第8回:宇宙戦艦ヤマト撃沈!
2016.09.13 カーマニア人間国宝への道「458」は白身魚
男のすべてを賭けて買った美の結晶「458イタリア」は、私が言うところの「整形ブス」こと「488GTB」に取って代わられた。まさに人生の痛恨事であるが、もう少し客観的に見るとどうなのか。
例えば、私がこれまで買った10台の中古フェラーリすべてを売った「コーナーストーンズ」代表の榎本 修氏(通称:エノテン)は、「488のスタイリングは、458を実にうまくリファインしてると思いますよウフフ~」と言う。「中でもサイドのエアインテーク、あれがいいです。やっぱりミドシップフェラーリは、サイドに穴が開いてないと寂しいです!」
私に言わせればあの穴は、458の最も美しく張りのあるギリシャ彫刻的な曲線部を、無残かつヘタクソに抉(えぐ)り取ったタリバン的蛮行だが、逆にそれを善しとする見方もあるのは想像に難くない。
なぜなら、スーパーカーにとってエアインテークなどの「穴」は、パワーの象徴だからである。いっぱい空気を吸いこんでいっぱい馬力を出す。ついでにケツから火を吹けば完璧。白身よりトロを愛するパワフルゾーンな男たちにとって、サイドエアインテークは脂身そのもの。穴が開いてない458は白身魚。そんなもんジジイが食ってろ。その言い分には一理ある。
というより、そこらの女子に458と488を見せても、まず見分けがつくまい。そんな小さいことにこだわってるからモテないのよ! と言われそうだ。考えただけで涙が出る。
あぁ、無敵の我が「458」
ここはひとつ涙をのんで、スタイリングのことは措(お)こう。ではエンジンはどうなのか。
フェラーリ様の魂はエンジンにある。フェラーリ様はエンジンさえあればいい。フェラーリ様はエンジン運搬機。フェラーリ様は一にエンジン、二にカッコ。それが私の信念だ。
で、私に言わせれば、488GTBのV8ターボエンジンは、長年培ってきたフェラーリの高回転高出力型自然吸気エンジンの芸術性を無残に捨て、レヴリミットも9000rpmから7700rpmぐらい(メーター上のリミットは8000rpmだがそのあたりでレヴリミッターが利く)に下げ、フィーリングもサウンドもすべてを凡庸にした代償としてパワーとトルクをアップさせている。つまり悪魔に魂を売った裏切り者とでも言おうか。
実際乗ると、出力特性が穏やかで足まわりも洗練されすぎているため、パワーやトルクの増大をそれほど感じない。スピード感がない。フェラーリ様はエンジン以外はメチャクチャくらいの方が速く感じてイイという面もあるのだが、出来が良すぎてそれがまったくない。
「これでホントに458より速いのかぁ!?」
当初私は真剣にそう思った。
実は大差があった。実際に2台並んでヨーイドンしてみて愕然(がくぜん)とした。それは、458イタリア対「F355」くらいの差だった。
相手はターボ。一瞬の出足では自然吸気の勝ちだろうと思ったが、出足から引き離されてそのままどこまでもどこまでも、見えなくなるまでチギられてしまった。
富士で「F40」や「GT-R(R35)」を屠(ほふ)った無敵の我が458イタリアがまさか! 宇宙戦艦ヤマト撃沈! 私を絶望という名の真っ黒い闇が襲った。
フェラーリは自然吸気に限る!
いや、加速の差がなんだというのだ。たかがF355と458イタリアくらいの差じゃないか。音が良ければすべて善し。加速なんざ枝葉末節だ。大乗フェラーリ教はそんな小さいことにはこだわらん! フェラーリは速さじゃない!
私がフェラーリに求めるもの、それは唯一絶対の芸術性だ。神が見えるか見えないかだ。神が見えるのは断然458! だって自然吸気だもん! 速けりゃ何でもいいならGT-Rに乗ってろや!
「F40もターボじゃないか!」
そこを突っ込まれるとつらいが、F40もエンジンフィールは決して良くない。ただあまりにもシャシーが怖いので、臨死体験で神が見える。死神が見えると言ってもいい。
458は快楽で神が見える。愛と美の女神アフロディーテ様が見える。まあ「328」でも「348」でもF355でも「360モデナ」でも見えますけど。なら断然お安い348が一番コスパが高いってことになりますなぁワッハッハ。
ならばなぜ俺は348に乗り続けなかったのか。なぜ2580万円も出してヒーコラ458イタリアなんぞ買ったのか。それはつまり「トロ好きのお子ちゃまだから」ということで、堂々巡りになってしまいました。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。