ポルシェ911カレラRS 2.7
希代の名スポーツカーのひとつの到達点 2017.03.30 スーパーカークロニクル 本来、「ポルシェ911」をスーパーカーの仲間に入れるべきではないだろう。しかしブームの真っただ中、「ロータス・ヨーロッパ」の宿敵として描かれた「ナナサンカレラ」だけは別だ。グループ4のホモロゲーションモデルの実力は、40年以上たった今もなお鮮烈だ。どこかしゃくに触る完璧なライバル
スーパーカーブーム世代にとって、ロータス・ヨーロッパのライバルと言えば「ポルシェ911カレラRS」(1972~1973)、通称ナナサンカレラである。
ロータス・ヨーロッパを駆る主人公が、ナナサンカレラでオンリーポルシェの暴走族を率いる永遠のライバルと出会うところから、漫画『サーキットの狼』の物語は始まった。
ストーリー展開のなかで子供心に植え付けられたのは、ことあるごとに強調される、ポルシェが創り出すクルマのスポーツカーとしての由緒正しさというか、資質の高さだった。パフォーマンスでは常に時代の先頭を走り、しかもその実力はほとんどの場合、スペックが保証されているも同然。安定した性能発揮という点ではまさにジャーマンプロダクトの極みであり、イタリアンスーパーカーの出ばなをくじくに十分な存在の強さを、子供心に理解したものだ。だからこそ、どこか憎たらしかったし、しゃくにも触ったしで、その複雑な気持ちの裏返しが、主人公をいっそう応援したい感情につながったのではあるまいか。筆者だけかもしれないが……。
ポルシェ911という希代の名スポーツカーの、しかもレースホモロゲーション用(グループ4)の強力なスペシャルモデルを、主人公ではなくライバルの愛機としたところに、漫画家・池沢早人師のセンスというか、スポーツカーへの理解というか、未来への洞察力が見て取れよう。ポルシェ911の実力を知りつくし、身をもって経験していたのが、当の本人だったというわけだ。
ナナサンカレラは、今では数ある名スポーツカーのなかでも、またポルシェ911シリーズのなかでも、トップクラスのコレクターズアイテムとして高価で取引されている。近年、ナロー以前のポルシェが軒並みマーケットプライスという名の評価を上げているが、ナナサンカレラの地位は不変。「ディーノ」よりも登場がずいぶん遅かったにもかかわらず、その評価はディーノ並みか、それ以上だ。特にポルシェファナティックにとっては、911の最高にアイコニックな存在であると言っていい。
今なお通用する2.7リッターフラット6
ポルシェ911シリーズは、世界中のクルマ好きが憧れる、そして実際にリアルな目標として誰もが掲げることのできる、事実上のナンバーワン・スポーツカーである。そう言いきれる理由がどこにあるのか。それを知ってもらうためにも、今から40年前に誕生した、このスペシャルな911を振り返ることは、とても有意義であると思う。
初代911シリーズ、いわゆる「ナロー」(一部ビッグバンパーあり)のプロダクションは、1964年に始まった。年を追うごとに改良・進化し続け、ついに72年、グループ4レースのホモロゲーション(市販ベース)車両である「カレラRS 2.7」にまで発展。RSとはドイツ語でレンシュポルト、つまりレーシングスポーツを意味した。
ナロー時代から70年代後半までの初代911を、いま一度触ってみるとよくわかるのだが、ドアのガチャリと閉まる金属フィールは最新モデルの及ぶところではないし、走らせたときのボディーのしっかり感などは十分に現役だ。それでいて、リアエンジン―リアドライブのパッケージングは独特な扱いを乗り手に要求し、それに見事応えられる人にはこの上ないドライビングファンを提供するという点で、まさに究極のスポーツカーでもあった。
なかでもナナサンカレラの、レーシングテクノロジーを活用した2.7リッターエンジンは、カミソリの如くシャープな吹け上がりをみせ、そのパワフルさと扱いの難しさ(=レベルの高さ)で、今なお多くのマニアを魅了してやまない。取材車両にもサーキット走行やレースを存分に楽しまれた形跡がみてとれる。もちろん、実際のレースシーンでの大活躍は言うまでもない。
エアロパーツでモディファイされたスタイルの文法は、その後の911シリーズのスペシャルモデルに多大な影響を与えることになる。そして、このすでに強力な911を、決して慢心せず、地道に改良・進化させてきた歴史こそが、ポルシェ911という類いまれなスポーツカーを作り上げた。MR(ミドシップ)ではなくRRというレイアウトからくるデメリットさえも、性能向上をひたむきに追究する姿勢によって、個性へと転化した。それは、ユーザーとの間に固い絆を生むに十分な信頼を築き、そしてブランドとなったのだ。
目をつぶって運転することができたとしよう。ナローに始まる歴代911がドライバーの体に伝えてくる走りの質感は、まったくもって変わらないはずだ。その一方で、パフォーマンスそのものは「最新が最良」と言われるほど進化し続けた。スポーツカーとして、進化を決してやめなかったこと。それこそが、911という当代一級のスポーツカーが生まれた理由であった。
(文=西川 淳/写真=高橋信宏/取材協力=池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム/編集=竹下元太郎)
※初出『webCG Premium』(GALAPAGOS向けコンテンツ)2011年夏号(2011年6月30日ダウンロード販売開始)。再公開に当たり一部加筆・修正しました。

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。