第481回:パパは車中でお留守番!?
かくも異なる日伊ショッピング事情
2016.12.23
マッキナ あらモーダ!
日本車のよさは「気配り」にあり
2016年11月、東京で「ダイハツ・トール」と「トヨタ・ルーミー/タンク」の記者発表会に出席する好機に恵まれた。
車両の詳しい解説や開発を担当したダイハツのチーフエンジニアインタビューは、ほかのページに譲る。ボク自身が驚いたのは、発表会で外観のデザインを表現するのに「迫力」という言葉が使われたことだ。欧州車のプレスリリースでも「ダイナミック」というフレーズはたびたび用いられるが、ちょっとニュアンスが違う。シティーユース中心のコンパクトカーに迫力が求められるのは、日本市場の特性である。
一方、いつもながら感動するのは、欧州車ではなかなか見られない“気配り”だ。
ペットボトルが何本も入る「脱着式大型センターダストボックス」、飲料の缶と四角い紙パックのどちらも難なく立てられる「回転式カップホルダー」、車内を汚すことなく自転車などを搭載できる「多機能デッキボード」……と、使える装備が満載である。
わが女房は、日ごろから、わが家の欧州製コンパクトカーのダイヤル式シートリクライニングひとつで「日本車のようにレバーひとつで一気に倒せず、まったくもって不便」とブーブー文句を言う。彼女がもし日本に住んでいたら、ダイハツやトヨタのショールームに入って1時間もしないうちに成約のハンコを押してしまうだろう。
“大黒柱”を車内に放置?
しかしながら最も感動したのは、ラゲッジスペース脇に設けられた「トレー式デッキサイドトリムポケット(ボトルホルダー付き)+デッキサイドランプ」である。3列シート車でもないのに、なぜこんなところにボトルホルダーや荷室用とは思えないまともなランプが装着されているのか?
会場でダイハツのデザイナーが筆者に説明してくれたシチュエーションのひとつは――「お母さんと子供たちが買い物を楽しんでいる間、お父さんが車内を“フルフラットモード”にして、このランプで読書などを楽しめます」というものだった。たしかにこれらの装備は、シートをフルフラットにして寝転がると、ちょうど頭のあたりにくる。
トヨタやダイハツで開発に携わる人々が日本のショッピングセンターでユーザーをつぶさにリサーチしていることは、初代「パッソ/ブーン」のころから知っている。またしてもその成果を見せつけられた気がした。
それにしてもボクが衝撃を受けたのは「お父さんが車内で待っている」というスタイルを想定していることである。イタリアでは「お父さんだけクルマに残留」というケースはあまり見受けられない。日々の食料品から夫人のランジェリー選びまで、夫も同伴することがほとんどだ。
たしかに日本のお父さんは疲れている。買い物につきあうより、自身の体を少しでも長く休ませたいのはわかる。
イタリアの駐車場は要注意
イタリアの日本人観光客で目立つのは、母親+娘という組み合わせだ。彼女たちがミラノのモンテナポレオーネ通りでショッピングを楽しんでいる間も、お父さんは黙々と東京のオフィスで働いて待っている。「日本のお父さん=待っている」は、もはや公式化している。
ボク自身も、イタリアでの食料品の買い物は、時に面倒なもの。わが街でもスーパーのネット注文&宅配サービスが始まったら真っ先に活用しようと思っている。しかし、買い物は、今のイタリアの物価や消費者感覚を肌で感じる大切な機会だ。加えて、服選びはやはり微妙な色や素材感を確認するため、ネットではなく店に出向きたい。そうした理由で、ボクは買い物には率先して行くようにしている。
とはいうものの、決してイタリアの買い物タイムがバラ色というわけではない。なぜなら、この国のスーパーやショッピングセンターの駐車場は、かなり「怪しい」のだ。
大都市の駐車場では、クルマを降りるやいなや、不法滞在の外国人と思われる人物が近づいてきて小遣い銭を求める場合が少なくない。スーパーの警備員がいても、多くの持ち場は店内に限られ、彼らを追い払うことはない。買い物を終えての荷積みの最中は、買い物カートに自分のカバンを放置しておくのはやめたほうがよい。
こんな感じだから、車内にモノを残しておくことは厳禁である。ボクと女房も十数年前、ミラノのチェーン系家具店で買い物中、スーツケースをまるごと盗まれてしまったことがある。逆にいえば、そんなヤバい状況でもお父さんが「車両警備員」としてクルマに残留しないところに、イタリア人の強い家族志向がある。
商売は消費者調査から
一方で、近づいてきたところで危険ではない人物もいる。「買い物カートの自主回収」だ。
日本でも一部で見られるが、こちらの買い物カートは、1ユーロコインもしくは2ユーロコインを差し込むと、つながれていたチェーンが外れて使えるようになる。クルマに購入した商品を積んだあと、差し込んだコインを回収すべく、カートを所定の置き場に戻してもらうための手段だ。
「買い物カート回収男」は大抵アフリカ系の人で、お客に代わってカートを戻しておくかわり、差し込んであるコインをチップとしてもらうことを狙っている。ボク自身は頼んだことはないが、見ているとお年寄りなどは彼らに頼んでいるときがある。
別のアフリカ系の人も近づいてくる。商品を携えた行商だ。つわものになると、乗ってきたボロボロの「オペル・コルサ」あたりのフロントフードを陳列台代わりにして、駐車場で商品を並べていたりする。見れば商品は、ベルト、スカーフ、サングラス、そしてミサンガなどで、品質は推して知るべしだ。しかしいずれもスーパーで売っていなかったり、ショッピングモールでつい買い忘れたりするアイテムゆえ、意外にもイタリア人の関心を引きつける。
鼻水が出てしまう冬の間は、バラ売りのポケットティッシュも人気商品である。スーパーではダース単位のパック売りがほとんどだからだ。ダイハツやトヨタのレベルに遠く及ばずとも、行商もそれなりにマーケットリサーチをしているとみえる。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、トヨタ自動車、webCG/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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