第494回:大矢アキオのジュネーブショー2017
巨匠ジウジアーロ復活! “希少性”に生きるカロッツェリア
2017.03.24
マッキナ あらモーダ!
SUVの次はシューティングブレーク!?
第87回ジュネーブモーターショーが2017年3月19日に閉幕した。主催者発表によると、入場者数は前年とほぼ同水準の69万1351人だった。
ジュネーブは、伝統的にイタリア・トリノのカロッツェリアが新作を持ち込むことから、世界5大モーターショーの中で最もカーデザインにスポットが当たるショーとされている。
その点、今回筆者が気になったのは“シューティングブレーク”だ。思えば昨年も、イタルデザイン・ジウジアーロのコンセプトカー「GTゼロ」でシューティングブレークスタイルが試みられた。
それに続き今回は、かのポルシェが「パナメーラ」の新バージョンとして発表した「パナメーラ スポーツツーリスモ」において、シューティングブレークのスタイルを採用した。
この車型、これまでもさまざまなメーカーが扱ってきたものの、メインストリームにはなっていない。近年では「フェラーリ・フォー」の例があるものの、同車の場合は「フェラーリGTC4ルッソ」とネーミングを変えてまで忘れられることを防ごうとした。なぜ今回ポルシェが……? そんな筆者の疑問に対する同社の関係者の答えを要約すると以下のようになる。
・ポルシェの愛好家には、ニッチな性質を魅力と感じる人や他者とは違うものを求める人が少なくない。
・希少なモデルを投入することは、今後の商品企画の方向性を知る手段としても有効だ。
このように、あえてニッチな車型の新型車を出すことは、今後のマーケットを探るうえでも大切であるというコメントが聞かれた。
筆者としては、もうひとつの疑問もわいてきた。広いラゲッジスペースを重視するユーザーには「カイエン」で対応可能だと思われるが、なぜシューティングブレークを追加するのだろうか? それを解く答えを与えてくれたのは、ブースにいたスウェーデン法人の担当者だった。彼は「SUVがトレンドであるとはいうものの、自国ではボルボやアウディのワゴン車の販売も好調だ」と語ったうえで、「車高が高いSUVを嫌い、よりスポーティーなモデルを求める層は、確実に存在する」と答えた。
今まで、ハイウエストのビキニのごとく流行(はや)りそうで流行らないシューティングブレークだったが、あまりにも多くの腰高なSUVやクロスオーバーが路上に出回るようになると、その反動でいよいよ出番となるかもしれない。
インドのタタが新戦略
もうひとつ気になったのは、インドのタタだ。同社が放つ新ブランド「タモ」の第1弾となる小型スポーツカー「ラセモ」である。
タタはクルマのデザインを、インド、英国、そして既存のカロッツェリアを買収する形で足場としたイタリア・トリノの3拠点体制で進めているが、今回のラセモは、トリノの作である。
インドの工場でまずは1000台を生産するという。「シトロエンC3」にも見られたような「車内でセルフィーを撮影することができるカメラ」も装備されている。若者志向だ。
インドにもこうした需要があるのだろうか? そんな疑問を担当者に投げかけると、「インドの人口の60%は35歳以下です」と、市場の有望性を数字で示してくれた。
イメージは「平日は足として使い、週末はサーキット走行を楽しむツールに早変わりする」というものだ。実際、既存のクルマでそのように楽しんでいるユーザーが存在するという。
今や親会社のタタ・グループはジャガー・ランドローバーのオーナーである。しかしながら、超低価格車「ナノ」の登場を昨日のことのように記憶している身としては、インドが国内向けにこうしたエンスージアスティックな“ランナバウト”を出すことに、時代の変化の速さ感じざるを得ない。
ラセモの跳ね上げ式ドアは、往年の「トヨタ・セラ」と同じように前方に取り付けられたヒンジを介して前倒し気味に開く。かつて東京に暮らしていたころ、本気でセラを買おうかと「フィアット・ウーノ」と比較していた筆者は、胸が熱くなった。
担当者によれば、広いドア開口部は、インドの民族衣装サリーを着用した女性でも乗り降りしやすいという。正式な価格は未定だが、なんとか聞き出したところでは、「『ロータス・エリーゼ』よりは安くなるでしょう」とのことだった。
少量生産車が続々デビュー
一方、今年トリノのカロッツェリアはいずれも、エクスクルーシブな超少量生産のスポーツカーにフォーカスした。
まずはピニンファリーナである。同社は、F1とCARTで2回ずつ優勝経験のある“レジェンドドライバー”エマーソン・フィッティパルディが設立したメーカーのために、レーストラック用スポーツカー「EF7ビジョン グランツーリスモ」を公開した。
エンジニアリングには、メルセデスのDTMマシン製作で知られるHWA社があたっている。同社が設計したカーボンモノコックは、ジェントルマンドライバーの安全を第一に考えるフィッティパルディの意向をくんで、FIA規格をクリアする強度が確保されている。
なお同車は、近日発売のゲーム『グランツーリスモSPORT』にも登場する。制作関係者は、「誇り高き伝統産業であるカロッツェリアとゲームの協業実現には、足掛け3年を要した」と振り返る。
一方、フォルクスワーゲン・グループのイタルデザイン・ジウジアーロは、「ゼロウーノ」を公開した。こちらも生産わずか5台のスーパースポーツカーである。エンジンはアウディおよびランボルギーニの5.2リッターV10を採用する。
このクルマは、このたび同社が立ち上げた少量生産部門「アウトモビリ・スペチアーリ」の第1作である。広報担当者によると、全5台はすでに買い手がついていて、オーナーの内訳は3人が欧州、1人が中国、そしてもう1人がロシアという。
イタルデザインが自らクルマ生産を手がけると聞いて、1980年代に同社が「BMW M1」の組み立てを担当したのを思い出す。そのことを広報担当者に話すと、当時の生産スペースはまだ残っていて、同じ場所をアウトモビリ・スペチアーリも活用するという。
イタルデザインはプロトタイプ制作のため、以前からカロッツェリアとしてはやや過剰なスペックともいえるプレス機を所有していた。そうした設備環境からみても、新部門は順調なスタートを切るだろうと筆者は考えている。
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帰ってきたジウジアーロ
今回、最もメディアのフラッシュ攻勢を受けたデザイナーは、ジョルジェット・ジウジアーロだろう。
2010年にフォルクスワーゲン・グループ傘下となってからも保有していた自社株を2015年にすべて売却した彼は、同年、新会社GFGスタイルを子息ファブリツィオとともに設立した。GFGとはGiorgetto & Fabrizio Giugiaroのイニシャルである。
今回のジュネーブショーにおける彼らの舞台は、中国の新興R&D企業「テックルールズ」のブースであった。発表された「GT96」は少量生産のハイパーEVで、組み立てはイタリアで行われる。
デザイナーの選定はコンペ形式だったのか? との質問に、GFGスタイルのスタッフはノーと答えた。「テックルールズ社による指名」であったという。
シートは横3列である。その理由についてはジョルジェット・ジウジアーロ本人が教えてくれた。「私が最初にデザインしたショーカー(筆者注:1969年の『ビッザリーニ・マンタ』)が横3列シートだったからだ」と。
あなたからの提案だったのか? との問いには、「いや、クライアントからの希望だった」という返答が返ってきた。ところでイタルデザイン時代は、マンタ以外にも横3列を時折提案してきた。その理由をたずねると、御大は身をすくめるジェスチャーとともにこう答えた。
「3人で乗るクルマは窮屈だからね!」
彼の言葉を解釈すれば、一般的スポーツカーのタイトな室内に前2人/後ろ1人で乗車すると閉塞(へいそく)感が伴う。3人が並んで乗ったほうが開放感は得られるということだろう。それは、本エッセイの第492回にも記した「フィアット・ムルティプラ」にも通じるものがある。後席乗員になってしまった人が疎外感を味わうこともない。
自動車メーカーの自社開発強化を契機に、大幅な業態の変化と企業としてのシェイプアップを迫られたカロッツェリアが見つけた新たな道=エスクルーシブな少量生産は、ビジネスとして定着するのだろうか? 未来を見通すガラス玉を持たぬ筆者としては、数年先のジュネーブショーを待つしかない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、大矢麻里<Mari OYA>、Roger Dubis、webCG/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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