第502回:マクロン仏大統領が「エスパス」好きで
イタリアの首相用車はこれからどうなる!?
2017.05.19
マッキナ あらモーダ!
新大統領、ミニバンにほれる
先のフランス大統領選で勝利したエマニュエル・マクロン氏が、2017年5月14日、大統領に就任した。
既存大政党の支援を受けていないこと、共和国史上最年少(39歳)の大統領であることなど、新しいことずくめである。ロイター通信が伝えるところによると、エリゼ宮での就任式に臨んだ彼のスーツは、450ユーロ(約5万6000円)だったという。日本なら「コナカ、AOKIの価格帯」である。
それはともかく、就任式の中継を見ていて僕自身にとって面白かったのは、マクロン氏がエリゼ宮に乗りつけた、その自動車である。
ずばり、「ルノー・エスパス」だったのだ。
欧州のテレビは、吉報でもバッドニュースでも、事件を報じる際はクルマの車名に言及するのが常だが、今回もフランスの一部のテレビ番組は「マクロン氏がエスパスでやってきました!」と、車名とともに紹介していた。
このエスパスに関しては、テレビ局「BFMTV」のサイトにルノー関係者の興味深い話が記されている。マクロン氏は、経済大臣時代の2014年9月、パリモーターショーの会場を訪問した際、発表されたばかりの5代目エスパスを見て即座に試乗を申し込んだという。関係者いわく「ひと目ぼれ」だったらしい。
そしてショー開催翌月の2014年10月には、まだ一般ユーザーの手に渡らぬうち自身の公用車としてエスパスのキーを手にした。
ルノーはひとまず安泰?
フランスの政権とルノーの、昨今の関係を振り返ってみよう。
まずフランス政府は、ルノー株の約5分の1を保有する筆頭株主である。
2016年には、政府はルノーに対して、カルロス・ゴーンCEOの高額報酬の是正を求めた。また、ルノー・日産アライアンスがアルジェリアなど労働コストの安い地域に生産拠点の移転を進める中、あえて5代目「日産マイクラ」(日本名「マーチ」)の生産拠点は、フランス・イヴリンヌ県にあるルノーのフラン工場となった。これが、国内雇用の拡大を掲げたオランド政権に配慮したものであったのは明らかだ。
そのオランド時代が終焉(しゅうえん)を迎えた。
さらに今回の大統領選では、企業の公営化推進を公約に掲げた政党「国民戦線」のマリー・ルペン氏が破れた。
いっぽう新大統領のマクロン氏は、前述のエスパス愛好以外にも、個人的にルノーに対してポジティブであるようだ。それは経済相時代の2014年、ルノーのアルジェリア・オラン工場の開所式に、ゴーンCEOとともに臨席していることからもわかる。
ルノーにとっては、ひとまず安心できる政権といえる。
さすがは大統領のカスタマイズ
大統領就任式に話を戻そう。
マクロン新大統領に送られてエリゼ宮を去ったオランド前大統領は、「DS 5」に乗り込んだ。映像やナンバープレートからして従来の大統領公用車とは別で、かつ防弾仕様でもなかったようだ。
参考までに記すと、フランスで大統領は退任後も生涯にわたって運転手付きの車両が与えられる。
DS 5といえば、欧州各地のモーターショーのDSブランドブースでは、カスタムメイドの職人たちの実演コーナーが恒例となっている。
筆者は、彼らと話をするのを毎回楽しみにしてきた。特に面白いのは、彼らがこれまで手がけてきたシトロエンブランドも含む大統領専用車に関する話だ。
例えばシート座面の高さは、大統領の体格に合わせて調節される。ある職人は「大柄でも、超小柄でも自在に対応します」と話した。それを聞いたのは、身長が1.9mに迫るジャック・シラク氏から歴代大統領のなかでは特に小柄だったニコラ・サルコジ氏にバトンタッチした直後だった。
これまた別のDS職人から聞いた話では、大統領には、内装色はもちろんステッチの色に至るまで、チョイスしてもらうそうだ。
目指せ「世界一速いイタリア首相」
日本のニュースを見ると、近年は首相をはじめ多くの閣僚がレクサスに乗っている。エスパスに乗るフランス大統領には到底かなわないが、公用車の若返りは各国で進んでいる。
ボクは、(そんなことはないけれど)自分が閣僚になった際には、公用車はレクサスではなく「トヨタ・センチュリー」にしてもらおうと、東京都心で同車を見かけるたび心に誓っている。海外に住むボクに言わせれば、センチュリーこそ、世界に類を見ないジャパニーズデザインのクルマである。
そんなくだらないことはともかく、問題はボクが住むイタリアだ。
フランス大統領に相当する政治権力を持つイタリアのパオロ・ジェンティローニ首相の公用車は、米国「クライスラー300」の姉妹車でカナダ製の「ランチア・テーマ」だ。
そのランチアブランド、先日からイタリアを除く欧州各国のウェブサイトを閉鎖し始めた。この歴史あるブランドを段階的に縮小してゆくことは、本欄第347回で記した通りだが、いよいよ「終了のお知らせ」が近づいてきた。
それなら「マセラティ・クアトロポルテがあるじゃん」という声もあるだろう。しかし「マセラティは首相用ではなく、象徴的地位にある共和国大統領の公用車」という不文律がある。
首相専用車は今後、ランチア・テーマを直し直し使い続けるのか。あるいは、ベルルスコーニ元首相のようにドイツ製プレミアムカーを使うのか。気になるところだ。
いっそのことイタリア首相も、「世界最速の市販SUV」を掲げる「アルファ・ロメオ・ステルヴィオ」あたりにしたら面白いのではないか。「世界一速い首相」が誕生すれば、イタリア製品のイメージ向上にも貢献できるだろう。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
最終回:人それぞれに「最後のアルファ・ロメオ」 2026.8.27 イタリア・シエナで開催された「アルファ・ロメオ・スパイダー/GTV」のささやかなオーナーミーティングを、地元在住の大矢アキオが取材。あなたにとって最後で最高のアルファ・ロメオは、いつの世代のどのモデルですか?
-
第975回:ホンダ&スバルのTシャツがイタリアを席巻中 2026.8.20 イタリアで、ホンダやスバルをモチーフにした“日本車Tシャツ”が人気に。自動車をモチーフにしたアパレルの世界で、日本車や日本のブランドがもてはやされる理由とは? 素直に喜べないその背景を、現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第974回:「民生用」と「軍用」をまたぐクルマたち――ルノーの最新戦術車両に思う 2026.8.13 ルノーのクロスオーバーSUV「ラファール」がまさかの軍用車に? ルノーと軍需との第1次大戦にまでさかのぼるつながりと、彼らが今ふたたび防衛産業と距離を詰め始めた理由、世界的に見られる軍用と民生用の垣根を超えたクルマの歴史を、大矢アキオが解説する。
-
第973回:静かになりすぎたクルマと「聴かせて、聴かせて隊」に思うこと 2026.8.6 最近イタリアでよく見かけるという、道行くスポーツカーやスーパーカーのドライバーに、豪快なエキゾーストサウンドをせがむ若者の姿。彼らの存在は静かになりすぎた四輪車に対するアンチテーゼか? 現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第972回:黒船来襲も! イタリア自動車販売店は戦国時代 2026.7.30 イタリアで急速に進む、自動車販売店の統廃合と巨大グループの伸長。その背景にはどんな理由があり、私たちにどんな変化をもたらすのか? 現地在住の大矢アキオが、変わりゆく自動車販売のあり方を考察するとともに、消えゆく街かど自動車文化に思いをはせた。
-
NEW
トヨタ・ランドクルーザー“300”GRスポーツ(4WD/10AT)【試乗記】
2026.10.19試乗記トヨタの「ランドクルーザー“300”」にハイブリッドパワートレイン搭載モデルが登場。環境負荷低減のために牙を抜かれた……どころか、電気の力を味方に、さらに力強さを増しているから面白い。愛知県のオフロードコースで乗った印象をリポートする。 -
NEW
フェラーリが「日本上陸60周年」 記念祭から“ブランドの今とこれから”を読む
2026.10.19デイリーコラム「日本上陸60周年」を祝うファン感謝イベントを開催したフェラーリ。自動車界に燦然と輝くハイブランドは、いま何を目指しどこに行こうとしているのか? 経営トップの談話を交えながら推察してみよう。 -
日産キックスX e-4ORCE(前編)
2026.10.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「日産キックス」に試乗。デザインが新しいのはもちろんのこと、まさに下ろしたての最新のパワートレインを搭載。日産の大きな期待を背負ったコンパクトSUVである。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。 -
三菱eKクロスEV P(FWD)【試乗記】
2026.10.17試乗記三菱の軽乗用電気自動車(EV)「eKクロスEV」が、一部改良でデザインを刷新! 2022年発売の古参の一台は、台頭するライバルをどう迎え撃つのか? 最新モデルと比べても、キラリと光る魅力はあるのか? 軽EVのパイオニアが擁する一台の実力を確かめた。 -
写真で解説する「フィアット・グランデパンダ」
2026.10.16画像・写真ステランティスが「フィアットブランドの大きな柱のひとつとなる重要なモデル」と位置づける「グランデパンダ」が日本上陸。その具体的な見どころを、写真とともに解説する。 -
フィアット・グランデパンダ ハイブリッド ラプリマ(FF/6AT)【試乗記】
2026.10.16試乗記欧州を代表するコンパクトカーの一台である「フィアット・パンダ」が第4世代に進化。新たに「グランデパンダ」を名乗り、日本にやってきた。ずばり新型の見どころは車両の随所にちりばめられた初代モデルへのオマージュである。上位グレード「ラプリマ」の仕上がりをリポートする。












