ダイハツ・キャスト スポーツ“SA II”(FF/CVT)
限りなく普通車に近い軽 2015.12.12 試乗記 ひとつの車型で3つのモデルを取りそろえるダイハツの新しい軽自動車「キャスト」。今回は、「アクティバ」「スタイル」より一歩遅れて発売された、“第3のモデル”こと「スポーツ」に試乗した。その特徴を一言で表すと……?遅れてきた3本目の矢
アベノミクスのことではない。本家はかの毛利元就公が3人の子供に伝えたといわれる逸話。矢は1本では簡単に折れるが3本を束ねると折ろうとしても簡単には折れない。一族も同じように結束して力強く生きよ、という教訓である。
何の話かと思われるだろう。そもそもキャストは、現行型「ムーヴ」から導入されたダイハツの新しいクルマ作りの手法にそって開発された第2弾モデルである。とはいえ、第1弾のムーヴはダイハツの屋台骨を支える重要車種。キャストがブランニューモデルである以上、何かしらの新しい試みは当然必要であり……要するに、1本の矢では物足りないのだ。同じクルマではあるが、3種類のモデルをしっかり作り分けることでムーヴや「タント」、さらに「ミラ」シリーズとは異なる世界観を築くことが、キャストの立ち位置であり、使命と考えていいだろう。
2015年9月9日に3モデル同時に発表されたキャストだが、今回のスポーツだけは10月29日の発売。その理由としては生産上の問題などもあったようだが、まずは2モデルを先行させて他社の動きを見つつ、市場の感触をつかんだ上でこのモデルを投入したのだろう。ちなみに先行組のアクティバとスタイルは、販売開始1カ月で月販目標の4倍となる約2万台の受注を得ており、スポーツの登場に際して初動時のマーケットにおける下地はしっかり確保されたわけだ。
これでラインナップはそろった。中でもクルマ好き、走り好きの『webCG』読者諸兄姉にとって一番気になる存在なのは、やはり“スポーツ”の名前を冠するこのモデルだろう。
専用パーツで踏ん張り感を演出
キャスト自体のベースデザインについてはここでは多くは語らない。ヘッドライトや全体のフォルムに共通するモチーフは“丸形”。カワイイなどといったテイストうんぬんではなく、誰もがフツーに愛せるデザインが求められている。また制約のある軽自動車規格の中で、ムーヴなどと比べて立体的なシルエットを身につけている点も魅力のひとつだ。
その基本デザインをベースに、スポーツのエクステリアには専用のエンブレム、フロントLEDイルミネーションランプ、そしてFF車には16インチアルミホイールが採用されている。また試乗車にはメーカーオプションの「デザインフィルムトップ」が装着されていたが、これを選ぶとドアミラーとCピラーがレッドに変更される。
特に前後のエアロバンパーはスポーツ専用品、ここにはサイドストーンガードも含め、ボディー下部をぐるりと一周するようにレッドのピンストライプが施されている。これと前述した16インチタイヤとの相乗効果で、背高モデルでありながら視覚的に踏ん張り感が強調されている点は、SUV的腰高スタイルのアクティバとは対照的といえる。
実は無料のホワイトシート
インテリアの基本造形もシリーズ共通となるが、スポーツの専用装備として、「コペン」の「ローブS」や「エクスプレイS」のCVT車に採用されている、シフトパドル付きMOMO製本革巻きステアリングが挙げられる。
また、非常に珍しいのが「プライムインテリア」と銘打った内装セレクト。基本はブラックのシート&トリムにレッドのインストゥルメントパネル装飾となるが、メーカーオプションでホワイトのシート&トリムにブラックのインパネを選ぶことができる。どちらもシート表皮はレザー調だが、このホワイトシートはメーカーオプションでありながら実は料金が無料なのである。ただし、納期には時間がかかる場合もあるとのことなので、この辺は販売店にしっかり確認する必要があるだろう。
シートそのものについては、素材の違いによる体へのフィット感にいささかの差異はあるかもしれないが、アクティバやスタイルと基本骨格は変わらない。言い換えれば、スポーツと名乗るにしてはホールド性がやや不足している。ただし、座り心地は程よく硬めで高速走行時でも疲れは少ない。運転席側にはアームレストも付いているが、運転中は不要。休憩時に使う程度で十分である。
リアシートに関しては、現在の軽自動車に求められる機能はおおかた組み込まれている。左右独立スライド機構は240mmもあり、一番後ろまでシートを下げれば大人でもゆっくり足が組めるほどの余裕がある。またリクライニングも左右独立でできるのはもちろん、細かいピッチで調整が可能。さらに荷室側からも簡単に操作ができる。
このリアの居住性とトレードオフの関係になるのがラゲッジルームだが、前述のシートアレンジをうまく使いこなせば、かなりの荷物を積載できる。さらに、FF車の場合はデッキボードの下のアンダーボックスにも十分な容量と深さがあるので、背の高い荷物を縦に積むことも可能だ。この辺の使いやすさはキャスト3兄弟で共通といえる。一方で残念なのは、背もたれを倒した際に荷室のフロアがフラットにならないこと。また、多彩なシートアレンジを成立させるためもあって、やはり背もたれの長さが足りない。キャストに限ったことではないが、軽自動車の後席は肩口までサポートできないものが多く、登録車に比べると劣ってしまうのは今後の課題といえるのかもしれない。
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迫られる大きな選択
ダイハツの開発陣によればキャスト スポーツは「コペンの4人乗りをイメージして作った」という。確かに、前後のコイルスプリングとショックアブソーバーのチューニングによる効果は抜群。適度なロール感を伴いながらもしっかりとした接地性があり、段差を乗り越えた際のボディーのブレの少なさも十分に体感できる。また、これはアクティバ、スタイルも同様であるが、やはり静粛性の高さは評価に値する。CVTの発生する金属音も角が取れたように抑えこまれているし、高い速度域で耳に届くうなるような騒音も、足元の、それもかなり遠くに感じる程度だ。
で、ここで大きな問題が発生する。スポーツには標準で「ヨコハマ・アドバンA10」が装着されているが、前述した乗り味はこの標準仕様のものである。しかし、このタイヤに加えてメーカーオプションで「ブリヂストン・ポテンザRE050A」も設定されているのだ。アルミホイールのデザインも「コペン エクスプレイ」と同じものとなるので足元の精悍(せいかん)さは向上するし、なによりわずか2万円(税別)でセレクトできる点はなかなか魅力的だ。
しかしこのタイヤ、実はサイドウォールに専用のチューニングが施されているのだが、とにかく横方向へのグリップ力が強い。またタイヤパターンの違いもあってか、標準タイヤでは感じなかったノイズが室内に侵入してくるのだ。走らせてみても、コーナリング時の違いは明らかだが、一般道ではややオーバースペック。ちなみにダイハツは、この2つの仕様でサスペンションのチューニングはまったく変えていないという。つまり、タイヤの違いだけでこれだけ味付けが変わってしまうのである。最終的には好みの問題、と言うと無責任に聞こえてしまうかもしれないので言わせていただくと、キャスト スポーツの良さは標準仕様で十分堪能できる。筆者としては標準タイヤをオススメしたい。
“スポーツ”というより“ツアラー”
キャスト スポーツは駆動方式こそ2種類そろえているものの、基本ワングレード構成である。ダイハツとしては後から発売したモデルという点も含みつつ、販売比率をキャスト全体の10%強と想定しているそうだ。少々弱気? という気もしないではない。確かにキャストはアクティバやスタイルであっても、もはや普通車に迫る、また追いついている部分があり、それを試乗で十分に感じ取ることができる。しかしその中でも、スポーツはターボを搭載していることもあって走りそのものに余裕があり、ダウンサイザーの要求にもしっかり応えられる仕上がりとなっている。
確かに、この「ダウンサイザーに対応する」という役割を受けて、軽自動車の車両価格が上昇傾向にある点は必ずしも良しとは言えない。それでもこれ1台で済ませたいというユーザーニーズは確実に存在するわけで、税制面の有利さを考慮した場合、限りなく普通車に近い性能を持った軽自動車というのはメリットが大きい。
一方、燃費については、今回高速道路も含めて400km弱を走った結果、15.7km/リッターだった。コンパクトカーにも実燃費20km/リッター超えのクルマが多々ある中、もう少し伸びてほしいという気持ちはある。しかし、高速走行時の静粛性や乗り心地の良さを考えると、“スポーツ”というより“ツアラー”的なテイストを持つスポーツが一番オススメしたいモデルであることに変わりはない。そのためにも、機能装備や快適性などはさらに磨きこんでほしい。ダイハツに何回もお願いしているのだが、これだけ高速走行時の性能が向上しているならば「クルーズコントロール」を設定してほしいのである。しかし、装備類ではやはり安全に関するもののプライオリティーが高く、今回もクルーズコントロールは“後回し”になってしまったようだ。はかない望みかもしれないが、引き続き要望だけは出していこうと考えている。
(文=高山正寛/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
ダイハツ・キャスト スポーツ“SA II”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1600mm
ホイールベース:2455mm
車重:850kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:64ps(47kW)/6400rpm
最大トルク:9.4kgm(92Nm)/3200rpm
タイヤ:(前)165/50R16 75V/(後)165/50R16 75V(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:24.8km/リッター(JC08モード)
価格:162万円/テスト車=182万4833円
オプション装備:ボディーカラー<パールホワイトIII+デザインフィルムトップ(4万3200円)/スマートフォン連携メモリーナビゲーションシステム(9万7200円)/16インチハイグリップタイヤ&アルミホイール(2万1600円) ※以下、販売店オプション ETC車載器(1万7280円)/カーペットマット<高機能タイプ/グレー>(2万5553円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1153km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:398.8km
使用燃料:25.4リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:15.7km/リッター(満タン法)/15.8km/リッター(車載燃費計計測値)
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高山 正寛
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