第114回:12年かけた労作、名画リメイク、F1実録
冬休みに観たいクルマ映画DVD
2015.12.28
読んでますカー、観てますカー
2ドアクーペに乗る男は結婚に向かない?
これぞリチャード・リンクレイター監督の真骨頂ともいうべき作品だ。『ビフォア・サンライズ』『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』の“ビフォア3部作”は1995年から2013年までを描いていた。恋に落ちた男女の物語を、同じキャストで9年ごとに映画にしている。順調にいけば、次作は2022年の公開になるはずだ。
『6才のボクが、大人になるまで。』は、この手法をさらに発展させた。2014年の公開作品だが、撮影が始まったのは2002年。6歳の少年が18歳になるまでを、これまた同じキャストで描いている。毎年少しずつ撮影し、12年たってようやく映画が完成したわけだ。観客は子供の成長の軌跡をリアルに目撃することになる。
メイソンJr.(エラー・コルトレーン)と姉のサマンサ(ローレライ・リンクレイター)は、母のオリヴィア(パトリシア・アークエット)と3人で暮らしている。父親のメイソン(イーサン・ホーク)は離婚後にアラスカに行ってしまったらしい。オリヴィアは働きながら「ボルボ240」でメイソンJr.の送り迎えをする忙しい毎日だ。父親が戻ってくると、2週間おきに子供たちに会いにくるようになる。彼が乗っているのは、1968年式の「ポンティアックGTO」。熱心な民主党支持者だが、環境問題はあまり気にしていないようだ。
オリヴィアは大学に通うようになり、そこで講義を持っていたウェルブロック教授(マルコ・べレッラ)と再婚する。彼も2人の子持ちで、6人の大家族になった。教授の愛車は「フォード・マスタング」。子育てには向いていないクルマだ。しばらくすると彼がアル中で暴力的な男であることがわかり、またも離婚。一方メイソンは再婚し、穏やかな生活を手に入れた。今や「ダッジ・グランドキャラバン」に乗るいいお父さんだ。この映画では、2ドアクーペに乗る男は人間性に問題があり、ミニバンに乗るのが善人という設定だ。異論のある人は多いだろうけど、世間の目はこんなものである。
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スピルバーグのあの名作をリメイク
1971年の『激突!』は、新しい恐怖の形を作り出して鮮烈な印象を残した。監督は無名時代のスティーブン・スピルバーグで、1975年に『ジョーズ』が大ヒットする4年前の作品だ。主人公はごく普通のセールスマン。「プリムス・ヴァリアント」に乗って得意先に急いでいる。大型トレーラーがいたので追い越すと、運転手が腹を立てたのかスピードを上げてあおってきた。仕方なく先に行かせると、今度はノロノロ運転で邪魔をする。明らかに悪意があるようだ。トレーラーは執拗(しつよう)につきまとい、攻撃をしかけてくる。運転手が顔を見せないことで、不気味さがいや増すのだ。
『激突! 2015』は、タイトルでわかるとおり『激突!』のリメイクだ。主人公は2人の若い女性に代えられている。「フォード・マスタングGT」に乗り、友達に会いに行くところだ。レッカー車を追い抜くと、やはり嫌がらせをしてくる。道を譲るふりをして対向車と衝突させようとするエピソードは、元ネタとまったく同じだ。立ち寄ったダイナーで運転手探しをするシーンも受け継がれている。違うのは、運転手の暴力性だ。この作品では、恐怖を募らせるだけでなく実際に殺人が行われる。70年代はまだ恐怖も牧歌的だったのだ。
40年以上前の作品なので、設定には少々無理が生じている。携帯電話で警察を呼べばすぐに解決しそうなものだが、なぜかどこに行っても圏外。アメリカの電波事情はそんなに劣悪なのだろうか。もっと疑問なのは、逃げてもレッカー車に追いつかれてしまうことだ。プリムス・ヴァリアントは小型大衆車だったが、マスタングGTは5リッターV8エンジンを積んでいる。400馬力を超えるパワーなら、簡単にぶっちぎることができるはずだ。
逃げきれなかったのは、2度も給油したことが原因だ。しかし、一度満タンにしてまたガス欠になるのはひどい。タンク容量は約60リッターだから、全開で走れば300kmほどで空になってしまうのだろう。最後にはオイルが切れてエンジンチェックのウォーニングランプが点灯する。なるべく燃費のいいクルマに乗り、オイル交換はマメにしたほうがいいというのがこの映画の教訓だ。
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1976年のF1を描くドキュメンタリー
2014年の『ラッシュ/プライドと友情』は、ニキ・ラウダとジェームス・ハントの関係を描いた映画だった。物語の中心となるのは、1976年のあの事件である。ニュルブルクリンクで行われたドイツGPでラウダがクラッシュし、全身にやけどを負う。彼は驚異的な回復を見せてイタリアGPでレースに復帰し、運命のF1イン・ジャパンを迎えるのだ。
『伝説のF1チャンピオン ニキ・ラウダ/33日間の死闘』は、ドキュメンタリー作品である。ニキ・ラウダ本人と関係者の証言で、あの時何が起きていたのかを明らかにしようとする。登場するのはそうそうたる面々だ。F1ドライバーではジャッキー・スチュワート、ヨッヘン・マス、ジェームス・ハント、マリオ・アンドレッティからデビッド・クルサード、マーク・ウェバー、新しいところではニコ・ロズベルグやルイス・ハミルトンまでが顔を出す。当時のフェラーリF1チームマネジャーだったダニエル・オーデットや、リハビリを指導したヘルスアドバイザーであるウイリー・ダングルの貴重な話も聞ける。
あまりに悲惨な事故の状況を見て、フェラーリではすぐに新しいドライバーを選定するように指示が飛んでいた。運ばれた病院でも、ほぼ助からないと考えられていたらしい。神父が来て終油の秘蹟(ひせき)を行っていたというのだ。ラウダ自身は意識があり、勝手に儀式をされたことに腹を立てて「絶対死ぬものか!」と心を決めた。結果的にそれが功を奏し、強い意志で生きようとしたことが回復を早めたのだと医師は話す。
この映画はドイツGPからF1イン・ジャパンまでの経緯だけを描いた作品ではない。レースの起源やニュルブルクリンクの歴史を解説し、ラウダの人生をたどる。近年の安全性向上への取り組みも詳しく紹介している。F1ファンには興味深い映画だろう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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