ホンダ・クラリティ フューエルセル(FF)
軽快な走りが楽しい 2016.05.03 試乗記 ホンダの燃料電池自動車「ホンダ・クラリティ フューエルセル」の販売が、自治体や企業へのリースという形ではあるがいよいよ始まった。その実力やいかに? 限られた時間ではあるが、一般道に繰り出すチャンスを得た。いよいよボンネット内に収まった
ホンダが1980年代後半から研究してきた燃料電池車。その最新作が、クラリティ フューエルセル(以下、クラリティ)である。
98年に完成した「オデッセイ」ベースの実験車“V0”は、助手席にまで燃料電池が進出して、「動く化学プラント」そのままだったという。それから18年、2016年3月からリース販売が始まった新型クラリティの大きな特徴は、燃料電池の中核であるFCスタックの小型化をさらに進めて、ボンネット内に収めたこと。これにより、モーター/ギアボックスと一体になった駆動ユニットは、「レジェンド」用3リッターV6とほぼ同じ大きさ、重さになり、今後の汎用性を高めたとされる。
燃料電池車(以下、FCV)とは、水素を燃料にして自ら発電しながら走る電気自動車(EV)である。クラリティのガチンコライバルは、「トヨタ・ミライ」。FCVとしての方式やスペックに大きな違いはないが、FCスタックをフロントに搭載することで、クラリティはFCVセダンとして世界初の5人乗りを実現している。
2014年12月に発売し、今年に入ってから年産を700台から2000台に増産したミライに対して、クラリティは年産200台と少ない。しかし、価格はミライが723万6000円、クラリティが766万円と、大差ない。そんなところからも、FCVがまだ採算ベースの製品には程遠いことがうかがい知れる。
新型クラリティの公道試乗会は和光技術研究所を基地に行われた。試乗車が3台と少なかったため、持ち時間は90分と限られていたが、そのなかでも高い完成度の一端を垣間見ることができた。
ミライほど“お漏らし”しない
FCVといっても、運転操作はなんら特殊ではない。スタートボタンを押すと、ほどなく計器盤に「走行可能です」という文字が出る。センターフロアのDボタンを押してアクセルを踏めば、音もなく動きだす。前進もバックもPレンジも、すべて独立スイッチにしたセレクターは一見さんには使いにくいが、レジェンドとまったく同じものである。
「0系新幹線みたいな音がしますねえ」。“置き”の撮影をしているとき、webCG編集部一の鉄ちゃんTさんが言った。0系とは、1964年登場の初代新幹線である。ミーンという、たしかにちょっとのどかな電気音だ。FCスタックに酸素を取り込むエアポンプ系の音だという。起動の際、外にいると、後ろから「ポン」という音がする。パイプを手でふさいだようなその音も、吸気系のバルブ作動音だそうだ。
内燃機関自動車のようなエキゾーストパイプはないが、リアバンパー左側から床下をのぞき込むと、直径数cmの排出口が見える。使い終わった空気はそこから逃がす。酸素と水素の化学反応で生成された水も出る。
ただ、停車中に見ていると、ミライほど路面がぬれない。クラリティはなるべく水蒸気として出すようにしているそうだ。タワーパーキングなどで“お漏らし”をすると迷惑になるため、ミライには水を強制排出させるH2Oボタンが付いているが、クラリティにはない。
駆動用バッテリーが必要なワケ
FCVといっても、発電装置から下流の仕組みは、ふつうのEVと同じである。
駆動用バッテリーは、前席床下にある。しかし、電気を製造直売する発電装置を持っているくせに、なぜEVやハイブリッド車と同じ駆動用電池が要るのか? と思ってしまうが、制動時にエネルギー回生で取り込んだ電気のしまい場所として必要不可欠なのである。
アクセルを踏むとFCスタックに水素と空気が送られて、電気が起きる。基本はそうだが、FCスタックの発電効率を考えたとき、状況によって、駆動用バッテリーの電気で走ったほうがいいという局面がある。いわば電気のダムとして、FCVにも大容量の蓄電池は欠かせないわけだ。クラリティに搭載されるのは、「アコード ハイブリッド」用とほぼ同等のリチウムイオン電池である。
358枚の燃料電池セルのなかで起きる化学反応自体は、音も振動も発生しない。FCスタックつくりたての電気のほうがよりスイスイ走る、というようなこともない。つまり、走行中の電気の出どころを体感で知ることはできないが、エネルギーモニターを見ていればわかる。
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静かで、軽やかで、しなやか
走りだすと、新型クラリティは非常に快適で気持ちのいい電気自動車である。車重は1.9トン近いが、町なかでも高速道路でも、そんなヘビーウェイトを感じさせない。センターフロア奥にあるボタンを押してSPORTモードにすると、アクセルの“つき”がさらによくなるが、ノーマルモードでも十分すぎるほど快速だ。
直接のライバル、ミライと比べて明らかにすぐれているのは、静粛性である。ミライは、発進時に必ずフロントからカタカタいう音が聞こえる。起動直後にはカンカンと打刻音が出たりする。燃料電池の補機類から出る音である。トリセツにも「燃料電池車特有の音と振動」として、11種類の音について注意書きがある。その点、クラリティは静かだ。今回、走行中に異音めいた音を聞いたことはなかった。
足まわりも好印象である。前:ストラット/後:マルチリンクのサスペンションには鍛造のアルミパーツが多用されている。バネ下の軽さを実感させる乗り心地は、しなやかで、しかもフラットだ。リアホイールをかるくスパッツで覆った大柄な4ドアボディーは、どことなく「シトロエンCX」を思い出させるが、乗り心地は中型プジョーの名作「406」をほうふつさせた。
後席インプレッションも快適だった。背もたれの裏には、直径65cmもある高圧水素タンクが横たわっているのだが、広く、居心地にすぐれるリアシートはそんな特殊事情を少しも感じさせない。床の出っ張りで足のつま先が窮屈なミライと違って、クラリティは後席にVIPも乗せられる。
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ランニングコストの安さが売りではない
圧縮水素約5kgを満タンにすると、クラリティは750km(参考値)走れる。試乗車の最近の燃費履歴を見たら、平均燃費の最良値が117km/kgだった。満タンで585km。現実的な航続距離はそんなところか。
水素スタンドでの価格は現在、1kg 1000~1100円といわれる。前記の例だと、585km走るのに5000円以上かかる。FCVは、EVや国産ハイブリッド車のようにランニングコストの安さで売るクルマではない。
燃料としての水素は、採掘したり、かき集めたりするものでなく、あくまで工業的につくるものである。しかも、今のところ自動車用の水素価格は、製造メーカーの持ち出しだという。税金はまだ1銭も乗っていない。
増加中とはいえ、水素ステーションの数も全国90カ所に届かない。47都道府県の内、1カ所でもあるのは関東以西の18都府県にとどまる。
ホンダがFCVの開発に取りかかった80年代を思い出してみよう。当時、石油はあと数十年で枯渇すると言われた。その危機感に突き動かされてのFCV開発でもあった。
それがいま、アメリカまでが石油輸出国になっている。たしかにFCVはゼロエミッションだが、水素燃料から電気をつくって走ることが、エネルギー効率としてどうなのか、という議論もある。
果たしてFCVの時代がくるのか、本当に水素社会が実現するのか、ぼくなどにはわからないが、2016年型クラリティは、EVならではの軽快な走りが楽しいFCVサルーンだった。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=高橋信宏)
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テスト車のデータ
ホンダ・クラリティ フューエルセル
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4915×1875×1480mm
ホイールベース:2750mm
車重:1890kg
駆動方式:FF
モーター:交流同期電動機
最高出力:177ps(130kW)/4501-9028rpm
最大トルク:30.6kgm(300Nm)/0-3500rpm
タイヤ:(前)235/45R18 94W/(後)235/45R18 94W(ブリヂストン・エコピアEP160)
価格:766万円/テスト車=766万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:593km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(水素)
参考燃費:--km/リッター

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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