第474回:「メルセデスの瓶」に「BMWの料理鍋」!?
博物館が伝える“名門の泣ける時代”
2016.11.04
マッキナ あらモーダ!
老舗メーカーの新ジャンル
メルセデス・ベンツは2016年10月25日、ピックアップトラック「コンセプトXクラス」をスウェーデンのストックホルムで公開した。
かねてうわさされていたこのモデル、メルセデスは「Gクラス」や「Mクラス」のヒストリーの延長線上にあることを示唆しながら、「初の真正プレミアム・ピックアップ」と定義する。生産型の発売は2017年末。主な市場は、アルゼンチン、ブラジル、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、そして欧州だ。
ピックアップ流行の兆しについては、本欄第443回で解説したとおりだ。その文末でも触れたが、映画『マディソン郡の橋』でフォトグラファー役のクリント・イーストウッドが乗っていたのは、古い1960年製の「GMC1500」であった。
「ピックアップは、少しやつれているほうがかっこいい」というのがボクの持論である。ジーンズはダメージ加工のほうがイカすのと同じだ。
したがってコンセプトXクラスも、あえて“やつれ感”を出してみたらよかったのでは? と、プレスブリーフィングのライブ中継に映し出されるピカピカのコンセプトモデルを見ながら考えていた。
ともかく、世界最古の自動車メーカーによる新ジャンル進出と、ジーンズ&スニーカー姿でプレゼンテーションを頑張っていたディーター・ツェッチェ会長に、拍手を送ろう。
ジュースも作ったメルセデス
伝統あるブランドには、もちろん苦難の時期もある。メーカーのミュージアムでは、そうした大変な時代があったことを示すさまざまなアイテムも、目にすることができる。
まずは、新ミュージアムタワーの開館10周年を迎えた、ドイツ・シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館だ。
いきなりといった感じでディスプレイされている瓶は、今日のダイムラーの前身であるダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(DMG)が1905年に製造したドリンクのボトルだ。
20世紀初頭ドイツではブドウが凶作となり、ワインの価格が高騰した。そこでDMGは、工場従業員が無理をおして高いワインを買い生活を困窮させることがないよう、代替の飲料として自社でレモネードやラズベリージュース、そしてミネラルウオーターを製造していたのである。自動車メーカーの食品といえば、フォルクスワーゲンが手がけるソーセージが最も有名だが、もしかしたら「メルセデス・ドリンク」も生き残っていたかもしれない。
その後同社は、自転車も手がけた。1919年のヴェルサイユ条約によって敗戦したドイツ帝国は軍事力が削(そ)がれることになった。そのためDMGは従来の航空・船舶用エンジンに代わって、自動車部門を支える分野の模索に迫られた。
さらに敗戦後のドイツは、インフレがすさまじく、自動車の販売にも暗雲がたちこめた。そこでダイムラーは1924年から27年にかけてタイプライターを、1924年から26年にはセミロードレーサータイプの自転車を生産した。ウンタートゥルクハイムとベルリンの両工場で、3年間に生産した自転車は2万5000台にのぼったという。
今日、オフィシャルマーチャンダイジングである「メルセデス・ベンツ コレクション」のマウンテンバイクは、20年以上にわたる定番商品だが、それにはご先祖がいたことになる。
BMWのプライドを感じる鍋
ドイツ系プレミアムブランドのもうひとつの雄・BMWにも、驚きの歴史的グッズがある。2017年9月末日まで開催されている100周年記念展の一角で筆者が見つけたのは、「BMWの料理鍋」だ。
第2次大戦の敗戦後、連合軍によってドイツで飛行機生産を制限されたことで、BMWでは航空機エンジン用アルミニウムの使途に困ってしまった。一方、爆撃で破壊されたあとの工場でまともに使えたのは、軽合金の溶解設備ぐらいだった。そうした状況のなかで、鍋はBMWの従業員が作ることができる数少ない製品だった、と会場の解説にある。
終戦の年である1945年に生産を開始。展示されている鍋のほか、泡立てボウル、パン用バスケット、ポテトマッシャー、ミキサー、さらに窓用のドアハンドルまで製造したという。それらの金属製品は戦争中に兵器を作るための物資として、ことごとく民間から徴用されていたので、それなりに需要があったのだ。いくつかの製品は、1947年に企業としての非常事態宣言が終わったあとも、1949年まで続けられたという。同じ敗戦国の企業で、かつ航空機産業を起源とする富士重工業が、終戦後に鍋・やかんを作っていたのと、まさに共通する。
それにしても、その「BMW鍋」のシルエットやエッジの微妙な曲面処理は、今日見てもクリーンである。仮に今日復刻されて東京や上海のしゃれたコンセプトストアで販売されていたら、誰も70年前の仕事とは思わないだろう。耐乏期でも決してプライドを捨てなかったBMWマンの心意気を感じるデザインだ。
ほかにも、メルセデス・ベンツとBMWのミュージアムは、今日の発展からは想像もできない興味深い歴史アイテムが豊富だ。パネルやオーディオによる解説も丁寧なので、何度訪れても時間が足りなくて困る。
近年日本では、各地の図書館で、本や施設に興味を持ってもらうため「お泊まり会」が催されていると聞く。「同様の企画が、このドイツの博物館で企画されたら、イタリアから寝袋持って押しかけるのに」と本気で思うボクである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、ダイムラー)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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