第6回:火を吹く中トロ
2016.08.30 カーマニア人間国宝への道やっぱり“トロ”が食いたい!
いったいなぜ私は、バカ当たりの激速だった欧州仕様「328GTS」を1年余りで買い替えてしまったのか。なぜ私にはヒストリックカー趣味が欠落しているのか!?
それについて自ら熟考を重ねたが、詰まるところ「お子ちゃまだから」であるらしい。すし屋に行けばいまだにトロを食いたいということだ。
実際の私はすし屋に行けばトロなんざ一貫たりとも食わず、白身や光り物ばっかり食っている。50代にもなって大トロとか食う中高年はあまり尊敬されないだろうし……。
いや、別に尊敬されたくて白身を食ってるわけではないが、というより回っていないすし屋には長らく足を向けていないが、カーマニアの世界でも「トロ食い=お子ちゃま」の法則は当てはまろう。いい年こいて「500psオーバーじゃなきゃスーパーカーじゃないっす!」なんてほざいていたら、世間的な尊敬は勝ち取れまいて。
がしかし私は、すしをはじめとして他の部分ではすっかり枯れているにもかかわらず、なぜかフェラーリに関してのみトロを求めてしまう。もちろん大トロすなわちスペチアーレは予算の関係で視野の外にあるが、可能なら中トロくらいに行ってみたいらしいのである。
アフターファイアは男の絶頂だ!
328GTSを手放して、次に私が購入したフェラーリは、黄色い「F355ベルリネッタ」だった。
今やF355もネオクラシックの末席に位置し、決してトロではなかろうが、2009年あたりはまだ多少脂が乗っていた。
F355の脂は、謎のマフラー・キダスペシャルが奏でる超絶なるF1サウンドと、アクセルオフで炸裂するアフターファイアだった。
F355のF1サウンドについては、2001年に「F355スパイダー」を購入した時点でイヤというほど堪能し神を見たが、アフターファイアは初体験だった。
それは、たまたま吹いた。たまたま我がマシンのO2センサーがイカレていたのかどうか原因は不明だが、とにかく巨大な火を吹いた。
男の絶頂であった。
自分のフェラーリに火を吹かせる。極めつけにマッチョな男の夢だ。「クルーザーに若い美女をはべらせたい」とか「大金持ちになって女子アナと結婚したい」とかそういう類いの。あるいは「アメリカ大統領になって悪の枢軸にミサイルをブチ込んでやる」にも多少通じるかもしれない。
この年になってもまだ、私にはその嗜好がある。フェラーリという女神様が吹く美しい火焔(かえん)を見せつけて下々をひれ伏させ、高笑いしたいのである! そんな人間にネオクラシックフェラーリは荷が重かろう。
「458イタリア」、これ以上うまい“中トロ”はない!
私が現在所有する「458イタリア」は、まさに「火を吹く中トロ」だ。
最高出力570ps。Eデフによる異次元のコーナリング。富士スピードウェイのストレートで「F40」をブチ抜いた時は、回転ずしがすきやばし次郎をミシュランの星取りで上回ったような感動で涙が出た。いや、458イタリアが回転ずしだと言うのではない。回転ずしは私である。
しかも我が”宇宙戦艦号”こと黄色い458イタリアは、これまたキダスペシャル装着によって火を吹くのである。F355のオレンジ色の炎と違ってガスコンロのような青白い炎だが、458はマフラーがセンターの3本出し。中央にソレ用の激安バックカメラを装着したので、運転中に炎が見えるようになった。
ウルトラ絶頂だった。
それはもう、大金持ちになって女子アナと結婚して妻の入浴シーンを隠し撮りして悦に入るようなものか? 男の欲望はここに完結した。もうこれ以上はいい。大トロはいらないし光り物にも興味ない。これ以上うまい中トロはこの世に存在しないのだから! これで本当にカーマニア人間国宝へ近づいているのだろうか。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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