると、金髪ボブのウィッグをつけたアンナが現れた。荷物らしいものは持っていない。刻限直前になって、アンナと同じ風体の女性2人が後席に乗り込んでくる。自分たちは49kgと55kgの荷物だと主張するのだ。そんなふざけた言い分を受け入れるはずもなく、フランクは契約違反だから仕事は終わりだと告げる。しかし、スマホの画像を見せられて自分が不利な立場にいることを知った。映っていたのは、とらえられた父の姿だったのだ。
S8を急発進させると、パトカーに追いかけられるハメになる。かくしてコートダジュールの市街でカーチェイスが展開される。道が狭いとはいえ、プレミアムスポーツセダンのS8が負けるはずはない。4リッターV8ツインターボエンジンは最高出力520ps、最大トルク66.3kgmを誇り、0-100km/h加速はわずか4.1秒なのだ。パトカーなんぞは相手にしない……はずなのだが、すぐに追いつかれてしまう。
理由は、パトカーが「プジョー307」だったことにある。以前『ラストミッション』を紹介した時にも書いたが、リュック・ベッソンがからむ映画ではプジョーが異様に速いのだ。あの映画では「プジョー308」でアウディA8を追いかけ、すぐに追いついてしまっていた。ベッソンのフランス車愛は、『TAXi』を撮った時からまったく変わっていないのである。クルマを提供したアウディとしては面白くないのではなかろうか。S8はラウンドアバウトでドリフトしながら水栓を開けるというスゴ技を披露していたから、まあOKということなのかもしれない。
フランクはアンナにまんまとハメられた格好だが、いろいろあって彼女の復讐(ふくしゅう)に協力することになる。派手な格闘アクションや銃撃戦もちりばめられていて、新鋭エド・スクレインはステイサムの後継者として十分な実力を見せつけた。ラストでは海の崖っぷちでラスボスとの死闘が描かれる。まるで2時間ドラマのようなシチュエーションなのだ。ベッソン作品が日本で人気なのもわかる気がする。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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