ランチア・ストラトス
勝利を義務付けられたスーパーラリーカー 2017.03.30 スーパーカークロニクル 「ストラトス」の鮮烈なスタイリングは、いまなお見る者から言葉を奪うほどのインパクトがある。しかしこのデザインは、見せるためのものではなく、ラリーを戦うために研ぎ澄まされたものであることを忘れてはならない。カウンタックの異母兄弟
「カウンタック」とストラトス。ともにスーパーカーブーム世代のヒーローだが、これに「ミウラ」を加えた3台が、いずれもブーム時代にベスト5の常連だったことを思い出すと、あれは言い換えれば“ガンディーニ・ブーム”であった、と考えるほかない。
マルチェロ・ガンディーニ。スーパーカー少年の憧れを描き続けたカーデザイナー。ミウラからカウンタックまでの世代のランボルギーニデザインはすべて、彼がチーフデザイナーとしてベルトーネ在籍時代に手がけたものであり、ストラトスとカウンタックはほぼ同じタイミングで生まれた、いわば異母兄弟である。
そのことは、この2台、特に「カウンタックLP400」と「ストラトス ストラダーレ プロトタイプ」を並べて見比べてみれば明らかだ。微妙な弧を描くサイドラインやボディーサイドの膨らみ、前後オーバーハングの横の丸みなど、共通の言語があちらこちらに、想像していた以上に表れていて驚く。まるでカウンタックのSWB(ショートホイールベース)がストラトスのようである。
ストラトスの誕生もまた、現代の理解からすると、奇異なストーリーで紡がれている。当時、ヨーロッパの自動車メーカーがその威信を賭けて戦っていたのは、ラリー選手権だった。だから、販売現場の代理戦争となったラリーで勝利することだけを目的にクルマを造る可能性と必然性が、大メーカーにはあった。そこに自社の生産規模を保ちたいベルトーネ社がつけ込む。(得意とする)ミドシップで旋回性能の高いマシンを企画すれば、フィアットグループ、なかでも野心家チェザーレ・フィオリオのランチアチームが話に乗ってくる可能性は高い……。
かくして、カウンタックとほぼ同時期に、ガンディーニによってデザインされたミドシップカーコンセプトがランチアの“バトルマシン”として採用された。その心臓部には、フィオリオの強烈な政治力により、フェラーリ製V6エンジン(ディーノ用)が搭載されていた。
勝つためのデザイン
不思議な物語は続く。ストラトスHFはまず“ラリーマシン”としてデビューした。プロトタイプクラスでラリーに参戦。熟成を重ねた後、1974~75年に市販される。「トヨタ2000GT」や、最近の「レクサスLFA」を思い出すと理解しやすい。それだけ社運を賭けたスポーツカーであったということだ。
同時期の「フィアットX1/9レーシング」(アシまわりの設計がよく似ている)や、後の「ランチアLC1」の存在を考えると、このときかのジャン・パオロ・ダラーラもストラトス熟成に深く関与したことだろう。
紆余(うよ)曲折の後、(プロトではなく)ホモロゲーションモデルとしてラリーに参戦すると、ストラトスはラリー選手権を3年連続で手に入れる。もはや無敵。しかし、それは逆に市販車両とかけ離れた存在であることを誇示するだけであった。
フィアットグループがワークスラリー活動をより生産車に近い形の「131アバルト」に移した後もなお、ストラトスはプライベーターの手でラリーフィールドを席巻(せっけん)し続けた。ラリー専用に生まれたマシンなのだ。ワークスの手を離れてもなお、異常なまでの戦闘能力の高さを見せつける。その姿は80年代前半まで各地のローカルラリーで見ることができたという。
取材車両は、長らく1人のオーナーの元で、ほぼオリジナルコンディションを保ち続けている貴重な一台である。とにかく、小さい。幅の広い屋根付きの「ホンダ・ビート」のよう。軽いドアを開け乗り込めば、カプセルに包み込まれているようで、意外に居心地がいい。やや中央に向いて収まる様子は、やはりレーシングカー流である。
ディーノ用V6エンジンは、同時代のV12のような気難しさはない。ギアシフトにさえ気を遣ってやれば、何の苦労もなく1tに満たない車体を存分に駆けさせる。その動きのひとつひとつが、いちいち軽やかで、クルマとの一体感がこの上なく心地いい。もちろん、ハンパな腕で調子にのったりすると、いきなり危うい状況に陥るであろうことが容易に想像できるほどのエキセントリックな雰囲気をそこかしこにちらつかせながら、ではあるけれど……。
ストラトスもまた、世の中のスーパーカーイメージとは裏腹に、パフォーマンス至上主義のミドシップ・スポーツカーであり、ガンディーニのデザインは決して奇をてらったものではなく、ただラリーで勝つための機能を描いたものだったのだ。
(文=西川 淳/写真=小林俊樹/編集=竹下元太郎)
※初出『webCG Premium』(GALAPAGOS向けコンテンツ)2011年春号(2011年4月1日ダウンロード販売開始)。再公開に当たり一部加筆・修正しました。

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。