第490回:いまだに消えぬ“未来の香り”
大矢アキオ、「アストンマーティン・ラゴンダ」を語る
2017.02.24
マッキナ あらモーダ!
スーパーカーブームの悔しい思い出
かつて、日本がスーパーカーブームに沸いた頃のことである。ボクが通っていた小学校は男子生徒が極端に少なく、女子の「ピンクレディーの歌まね」に圧倒されていたのだが、「スーパーカー消しゴムによるレース」は、それなりに流行(はや)っていた。当時を知る読者ならご存じのように、消しゴムの推進装置はBOXYのノック式ボールペン。芯のロック機構に使われているスプリングの力を使って、前方に飛ばすのだ。
ある日、同級生が“最終兵器”を持ち込んだ。トイレットペーパーを装填(そうてん)するスプリング入りの軸だ。それによる消しゴムの飛距離たるや、大陸間弾道ミサイル並みで、BOXYの比ではなかった。
その日をもって、スーパーカー消しゴム遊びは終了した。彼の家族はペーパーの装填軸が消えてさぞ困っただろうと思うが、風のうわさによれば、本人はいま、建築家兼工業デザイナーとして活躍しているらしい。天才は子供時代から違う。
スーパーカーブームといえば、もうひとつ悔しい思い出がある。それは、「ボクの好きなGTが、他人には全く関心を持たれない」ということだ。例を挙げれば、「ポルシェ928」「デ・トマゾ・ロンシャン」「シトロエンSM」といったモデルである。世の子供が「フェラーリ512BB」だ、「ランボルギーニ・カウンタック」だと騒いでいるときに、そんなクルマがウケるはずがない。ポルシェに関しても「930ターボ」ばかりがもてはやされていた。
スーパーカーやGT以外でも、「ビュイック・スカイラーク」と言えば、「そんな郊外レストラン(注:まだファミレスという言葉は存在しなかった)みたいな名前のクルマはない」とうそつき呼ばわりされ、「ポンティアック・サンバード」と言えば、「サンダーバードの間違いだろう。そんな長崎屋みたいなクルマ、あるはずない」とののしられた。
次第に友人関係は希薄になり、気がつけば、友と呼べるものは帰宅後に読む『CAR GRAPHIC』と、その別冊『19〇〇年の外国車』になっていた筆者である。
あの『タイム』誌までもが酷評
そうした「知りすぎた男」ならぬ「知りすぎた子供」にとって、もう一台、ひそかに好きだったモデルがある。「アストンマーティン・ラゴンダ シリーズ2」だ。
1976年のロンドンモーターショーで発表され、1978年に発売されたそれは、最高出力300hpを発生する5.3リッターV8エンジンに、クライスラー製のトルクフライト3段ATを組み合わせていた。
デザイナーのウィリアム・タウンズによるスタイルは、名門ブランドの4ドアセダンでありながら極めて未来的で、小学生のボクを魅了するに十分だったのである。しかし、前述のGT以上に、それは同級生にとっては未知の存在だった。
悲しいことに、筆者が大人になってからも、このラゴンダ シリーズ2はトラディショナルな雰囲気を好む純粋英国車ファンからも異端視されていた。近年も『タイム』誌が選んだ「歴代ワーストカー50台」にしっかりとランキングされている。
前述のポルシェ928に関しては、2013年の映画『スティーブ・ジョブズ』で、若き日の彼が足として使っているシーンがあり、「ほれ見ろ。わかっているやつはわかっているんだ」と留飲が下がった。だが、さすがにラゴンダは、かのジョブズでさえ乗ることはなかったようだ。
パリで憧れのラゴンダに再会
2017年2月初旬のことである。パリでヒスリックカーショー「レトロモビル」が催された。メインイベントのひとつであるアールキュリアル社のオークションでは、154台の車両がカタログに掲載された。内覧会場には、“今年のスター”であるピニンファリーナの1966年「ディーノ206ベルリネッタ スペチアーレ」をはじめ、出品車がところ狭しと並べられていた。
それらの間を縫って散策していたときである。突如、低く身構えた1台のクルマが目の前に現れた。そう、あのアストンマーティン・ラゴンダ シリーズ2だった。
分厚いオークションカタログを開いてみる。クルマは1981年型で、新車時にモナコに納められ、現在はオークションハウス関係者のもとにあるという。
大胆なウエッジシェイプが取られたフロントフード、ナイフで切り落としたようなボディーサイドは、イメージスケッチをそのまま実車にしてしまったようで、今見ても十分魅力的だ。
実をいうと、ラゴンダ自体は数年前、英国のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで目撃したことがあったが、そのときは囲いが設けられていて、ドアにはしっかりとロックが掛けられていた。
今回は、ビッダーの下見用に開放されている。昔憧れた上級生の女子に思いがけず出会ったような感動に包まれながら、思わず近寄る。そして中をのぞくと、初期型の特徴であるフラットなタッチパネルが並んでいる(後期型では、メーターナセルのデザインもろとも、凡庸なスイッチに改変されてしまった)。
新車に勝る“未来ムード”
さて、2017年2月10日金曜日、オークションの日がやってきた。
ラゴンダは57番目である。1台前の1970年「フェラーリ365GT 2+2」が22万6480ユーロ(約2720万円。手数料込み)で落札されて退場すると、ラゴンダがステージに上げられた。
オークショニアによる、心地よいリズムのアナウンスが始まった。しかし……フェラーリほど盛り上がらない。そしてハンマープライスは、想定価格をわずかに上回るだけの、5万3640ユーロ(約640万円。手数料込み)にとどまった。高級車中心のこのオークションで、5ケタ台というのは、小さなアバルトなどごく少数に限られる。ラゴンダの人気は、やはり今ひとつだった。
911の後継になれなかったポルシェ928しかり、そしてラゴンダしかり、1970年代の高級車は、今よりももっと挑戦的だった。
日本車、例えば「トヨタ・クラウン」も同じだ。“スピンドルシェイプ”の4代目(1971-1974年)は、その一般的評価とは裏腹に、歴代の中で最も意欲的なデザインであり、ボクは大好きである。だが、高級車のオーナーは概して保守的だ。いずれのモデルも、彼らの嗜好(しこう)に抗うことはできなかったのだろう。
ラゴンダ シリーズ2の生産台数、わずか645台。前衛的すぎたスタイルに加えて、当時の英国車における持病だった電装系の弱さもたたったといわれる。
それでもボク自身にとって、40年以上前に発表されたその高級サルーンは、今日の「テスラ・モデルX」よりもはるかに、未来の香りを漂わせていたのだった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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