キャデラックCT6プラチナム(4WD/8AT)
新天地を求めて 2016.10.14 試乗記 キャデラックの新たなフラッグシップセダンにして、新世代製品群の第1弾である「CT6」。新開発のプラットフォームと高出力のV6エンジン、後輪操舵をはじめとした姿勢制御システムがかなえる、他のフルサイズセダンとは一味違う走りをリポートする。新世代キャデラックの第1弾
昼間見てもいいけれど、夜見ると、もっといい。妖気が漂っている。コワイぐらいである。
四角いボディーの両端ギリギリに見えるヘッドライトから垂れ下がったようなLEDランプが、アフリカのお面とかネイティブインディアンのお化粧ですかあれは、『サイボーグ009』の005みたいで、呪術的ななにかを象徴しているかにも思える。
新しいキャデラックの旗艦CT6はハイテク満載である。まるで1980年代の日本車みたいに。1902年誕生というこのアメリカの高級ブランドはいま、何度目かの出直しのスタートラインに立っている。
新しいコンセプトは“Dare Greatly”。直訳だと「思い切って大胆に」である。やっちゃえ、キャディ。
Cadillac Touringの6を意味するCT6は2015年4月のニューヨークモーターショーで発表された。2020年までに投入する8車種のニューモデル群の第1弾であり、120億ドル、ということは1兆2000億円を投資した商品開発の最初の成果だとされる。
後輪駆動のフルサイズ・キャディとしては1996年にディスコン(継続中止)になった「フリートウッド」以来、ということなので20年ぶりとなる。
複合素材の軽量ボディーに先進技術を満載
全長×全幅×全高=5190×1885×1495mm、ホイールベース=3110mmというボディーサイズは、例えば「レクサスLS」のロングホイールベース版ほどの大きさで、このクラスの国際サイズといえる。つまり、アメ車のフルサイズといえども、タマゲルほどにはデカくない。
しかし、乗るとタマゲル。まったくその大きさを感じさせないのだ。
その秘密について、技術的な紹介をしていかねばならない。第一は「オメガ・アーキテクチャー」と呼ばれる新しいプラットフォームである。高張力アルミニウムや高張力鋼板などを組み合わせた構造で、そのホワイトボディーは「BMW 5シリーズ」や「アウディA6」よりも軽くて強靱(きょうじん)。開発過程で21の特許を取得したそうで、高張力鋼板だけでつくった車両に比べて99kg軽量だという。
すごくないですか。
パワートレインに目を移すと、新型の3.6リッターV6エンジンは直噴DOHCで、シリンダー休止機構を備えている。最高出力340psを6900rpmで、最大トルク39.4kgmを5300rpmで得ている。リッター100ps近い高性能ぶりだ。過給機の類いは付いていない。これに8段オートマチックが組み合わせられる。
駆動はアクティブオンデマンドのAWD、すなわち全輪駆動で、「アクティブリアステア」なる後輪操舵が付いている。「R32 GT-R」みたいである。
足回りは前後マルチリンクで、GMお得意の「マグネティックライドコントロール」を備えている。「ツーリング」「スポーツ」「スノー/アイス」のドライブモードの設定があるのは例のごとしだ。
タイヤの大きさを感じる
ドアを開けてドライバーズシートに着席すると、ドイツ御三家とはまたちょっと違うインテリアに囲まれることになる。創業110年の老舗ブランドなのに、ヨーロッパのそれらとはまた違って、要するに見慣れない。シフトレバーの形状とか、筆者には使い方がよくわからなかったセンターコンソールのタッチパッドとか、リアカメラミラーとか……。
後席は、座高の高い筆者にはややヘッドルームが窮屈めだけれど、これは前の席と後ろの席用に、ダブルサンルーフが付いているせいだ。足元は広大で、このクルマがキャデラックの旗艦であることを思い出させる。Bピラーはぶっとくて、リア窓3カ所にカーテンが付いている。格納式テレビ(10インチ液晶モニター)も付いている。
走りだすと、乗り心地は大変硬い。いわゆる高級車とは別種の硬さだ。細かい振動がある。タイヤは前後とも245/40R20というとんでもないサイズである。だからカッコイイのだけれど、「メルセデス・ベンツSクラス」の標準は18インチだし、「アウディA8」も「BMW 7シリーズ」もだいたい19インチどまり。7の場合、「Mスポーツ」を選ぶと20インチとなるわけで、CT6は標準でMスポ状態なのである。Dare Greatlyにやっちゃっている。
乗り心地というのは、筆者のようないい加減な人間はたいてい慣れる。そもそも路面や車速によって印象が大いに変わる。翌日の早朝、ドライブモードを「ツーリング」に設定して、路面の良いすいた道路を80km/h程度でスウウウウウウッと走ってみると、第一印象が改められた。
ブッ飛ばす人のためのフルサイズカー
実は意外としなやかなのだ。そのしなやかさはノソノソと都内をはいずりまわっているような状況では姿を現さない。基本的にこれはブッ飛ばすドライバーのためのドライバーズカーなのである。デカイけど。
ジョン・ウェインを思い起こそう。あるいは、『帰らざる河』のロバート・ミッチャム、はたまた『カウボーイ&エイリアン』のハリソン・フォード……。『シェーン』のアラン・ラッドは最初から優しかったけれど、西部の男はたいていみんな一見ゴツゴツ、とっつきにくいことになっている。それはキャデラックCT6にも当てはまる。
でもって、いかなる仕掛けであるか、通行人を検知すると、ヴヴヴヴッとシートが微振動して、自動的に減速する。減速する必要ないところでもエンジンのパワーを絞っちゃう。歩行者衝突防止・軽減システムが警告、そしてオートブレーキ機能を発動するのだ。
急ブレーキをかけると、衝突に備えてシートベルトがブヒョッと唐突に自動で締まって、慣性で上体が前のめりになるのを防いでくれる。基本的には乗る人に優しい。ただ、その表現の仕方が新しいこともあって洗練しきれていない。まるで、西部の男のように不器用なんである。自分、不器用ですから。高倉 健さんなんです、基本これは。
全長5.2mのハンドリングマシン
軽量が自慢のアーキテクチャーである。テスト車の場合、シートにマッサージ機能が付いていたり、後席住人向けに前述のテレビが付いていたり、あるいはスピーカーが34個も付いていたりして、車重は1920kgある。これは軽い!
オールアルミのアウディA8の「3.0 TFSIクワトロ」が1930kgである。CT6はこの装備満載にして、A8より軽いのだ。しかもこれらの快適標準はすべて標準である。それでいて、998万円なのだからお買い得だ。
V6エンジンは、8段ATの変速がゆったりしていることもあって中低速域ではちょっと眠い。7000rpmまでアクセルを踏み込んでやると、メーター周りのリングが赤く光って、シフトアップする。その直前の数秒、直噴V6はメカニカルな雄たけびをあげる。
ものすごく正直に申し上げますと、数年前にドイツで乗った「オペル・インシグニア」にちょっと似ている。しかし、インシグニアは「ベクトラ」の後継で、ホイールベース2730mmとCT6よりもはるかに小さいクルマだ。全長5m超の巨体にして、それよりふたまわりも小さなクルマを想起させる大型高級車がかつてあっただろうか?
軽快な運動性能とハンドリングは4WSに負うところも大だと推察される。とりわけワインディングロードにおいては。ハンドリングおたく向けと言いたいほどである。
いったいフルサイズのセダンにこれほど硬い乗り心地と、敏しょうなハンドリングを求める層がいるのか。いるか、いないかはわからない。わからないけれど、男たちは新天地を求めて突っ走る。CT6は、新大陸の開拓者たち、アメリカの男のクルマなのだ。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎)
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テスト車のデータ
キャデラックCT6プラチナム
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5190×1885×1495mm
ホイールベース:3110mm
車重:1920kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.6リッターV6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:8段AT
最高出力:340ps(250kW)/6900rpm
最大トルク:39.4kgm(386Nm)/5300rpm
タイヤ:(前)245/40R20 95W M+S/(後)245/40R20 95W M+S(グッドイヤー・イーグルツーリング)
燃費:シティー=18mpg(約7.7km/リッター)、ハイウェイ=27mpg(約11.5km/リッター)(米国EPA値)
価格:998万円/テスト車=1018万4600円
オプション装備:ボディーカラー<ステラーブラックメタリック>(12万9000円)/フロアマット(7万5600円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:2266km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:272.7km
使用燃料:40.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.7km/リッター(満タン法)/7.3km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。