第434回:「マイカーは改造でEVに」……そんな時代は、もう近い!?
2016.01.29 マッキナ あらモーダ!内燃機関車の“EV化”に道
イタリアで、普通のクルマを電気自動車(EV)に改造するのが、ちょっとしたトレンドになる!? というのが今回のお話である。
イタリアの公共施設・運輸省は2016年1月11日、「電気再評価令」なる政令を官報に掲載した。内燃機関車をEVに改造した際の登録手続きを、これまでより明確にしたものだ。
昨2015年に欧州委員会の審査を経て、実現にこぎつけた。要は、あなたのガソリン車やディーゼル車を正式に、EVに変身させることができるわけだ。
イタリア各地では、その請負業者や、それを奨励する団体が現れている。以前から北部ヴィチェンツァで法整備を提唱してきた商業団体「コンファルティジャナート」がその作業内容を具体的に解説しているので、紹介しよう。
・エンジン→電気モーターに交換
・燃料タンク→バッテリーに交換
・電気系統→パワートレイン/充電方式に適合するよう調整
・空調→ヒートポンプに交換
・従来のバッテリー→補機類用に維持
といった具合である。
ゼロエミッションによる環境改善はもちろん、指定改造業者の市場活性化も期待される。
指定改造業者の申請・登録は、この2016年1月末から行われる。したがって、気になる改造費については、まだ正確なコストは把握できないが、複数のイタリア系サイトによると、一充電あたりの航続距離が100km程度の性能を得られるキットで、6000~7500ユーロ(約77万円~96万円)が目安だ。イタリアでは、早くも政府のエコ奨励政策による補助金を望む声が聞かれる。
イタリアの現状
参考までに紹介すると、イタリアでは、初代「スマート」をEVに改造する業者がすでに複数存在する。
いずれも円換算でキットの販売価格は90万円、中古スマート持ち込み+工賃で約110万円、中古スマート込みのコンプリートカーで約170万円といったところだ。今回のような法整備がなかった従来は、ドイツでTüv Rheinland(テュフ・ラインランド)の技術認証を受けたあと、イタリアでワンオフ車両として陸運局に申請するという面倒な手順を踏んでいた。
このEVコンバート、例えば初代スマートの場合、最高時速は70km程度にとどまるなど、いくつか我慢しなければいけない点もある。
しかし、イタリアの路上でEVのメリットは少なくない。「自動車税5年間無料」「自動車保険5割引き」、適用は地方自治体によるものの「指定公共駐車場が無料」、そして「一般車が入れない歴史的旧市街に進入可能」といったものだ。さらに、イタリアの大都市で公害対策として行われている「ナンバープレート末尾の奇数・偶数による走行禁止日」も、適用除外になる。実際に、「日産リーフ」「ルノー・トゥイジー」といったメーカー製EVは、こうした恩恵を受けている。
日本の専門家の間では、プラグインハイブリッド車、EV、燃料電池車と、どれが次世代のクルマの主流になるかといった議論が続いている。
一方イタリアはといえば、EV普及の点で後れをとっているのが現状だ。実際2014年のEV登録台数を見ると、ノルウェーでは1万8649台、フランスでは1万5046台だったのに対し、イタリアは1431台と、ひと桁少ない。(Avere-France調べ)
ハイブリッド車については、「トヨタ・ヤリス」(日本名「ヴィッツ」)にハイブリッド仕様が設定され、ようやく人々に関心を持たれ始めたところだ。そのほかの一般的“エコカー”といえば、この国では伝統のLPガスや天然ガス仕様車である。
EV化がはやりそうな理由
ただし、そうした風土が、これからEVコンバートを後押しするかもしれないとボクは読んでいる。
イタリアは欧州屈指のガス充塡(じゅうてん)所の普及国で、そうしたスタンドに行くと、ボンベの搭載など改造を請け負う工場をすぐに紹介してくれる。場合によってはスタンドの片隅で作業をしていたりする。
ボクなどは、自分のクルマをガス仕様車に改造するなど、簡単に後戻りができない行為ゆえ、タトゥーを彫るのと同様勇気が要ると思ってしまう。下取り価格もそれなりに下がる。しかしイタリア人の皆さんは気軽に改造して燃料費の節約に励んでいる。
だからEVにコンバートするという行為も、意外に抵抗感なく普及する可能性がある。
もうひとつイタリアでEVコンバートがはやる予感がする理由は、ずばり、ヒストリックカーからのコンバージョンだ。
ここ数カ月こそ収束の気配が見えてきたが、ガソリンが高価格で推移した過去数年は、1980~90年代の大排気量モデルや高出力モデルの愛好家にとってつらいものだった。したがって、LPガスや天然ガス仕様車に改造するエンスージアストが少なくなかったのだ。
純粋に走りを楽しむ人々には、価格の割に性能が限られた今日のEVコンバートキットは合わないだろう。だがこれから航続距離や最高速が改善されれば、彼らも関心を示し始める可能性がある。バッテリー搭載位置によっては、「低重心のおかげで、意外に走りが面白い」といった二次効果も期待できるかもしれない。
そのコンパクトなサイズから今もゲタがわりに使われている先代「フィアット500」も、EV化の素材とされる可能性がある。
EV化により、クルマはオリジナルの状態から大きく変わることになる。したがってイタリアで各種優遇措置があるヒストリックカー制度の認証を受けられなくなってしまうが、日常使用を重視して前述のような各種EV特典を享受するほうがよい、と考えるユーザーが現れるだろう。実際、「500をDIYでEVにしちゃいました」といった自慢話を掲載したサイトは、ネット上で散見される。
それでふと思い出したのは、ある主要メーカーの最新EVを購入したイタリア人紳士だ。
買った直後に街を運転したら、EVとは知らないお年寄りから「ちゃんとエンジンかけないと、近づいてきてもわからないから危ねェじゃねえか。ガソリンをケチるなよ!」と怒鳴られたという。イグニッションをオフにして下り坂を転がしていると思われたらしい。
これからイタリアでEVが増えると、旧市街走行用のアラームについても、本気で議論しなくてはいけなくなりそうだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、Confartigianato Vicenza)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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