第448回:大矢アキオの「北京モーターショー2016」報告(前編)
中国で人気のクルマは「国家政策」で決まる!?
2016.05.06
マッキナ あらモーダ!
なぜ中国ではロングボディーがウケるのか?
北京モーターショー2016の会場に赴いた。
経済の減速が報じられる中国では、自動車販売についても、数々のブランドで若干の陰りがみられる。しかし「海外との合弁ブランドの、1.6リッター以下の乗用車に掛かる税金が、2016年末まで50%軽減される時限法」が施行されたおかげで、該当するカテゴリーでの販売台数増加には期待がかかる。
ところで中国といえば、この国特有のロングホイールベース(LWB)仕様車である。
事前情報では、出展されるのは「ジャガーXF」のLWBたる「XFL」のみだった。その時点でボクは、「何年も続いた中国のLWB文化もいよいよ終わりか」と思ったものだ。
しかし開幕直前になると、メルセデス・ベンツからは新型「Eクラス」の、BMWからは「X1」の、中国工場製LWB仕様に関する情報がリリースされ、それらは実際に会場でお披露目となった。今回シトロエンが発表した「C6」も、単一ボディーながら、ホイールベースはしっかり2.9mもある。
LWBといえば、北京に行く前立ち寄った東京で、あるインポーターの広報担当者から「中国でなぜLWB仕様が人気なのか、理由をご存じですか?」と聞かれた。
教えを請うと「職業ドライバーの人件費が安いからです」という答えが返ってきた。なるほど、そのうえオーナーの居住性が優先されれば、もっぱら後席乗車となるわけだ。「お抱えドライバーを雇って自分は運転しない」という見果てぬ夢をもつボクとしては、大変興味深い話である。
「〇〇」もできちゃう自動運転に期待
会場でリンカーンの中国マーケティング担当者に聞いてみると、彼も同様の見解だった。彼によると、外資系企業では、中国での運転は危険なため社員に推奨しない、もしくは禁止しているところが多く、そうしたことからもドライバー付き車両の需要、ひいてはLWB車のマーケットが活気を帯びているという。
なお、そうした企業の場合、多くは車両リース代にドライバーの費用が含まれているパッケージプランを選択しているとのことだ。
“危険”と記したが、中国の都市部では、今回のモーターショーの開催地である北京も含め、渋滞も大きな問題になっている。ゆえにメルセデス・ベンツの中国担当者は「ドライビングプレジャーよりも、快適性を重視するユーザーのほうが圧倒的」と証言する。
そうしたなか期待されるのは、自動運転や半自動運転技術である。今回のショーでは、海外との合弁企業だけでなく、中国民族系のメーカーも自動運転技術をアピールした。
現地報道機関は、北京汽車と現代自動車の合弁企業「北京現代」のキャンペーンが面白いと評価している。中国でも人気の韓流ドラマ『太陽の末裔(まつえい)』の主役陣を起用し、自動運転中の車両内でカップルがキスを交わすというものだ。日産の「やっちゃえ」シリーズもいいが、こちらも多くのユーザーを「自動運転って、いいね」と思わせる演出ではないか。
「一人っ子政策」の廃止でクルマが変わる
SUVも活況だ。フォルクスワーゲンはプレスカンファレンスの席上、「2020年までに、10車種の新型SUVを中国市場に投入する」と発表した。
また、ボルボの中国担当者によれば、中国人の若者の平均身長はめざましく伸びているとのこと。そんな彼らにとって、スペースユーティリティーに優れたSUVは、格好の選択肢なのだという。
では中国で、次に何が流行(はや)るのか? いろいろ聞いてみると、どうやらMPV(多人数乗用車)らしい。
背景には、中国の政治がある。昨2015年12月、36年間続いた、あの一人っ子政策が正式に廃止され、第2子の出産が容認されるようになった。
こうしたことがらとクルマの関係を丁寧に解説してくれたのは、マツダの中国人広報担当者だった。中国で自動車に乗るときは、お父さんが運転、その横におじいさんが乗ることが少なくないという。後席は子供とその世話をするお母さん、そしておばあさんの席だ。これですでに5人乗車。したがって2人目の子供が生まれると、第3列が必要となる。具体的には第2子とおばあさんが3列目の住人となる、とみられる。
そうしたことを見越してだろう、一部メーカーはMPVのラインナップを一角にしっかりと展示していた。
“留学帰り”もトレンドをけん引
ところで今回、フォードはピックアップトラック「F250」を展示した。少し前、ボクは当エッセイで欧州のピックアップ事情について記したが、すわ、中国でも……?
しかし、そのフォードの中国市場担当者によると、そう簡単ではないらしい。今日でも地方政府の多くが、ピックアップをはじめとする商用車の市街地乗り入れを禁止しているのだ。
巨大マーケットである大都市で売れないのでは、意味がない。したがって今回の場合F250は、まだショーのアイキャッチ的性格が強い。最新の報道では緩和の動きがみられるが、それは一部にとどまる。
日産のデザイン担当幹部も、「現段階では、ピックアップの中国市場導入は難しい」と話す。同時に、このような解説もしてくれた。
「アメリカではすでに大企業のトップがラフな服装で登場します。従来のフォーマルの概念が払拭(ふっしょく)されているのです。クルマも同じで、アメリカではピックアップ文化が根付いているといえます。でも中国では、今も商用車のイメージ。成熟した国と、新興国の違いです」。なんとも的確な分析ではないか。
一方、ボルボの中国担当者によると、「最近中国では、北米をはじめとする外国留学を経験した層が、次々と新たなカルチャーやセンスを持ち込んでいる」と分析する。たしかに、街中には留学や移住を指南する雑誌記事や施設があふれている。その数は、1990年代に見られた日本の留学ムーブメントの比ではない。留学経験者が次なる市場変化のけん引役となる兆しを、ひしひしと感じる。
そんなモーターショーの会場と宿泊先を往復する北京の地下鉄に乗って、乗客の足元を観察していると面白い。ナイキ、アディダス、ニューバランスと、人気ブランドのスポーツシューズばかりだ。まさに“ABCマート状態”である。革靴はボクくらいだ。
彼らによって、中国におけるファッションの嗜好も着々と塗り替えられているのだろう。そのトレンドが高額商品であるクルマにまで及び、彼らがピックアップを「酷(クール)!」と捉える日が来るまで、ボクは興味をもってウオッチングしていようと思う。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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