第11回:驚愕の“458ハイブリッド”
2016.10.04 カーマニア人間国宝への道新型「NSX」のデザインは究極の凡庸だ!
フェラーリを買い続けるトライアスロンから解脱し、いよいよ欧州の吉野家牛丼(並)の話に切り替わろうとするところだが、今こそ触れねばならないことがある。「ホンダNSX」についてだ。
私はかねてより、新型NSXについて懐疑的だった。
まず公開されていたプロトタイプのデザインが、あまりにも凡庸すぎた。どこかで見たような子供っぽい造形の寄せ集めで、どこにも斬新さや驚きがない。何一つ新しい提案がない。
生産モデルの見栄えも大差なかった。フロントグリルはホンダがアキュラ・チャンネルで展開している「マジンガーZグリル」の亜流だが、全体にデザイン専門学校の生徒の作品のようだ。
「そんなにカッコ悪くないのでは?」という声も聞く。当たり前だ。クルマは幅を広くして全高を低くすれば自動的にカッコよく見える。全長×全幅×全高は「458イタリア」とほとんど同じ。このディメンションでカッコ悪く見せる方が難しすぎる。
新型NSXのデザインは、このプロポーションにおける「究極の凡庸」だ。スーパーカーは男の夢だが、このデザインを見て、「新たな夢が誕生した!」とは欠片(かけら)も思えない。デザインを担当したアメリカ・ホンダのセンスの悪さは、NSXに限ったことではないが。
メカニズムは、前輪に独立したモーターを持つ3モーターハイブリッドで、「レジェンド」のSH-AWDを前後逆さまにしたようなもの。それ自体はいいが、私はホンダがどこまでやるか疑っていた。レジェンドのSH-AWDは、高速コーナーではアンダーステアになるように左右駆動力配分していた。
ひょっとしてホンダは、わざわざ左右駆動力配分までしてアンダーステアを出すスーパーカーを作るんじゃないか? 近年のホンダの仕事ぶりから、そんな悪夢さえ頭をよぎっていた。
実現なるか!? 幻の多角形コーナリング
左右駆動力配分といえば、我が愛車・フェラーリ458イタリアだ。Eデフによる左右駆動力配分でUFOのように曲がる。下りのタイトコーナーでブレーキを残しステアリングをズバッと切り込むとその場で直角に曲がる!
私は震えた。「風吹裕矢の幻の多角形コーナリングが実現した!」と。曲がりすぎて不自然だという人もいるが、確実に異次元の世界が見られる。異次元こそスーパーカーの命!
NSXは前輪でそれを行うわけだが、左右駆動力配分をもってすれば、後輪だろうが前輪だろうが異次元のコーナリングが味わえるはず。しかしホンダがどこまでやるか? 「曲がりすぎて危ない」みたいな大企業の理論が顔を出すんじゃないか? そう疑っていたのだ。
で、実物はどうだったか。
ちょいぬれのワインディングを走りつつ、私の疑いは徐々に驚きに、そして確信に変わっていた。
「こ、これは……。458イタリアだ!」
もちろん違いますよいろいろ。違うけど「恐ろしいほど曲がる」という点はメッチャ似てる! ステアリングを軽く切り込めば面白いように曲がる! あり得ないほど曲がる! 狙った3倍くらい曲がる! 幻の多角形コーナリングではないが、小さな弧を描いてギュインと曲がる! 少なくとも公道レベルなら前輪に引っ張られて曲がるような違和感もない!
こ、このクルマのコーナリング、大好きだあぁぁぁ!
加速もすごい。モーターのトルクが乗っかる分458イタリアよりも速い。サウンドもかなり頑張っている。フェラーリを超える美声を奏でるレクサスLFA同様、吸気音を車内に引き込むサウンドクリエーターを装備。エンジン始動時の爆音はモダンスーパーカーの定番。クワイエットモードならそれも消せるから、ご近所に配慮して始動時に古座布団でマフラーにフタをする必要もない。
踏み込んだ時の炸裂(さくれつ)音は、音程がやや低く雑味も強めだが、アクセルオフでは「パンッ!」とアフターファイア音も出る。大衆車に専念していた大メーカーが懸命にモダンスーパーカーを研究し、「追いつき追い越せ」と努力したのがよくわかる。
目指せ! 458イタリア
試乗から戻ると、パワートレイン開発を担当したエンジニアが待ち構えていた。
「フェラーリに乗ってる方から見て、どうでしたか!?」
驚いたことに彼は、私が458イタリアに乗っていることを知っていた。
「あのコーナリング、458ソックリでした!」
「そうですか! 僕、458の乗り味が大好きなんですよ!」
ママママ、マジですか!?
「あの音、それに自由自在に思い通りに操縦できる感覚、最高でした。開発が終わったら、これ、中古で買えないかな、って真剣に思いました(笑)」
NSXはフェラーリ458イタリアをベンチマークに開発されたとは聞いていたが、ベンチマークどころか「458が欲しい!」と思っているエンジニアが開発していたとは!
NSX開発に当たっては、458イタリアの他、「アウディR8 V10」や「マクラーレンMP4-12C」などがテスト車両として導入されたという。しかし彼はその中でも特に458イタリアのファンになり、口には出さなかったが「こんなクルマを作りたい」と思ったようだ。
そ、そうだったのか……。
その瞬間、私の結論はこうなった。
新型NSXよ。オマエの走りは458イタリアハイブリッドだ! 俺はオマエが好きだあぁぁぁ(走りだけ)!
しかし同時に考え込んだ。
初代NSX誕生から25年。この四半世紀の間に世界のスーパーカーはホンダをはるか置き去りにして、宇宙船レベルに到達した。かつて初代NSXでまったく新しいスーパーカー像を提案し、フェラーリにも大いに影響を与えたホンダは、25年後の今、458イタリアをハイブリッド化するのが精一杯だったのか……と。そこに漂う微妙な後追い感。
それでも、25年間の空白を思えば望外の成果だが、これを買うのはホンダファンのみで、フェラーリファンを振り向かせることは不可能だろう。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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