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第461回:暗い照明で輝くセンス!
欧州の列車やクルマの明かりについて考える

2016.08.05 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ

TGVの“暗さ”に驚く

パリからルマンに向かうため、フランスの高速鉄道TGVに初めて乗ったときのことだ。1990年代、まだ東京を生活の拠点としていたころである。
対面シートのテーブル上には、しゃれたデザインの暖色系スタンドが据え付けられていた。しかし天井の照明ともども薄暗い。1等車にもかかわらず、である。

その後イタリアに住み始めてみると、TGVに限らず、ヨーロッパ各地で、多くの列車の室内が暗いことに気がついた。市電を含む一般車両でも、間接照明を巧みに使っている。駅も暗めだ。

慣れとは恐ろしいもので、時折東京に出張して電車に乗ると、今度は明るすぎて戸惑うようになった。特に深夜、乗客の少ない郊外行き10両編成の通勤電車などで煌々(こうこう)とともる蛍光灯は目に痛い。
唯一ほっとするのは、横浜でFM番組の収録後、夕食をとるために中華街へ向かうときに乗る、「あかいくつ号」バスの暖色系照明だけである。

もちろん、ヨーロッパの列車を手放しで礼賛するわけではない。
パリ・モンパルナス駅から郊外に向かう電車は、発車時刻まで車内照明をすべて消してしまうことがある。駅のホームも暗いので、ちょっと怖い。あれだけは勘弁してほしいとボクは思うのだが、みんな平気である。

文中のTGVではないが、フランスの鉄道車両の例。暖色系の、控えめな照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ナントにて。
文中のTGVではないが、フランスの鉄道車両の例。暖色系の、控えめな照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。ナントにて。 拡大
パリ地下鉄における照明の一例。少々古い車両のもの。メンテナンス性には難がありそうだが、格子状の意匠は、蛍光灯の明かりを穏やかにできる良いアイデア。
パリ地下鉄における照明の一例。少々古い車両のもの。メンテナンス性には難がありそうだが、格子状の意匠は、蛍光灯の明かりを穏やかにできる良いアイデア。 拡大
パリ地下鉄アール・ゼ・メティエ駅。ホームの壁は、潜水艦をイメージしてデザインされている。
パリ地下鉄アール・ゼ・メティエ駅。ホームの壁は、潜水艦をイメージしてデザインされている。 拡大
パリにて。車内照明をオフにして出発を待つ車両。さすがに日本人の目には暗い。
パリにて。車内照明をオフにして出発を待つ車両。さすがに日本人の目には暗い。 拡大

「まぶしい!」のにはワケがある

やがて、イタリアに住むうちにわかってきたのは、彼らは「暗くても平気」、それどころか「暗いほうが落ち着く」ということだった。

イタリアのわが家は狭いことから、より開放感を得るべく、窓とともに「ペルシアーナ」と呼ばれる換気ルーバー付き雨戸を開け放っていることが多い。一方、イタリア人の家は、日中でもペルシアーナも閉めてしまうので、暗い。

どうして閉めておくのかと聞くと、彼らからは「直射日光が当たると暑いから」「アンティークの家具が傷むから」のほかに「まぶしいから」と答えが返ってくる。だから、ボクの家を訪れるイタリア人の中には、まぶしいといって室内でサングラスを外さない人もいる。

あるとき知人のイタリア人眼科医に聞いてみると、「それは目の中の組織『虹彩』の違いだ」と教えてくれた。日本人の黒い目は、光の透過が少ないので、まぶしさを感じにくい。対してイタリア人も含む西洋人の目は、比較的光を通しやすく、まぶしく感じる傾向にあるのだという。

なるほど、ヨーロッパの人々が、日本人よりも暗いところを好む理由がわかった。ちなみに、こちらでクルマとオーナーの屋外撮影をするため、オーナーに日のあたるところに立ってもらうと、「早くしてくれーッ」とまぶしがられることが少なくない。あれも、虹彩の違いだったのだ。

日本では、明治時代に銀座にガス灯がともったときから明かりが文明の象徴となり、以来、明るさは文化のバロメーターとなった。そしてボクも含め日本人は子供のころから「本は明るいところで読むべし」と教えられ、明るい=目に良い=正しいという図式が頭の中に形成された。

しかし前述のような身体的な理由で、イタリアでは、適度に暗い場所のほうが心地よく感じる人が多い。
さらにいえば、直接照明よりも間接照明のほうが、デザインにかかるコストや機器のコストが高くなる=高級であるという捉え方があることも事実だ。
だから、警備上明るくしたほうがよいエコノミークラス車両とは違い、1等車など一定のクラス以上では、照明をより暗めにすることがある。

かつての筆者の仕事場。明かりといえば、壁に設置された間接照明だけだった。2010年撮影。
かつての筆者の仕事場。明かりといえば、壁に設置された間接照明だけだった。2010年撮影。 拡大
シエナ旧市街にある、4年前まで筆者が住んでいた家からの風景。昼間だというのに、ほとんどの家がペルシアーナを閉めたままである。
シエナ旧市街にある、4年前まで筆者が住んでいた家からの風景。昼間だというのに、ほとんどの家がペルシアーナを閉めたままである。 拡大
イタリアの特急車両、フレッチャロッサ。フィレンツェ駅で。
イタリアの特急車両、フレッチャロッサ。フィレンツェ駅で。 拡大
フレッチャロッサのビジネスクラスの車内。天井も窓際も、間接照明の使い方が際立つ。ガラス張りの棚にも注目。
フレッチャロッサのビジネスクラスの車内。天井も窓際も、間接照明の使い方が際立つ。ガラス張りの棚にも注目。 拡大
ミラノで現役の古い市電。天然レトロな照明が泣かせる。
ミラノで現役の古い市電。天然レトロな照明が泣かせる。 拡大

間接照明で光るセンス

自動車の世界でも、そうした「暗さ」感と間接照明による絶妙なセンスを見せてくれるモデルがある。近年ボクが確認した中で、最も秀逸なのは、2015年に発表された5代目「ルノー・エスパス」である。Bピラーとクオーターピラーに青白くともるルームライトは、穏やかな光を天井にも投げかける。

思いおこせば、かつての「シトロエンBX」のループランプも、間接照明ではないが、Bピラーに「ぽわーん」とともって、ほのぼのとしていた。

それらの上品なセンスの演出は、こういってはなんだが、蛍光灯がガンガンともる中で育った日本のデザイナーには思いつかないものである。こうしたデザインの提案にゴーサインを出せる経営陣がいることも事実だ。欧州の人たちの、光に対する独特のセンスがうかがえる。

照明と乗り物ついでに、もうひとつ。自動車の都イタリア・トリノの地下鉄の話をしよう。全自動運転のため、一番前と一番後ろの車両には運転室や車掌室がなく、中間の客車と比べてやや薄暗い。

だが、東京で「ゆりかもめ」に乗るときも、子供の乗客と争うようにして最前列を確保するボクとしては、トリノでも最前列を取ろうとした。
ところがそこには、写真でご覧の通り、「ここは、子供たちのための場所です」というステッカーが、ボクに対する警告のごとく貼られていたのであった。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

「ルノー・エスパス」の最高級仕様「イニシアル パリ」。パリのオルリー空港にて。
「ルノー・エスパス」の最高級仕様「イニシアル パリ」。パリのオルリー空港にて。 拡大
「ルノー・エスパス」のBピラーにともるルームライト。
「ルノー・エスパス」のBピラーにともるルームライト。 拡大
ドイツのフランクフルト・アム・マインと近郊を結ぶ車両。棚に光が入るようになっている。天井中央の照明も秀逸。こんな電車で通勤したい。
ドイツのフランクフルト・アム・マインと近郊を結ぶ車両。棚に光が入るようになっている。天井中央の照明も秀逸。こんな電車で通勤したい。 拡大
地下鉄の車内で、窓のそばに添えられた「お子さま優先」のステッカー。
地下鉄の車内で、窓のそばに添えられた「お子さま優先」のステッカー。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。

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