第5回:牙をむく毒ヘビ
2016.12.04 バイパーほったの ヘビの毒にやられまして![]() |
ささやかなトラブルと大量のCO2をまき散らしながら、今日も遠慮なく東京・武蔵野を爆走する「ダッジ・バイパー」。今回は、そんなバイパーとwebCGほったを襲った、“九十九里の悪夢”をリポートする。
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トラブルなんて怖くない
本連載をご笑納いただいている読者諸兄姉のなかには、「チッ、このクルマなかなか壊れねーな」「もっとリポーターの七転八倒する姿が見たいワ」などというSな御仁がおられるかもしれない。取材現場では多数のギョーカイ関係者から「トラブルの報告を楽しみにしているよ!」とハッキリ声を掛けられているので、読者の皆さまもきっとそうなのでしょう。寒さが凍(し)みる武蔵野の師走、温かい人情が恋しいwebCGほったです。
しかし、ここは言わせていただこう。今まで紹介しなかっただけであると。
確かに「止まる」「燃える」「タイヤが外れる」といったスケールのデカいトラブルには見舞われていないが、バイパーからはコンスタントにささやかな嫌がらせ(?)を受けている。皆さまからいただく「いつ壊れるの?」という暖かい問いに対しては、「常に壊れ続けています」というのが正確な回答だろう。
では、なぜ紹介しないのか? 少々のトラブルなど、記者にとっては瑣末(さまつ)事だからである。およそ10年にわたり、土に還(かえ)る寸前の「ローバー・ミニ」で心身を鍛えてきたワタクシである。ちょいとばかり雨漏りしたり、ラゲッジルームのハッチが閉まらなくなったり、サイドシルに正体不明の穴を発見したりした程度で、うろたえるほど貧弱ではない。そんなのは、近所の猫にあいさつして無視されるのと同じくらい日常茶飯事である。
しかし、そんな記者も一度だけ、本気で焦ったことがあった。
ことの発端は、本連載の第2回「簡単に、買えると思うな、8リッター(字余り)」に掲載した竹久夢二の詩碑の写真。悲劇は、あの一枚から始まった。
ああ 九十九里浜
今からおよそひと月前の2016年11月6日、記者とバイパーは、千葉県は九十九里町へと高速をひた走っていた。本企画に掲載する、件(くだん)の詩碑を撮影に出掛けたのである。
「写真一枚のために、なんでそんなアホウな手間を……」とあきれられるかもしれないが、それはもう記者の性分なのでご容赦いただきたい。面倒くさいヤツなんですよ、webCGのほったは。
渋滞にはまるのがイヤだったので、武蔵野出発は朝の5時。野呂パーキングエリアで朝定食(メンチカツ)をいただいたり、ETC非対応の料金所で自車後方に長蛇の車列をこさえたりしつつ、8時ごろには目的地である片貝漁港に到着した。
そして河口に向かって立つ竹久夢二の詩碑を撮影したら、今日の任務はもう終了。なんともドラマのない取材である。このまま帰ったらさすがに味気なさすぎなので、せめて片貝の砂浜をぶらぶら散歩してから、武蔵野に戻ることとする。この年初に、「フォード・フォーカス」とともに御来光に浴したあの海岸である。
海を見て朝日を拝み、いまだ封鎖されたままの片貝ICのゲートにしんみりしたりして、秋朝の九十九里をほどほどに満喫。そろそろお暇(いとま)しますかとバイパーのもとに戻り、リモコンキーをポチッとな。しかしヤツは無視を決め込んだ。
よほど海が気に入ったのか、武蔵野に帰りたくないのか。解錠ボタンを連打しても、強く押し込んでみてもウンともスンとも言わない。突如としてリモコンキーが利かなくなったのだ。
記者は腕を組んだ。バイパーめ、味なマネをしてくれる。これまであまたのトラブルをのらりくらりと乗り越えてきた私だが、確かに“エレキ方面”の故障はお手上げ。今回は負けを認めるしかない。
とはいえ、この段階でもまだわが胸には余裕があった。「出先でクルマが立ち往生」というシチュエーション自体には、慣れっこだったからだ。こういう場合は、下手にあがかず速やかにケータイで助けを呼ぶのが上策である。そう、ケータイで助けを……。
右手がむなしく空のポケットを探る。
わがケータイは、バイパーの車内にあった。
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この集中力を仕事に生かせば……
やりたがったなコノヤロー! 日々のささやかな嫌がらせならまだしも、わがスマホを監禁して文明社会との通信を断つとは。でも、ここで俺が野垂れ死んだら、君も九十九里の砂に埋もれることになるんだけど。そこんトコロ分かってる?
そんなことを考えながら、取りあえず現状で身につけているものをチェック。上着のポケットから財布が出てきたときは、安堵(あんど)の余りヒザから崩れそうになった。これでなんとか助けを呼べる。この付近に、公衆電話などという歴史の遺物が残っていればの話だが。
案の定、駐車場の警備員に聞いても、周囲のサーファーに聞いても「知らないねえ」と首を横に振られるばかり。ここならあるだろうと希望を託した「九十九里ふるさと自然公園センター」は、なんと台風9号の被害により閉鎖されていた。こうなれば、海を離れて市街地の方を探すしかない。……最悪の場合、見ず知らずの人に頼んでケータイを借りよう。
ギョーカイ随一のコミュ障野郎が悲壮な覚悟を決めた瞬間だったが、その後、幸か不幸かものの数分で電話ボックスは見つけられてしまった。
しかしどこへ助けを呼ぶにしても、肝心の電話番号が分からない。記者が覚えているのは、自分のケータイと恵比寿のwebCG編集部、そして市川の実家の番号だけだ。仕方ないので実家に電話。チャリンチャリンと消費される小銭をよそに、わが母は「バーカなクルマを買うからだ」とのんきに説教を垂れてから、JAFの電話番号を教えてくれた。メモを持ち合わせていない記者は、10ケタの数字を死ぬ気で暗記。2016年で一番集中した瞬間だった。
突然の復活 突然のトラブル解消
電話に応対してくれたJAFのスタッフによると、救援がここに到着するのはおよそ1時間半後になるという。その間、手持ち無沙汰な記者は、缶コーヒーを飲んだり、撮影した写真をチェックしたり、役立たずのリモコンキーをいじったりして時間をつぶすことにした。
ちなみに、バイパーのキーはイグニッションに差し込むカギと、施錠、解錠を行うリモコンとが別体となっている。英語で書かれた注意書きを読んで、「ふーん。デルファイ製なんだ」などと知ったかぶりを独りごちつつ、リモコン部分をためつすがめつ。そこで記者は、筐体(きょうたい)の角にちょっとした切り欠きを発見した。電池交換の時、いかにも「ここをこじってフタを開けてね」といった趣の切り欠きである。エレキには疎い記者だが「どうせ壊れているんだし」と思いリモコンを分解。シンプルな基盤とボタン電池に、「電池の交換は自分でできそうだな。今回も単なる電池切れかも」などと考えながら、パチリとそのフタを閉じた。
「……」
いやな予感がした。
おもむろにリモコンキーをバイパーに向け、スイッチを押す。聞き慣れた「プププ」というクラクションの音がした。久々にドアを解錠するときなどに鳴る音で、日本語訳すると「よお、久しぶり」的な意味合いである。明鏡止水の心持ちで、ドアハンドルのボタンを押す。
何の抵抗もなく、天岩戸が開いた。
“チョイ古”なクルマを侮るなかれ
この時のワタクシの心理を端的に表すと、無我であり、虚脱である。何が起きたか、ちょっと分からなかったと言っても正しいかもしれない。
リモコンキーの不具合の原因は、電池まわりの接触不良というしょっぼいものだった。
しかも、狙いすましたようにJAFのレスキューが到着する直前に解消。朝イチで救出に駆り出されたJAFのお兄さんに、事情を説明する気まずさといったらなかった。間違いなく、この瞬間が今年の「気まずい・オブ・ザ・イヤー」。苦笑いしつつ「気にしないでください」と言うお兄さんに平身低頭し、記者とバイパーはそそくさと九十九里の地を後にしたのだった。
今回のトラブルで学んだことを箇条書きすると、
(1)バイパーの電装品はアテにならない。
(2)エレキ系のトラブルも、試行錯誤で意外と何とかなる。
(3)財布、ケータイは常に身につけておくべき。
……まあ、こんなところだろうか。またひとつトラブル耐性を得てしまった。
心身ともにへろへろになりながら、どうにか懐かしの武蔵野に帰還。海風を浴びたボディーが不安だったので、給油に立ち寄ったガソリンスタンドでは洗車もお願いした。しかも手洗い、しかもホイール&タイヤ洗浄有り。16年落ちのポンコツには破格の、webCGが撮影でお借りするメーカーの広報車と同等の好待遇である。
しかし、わが相棒にそれを感謝するそぶりは一切なし。待合室のカウンターからアワアワのバイパーを眺めつつ、“チョイ古アメリカン”の手ごわさをかみしめた秋の週末であった。
(webCGほった)

堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。