第111回:冷戦真っただ中で米ソのスパイが仲良くケンカ
『コードネームU.N.C.L.E.』
2015.11.13
読んでますカー、観てますカー
1963年の東ベルリンが舞台
第107回で紹介した『キングスマン』は予想を超える大ヒットとなった。興行収入は10億円を上回る見込みで、マシュー・ヴォーン作品としてはナンバーワンだ。リピーターが多く、スーツと傘でドレスアップしたファンが集う上映会まで開かれた。
鮮烈なデビューを果たしたタロン・エガートンの評判は上々で、ロビン・フッドを描いた大作に出演することがすでに決まっている。『キングスマン』の続編も決まり、来年2月にクランクインする予定だ。今度は日本を舞台にしたシーンもあるようで、期待が高まる。コリン・ファースが引き続き出演するという話だが、1作目を観た人にとっては意味不明なことだ。
そして、『コードネームU.N.C.L.E.』である。前に書いたように、この作品は『キングスマン』とは因縁浅からぬ関係だ。1960年代の人気TVドラマ『0011 ナポレオン・ソロ』のリメイク作品なのだが、『キングスマン』の監督マシュー・ヴォーンは原作の主演俳優ロバート・ヴォーンの“息子”である。彼は今回の作品の監督を務めたガイ・リッチーとはかつての盟友で、後に微妙な関係になっている。思いがけず競作のような形になったが、古き良きスパイものという同じ素材を使いながらまったく違う手触りの作品になった。
『キングスマン』は、円卓の騎士という仕掛けを使って現代に紳士スタイルのスパイをよみがえらせた。『U.N.C.L.E.』の時代設定は原作から変えていない。冒頭では第2次世界大戦の終結からベルリンの壁が作られるまでがニュース映像で流される。CIAスパイのナポレオン・ソロが潜入したのは、1963年の東ベルリンだ。まさに冷戦真っただ中。アメリカとソ連の諜報(ちょうほう)戦が火花を散らしていた時代である。スパイ映画には絶好のお膳立てだ。
東ドイツ製小型車2台のツインドリフト
ソロは自動車整備工場を訪れ、クルマの下で作業をしていたギャビー(アリシア・ヴィキャンデル)に接触する。彼女の父はヒトラーのもとで核兵器を開発していたウド・テラー博士(クリスチャン・ベルケル)で、行方が知れなくなっていた。機密情報を手に入れるためには、彼女を西側に連れ出す必要がある。2人は「ヴァルトブルク311」に乗って脱出を図る。
このクルマは本来「DKW」の流れを引く2ストローク3気筒の900ccエンジンを搭載しているが、どうやらギャビーの手によって高度なチューニングを施されているらしい。ディストリビューターから6本のハイテンションコードが出ているから、気筒数は倍になっているはずだ。
ギャビーの西側行きを阻止するべく監視していたのが、KGBのエージェントであるイリヤ・クリヤキンだ。彼は「トラバント601」でヴァルトブルクを追跡する。こちらは2ストローク2気筒600ccエンジンが標準だが、やはり大幅に改造されているようだ。銃撃戦からカーチェイスが展開するが、もともとの性能では牧歌的な追いかけっこになってしまうだろう。ヴァルトブルクとトラバントがコーナーでツインドリフトを決めるなんて、誰も見たことのない光景である。
ソロとギャビーはなんとか西ベルリンに抜け出すことに成功する。簡単に諦めるわけにはいかないクリヤキンは後を追い、再び出会った2人はトイレで激しい格闘を演じることになる。しかし、上司が現れて「相棒を初日から殺すな……」と告げるのだ。CIAとKGBが手を組み、共同作戦を遂行することになったという。ナチスの残党が博士の技術を使って核兵器を作ろうとしていた。博士を奪還して研究データを取り戻さないと、世界は破滅の危機にひんする。冷戦中のアメリカとソ連だが、共通の敵を倒すために手を組んだのだ。
疑惑の伯父さんはエンツォ似
ソロとクリヤキンは、対照的な性格の人物として描かれている。ソロは天才的な犯罪者だったがCIAに捕らえられ、エージェントとして働くことを条件に自由の身となった。派手好きで見えっ張り、女にはだらしない。いつも仕立てのよいスーツを身に着けている。映画に登場するスパイとしては申し分のない人物造形だ。演じるのはヘンリー・カビル。『マン・オブ・スティール』のスーパーマンである。
クリヤキンはKGBの優等生。父が失脚して自らも労働収容所に入れられたが、奮励努力の末にナンバーワンのスパイとなった。堅物で怒りっぽく、冗談は通じない。タートルネックのセーターを好み、服装は全体的にもっさりとしてあか抜けない。しかもこの男、どうやらほぼD.T.である。ギャビーと同じ部屋に泊まっても何もできない純情青年なのだ。イケメンのアーミー・ハマーなのに、妙にこの役がハマっている。
ソロとクリヤキンはギャビーとともにローマへ。イタリアの大企業ヴィンチグエラが博士失踪に関わっているという疑惑があった。経営しているのはクルマ好きのアレグザンダー(ルカ・カルバーニ)とヴィクトリア(エリザベス・デビッキ)の夫婦だ。彼らに取り入っているルディ(シルベスター・グロート)はギャビーの伯父にあたる。彼女はロシア人建築家を装ったクリヤキンの婚約者ということにして、ルディに会うことにした。
3人はサーキットの中で行われているパーティー会場を訪れる。フォーミュラカーとツーリングカーが混走していて、「ジャガーDタイプ」も姿を見せていた。ルディ伯父さんは大きな黒いサングラスをかけていて、ちょっとエンツォっぽい。ローマのサーキットという設定だが、撮影はグッドウッドで行われている。
米ソ対立を英国がコントロール
今年公開された『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』では、各国のスパイが集まって結成した闇の組織がイーサン・ハントの敵となっていた。『キングスマン』は高級テーラーを装った国際諜報組織である。12月公開の『007 スペクター』では、9カ国の情報組織を統合する「ナイン・アイズ」がボンドの前に立ちはだかる。東側陣営が崩壊して冷戦が遠い昔の話になった今では、スパイの対立構図を描くのは大変だ。
1963年を舞台にした本作では、アメリカとソ連がわかりやすく対立している。それでも東西が無理やり協力しなければならない状況を作り出すことで、物語に厚みを与えることができた。タイトルの「U.N.C.L.E.」とは「United Network Command for Law and Enforcement」の略で、「法と執行のための連合ネットワーク司令部」という意味になる。TV版は1964年にスタートしているから、スパイの国際機関という設定の先駆けということになるだろう。
CIAとKGBが反目する中で、状況をコントロールしているのが英国海軍中佐のアレキサンダー・ウェーバリーだ。ヒュー・グラントが楽しそうに演じている。最後にU.N.C.L.E.が結成されて指揮官となるから、間違いなく続編がありそうだ。宿敵のTHRUSH(Technological Hierarchy for the Removal of Undesirables and the Subjugation of Humanity)は登場するのか。ガルウイングの「アンクルカー」の出番はあるのか。TV版を生で観た世代としては楽しみでならない。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。