第503回:価格差なんと50倍!
ヘッドホン界のロールスとダイハツを聴き比べる
2017.05.26
マッキナ あらモーダ!
機内イヤホン今昔物語
今週はイヤホン/ヘッドホンにまつわる、よもやま話にお付き合いいただこう。
「小林克也のアメリ缶」をご存じだろうか? 日本を代表するDJのひとり、小林克也氏がナレーションを務めた、英会話のカセットテープ教材である。1980年代のヒット商品だ。
数年前、女房の実家で発掘したそれを聴いていて面白かったのが、「航空機内での会話」だった。「機内で映画観賞用のイヤホンを貸してもらうのに数ドルの料金を払う」という設定なのである。
ボクが国際線をたびたび使うようになった1990年代初頭は、まだ各席に個人用ディスプレイが装着される前夜だった。乗客全員で、前方のスクリーンに投影される同じ映画作品をおとなしく見ていたものだ。今思えば、おかしな風景である。しかし、イヤホンはすでに無料になっていた。
やがて、1990年代も中頃になると、ボクが乗るようなエコノミークラスにも個人用ディスプレイが装備された機材が登場する。同時にイヤホンも進化した。以前の聴診器状(アメリ缶添付テキストのイラストとして出てくるイヤホンも、そうしたタイプである)から、今日使用されているオープンエア型ヘッドホンに変わった。
当時ヴァージン・アトランティック航空は、そのヘッドホンをアメニティーケースとともにエコノミー客にもプレゼントしていたものだ。今以上に貧乏だったイタリアのわが家で「ヴァージンのヘッドホン」は、スポンジ部分が破れても女房が当て布をかぶせたりして、語学学習用に長い間生き延びたのを覚えている。
ノイズキャンセリングを極める
近年のボクはといえば、機内でノイズキャンセリングイヤホンを愛用している。
1年半ほど前からはボーズの「QuietComfort 20(QC20)」を使い始めた。同社初のインイヤータイプのノイズキャンセリングヘッドホンは、これまで使ってきた日本ブランド2社製のノイズキャンセリングイヤホンをはるかに凌駕(りょうが)する雑音カット力と高音質を見せつけてくれた。
スマートフォンに入れておいた音楽はもちろん、機内放送でさえ「こんなにいい音質で放送していたのか」といたく感激した。
その後、気になり始めたのが、オーバーイヤー型のノイズキャンセリングヘッドホンである。
ある日、長距離路線で隣の乗客がワイヤードのボーズ製オーバーイヤー型ノイズキャンセリングを使用していたので、タイミングを見計らって会話の糸口をつかみ、その印象を聞いてみた。
ニューヨークに住むイスラエル人という彼は、いろいろと音質に関する感想を聞かせてくれた。問題は値段である。QC20以上だ。しかし、明らかに旅慣れている彼は、こう答えた。「長く使うに値する出来。十分元を取れる価格だと思うよ」。
それからしばらくして2016年夏、ボーズからオーバーイヤー型、かつBluetoothワイヤレス対応の「QuietComfort 35(QC35)」が発売された。「これはいい!」ということで、ボクは手に入れることにした。
高価格に見合うボーズのイヤホン
早速、日頃から試聴比較用にしているアルバムの曲を試す。まずは“マンボ・キング”ことティト・プエンテの『Cuban Pete』だ。
パーカションのレジェンドである本人がたたく楽器の切れが良い。加えて、金管やサクソホンの譜面上の出だしを極めて華麗に表現する。「まるで、火をつけてまわるように」とでも表現したらよいのだろうか、生前に彼のバンドがブルーノート東京のライブで味わわせてくれた、臨場感がよみがえってくる。
次は古典音楽だ。ほかのボーズ製品にもいえることだが、フルオーケストラの場合、もっと際立った“音像の定位(臨場感の正確な再現性)”を求める人がいるにちがいない。低音も前述のラテンジャズのときのほうが感動は大きい。例えばベートーヴェンの『交響曲7番』終楽章のコントラバスによる怒涛(どとう)の運弓は、さらにエモーショナルに再現してほしいところである。
同じクラシックでも本領を発揮するのは、最新鋭録音によるソロ演奏だ。人気若手ピアニスト・長富 彩が1912年製スタインウェイで演奏したアルバム『イスラメイ―100年の時を経て甦る、ピアノの黄金時代』に収録されている、モーリス・ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を聴く。
QC35は、スタインウェイ独特のフレーム構造による、全音域にわたってバランスのとれた華やかな音色を見事に再現してくれる。ピアニッシモの繊細な再現は、優雅かつ前時代へのノスタルジーを漂わす、どこか退廃的な香りのするワルツを際立たせる。
QC35の機内ノイズキャンセリングは、QC20以上に体感できる。おかげで長いフライトの疲れもかなり軽減された。前述のイスラエル人が言っていた通り、それなりの金額を投じるだけの価値は、十分にある。
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上海で見つけた「イヤホン界の軽」
そういうボクだが、先月上海モーターショーの取材に向かう際は、かなり迷った末に、QC35を前泊・後泊のため予約した東京のホテルに預かってもらった。わずか4時間弱のフライトであることに加え、超身軽な旅を目指したからだ。
代わりといってはなんだが、上海で面白いイヤホンを見つけた。場所は「名創優品」という中国を本拠とするチェーン系雑貨店である。いわば「100円ショップの、ちょいハイグレード版」だ。面白いイヤホンというのは、そこに売られていたスポーツBluetoothワイヤレスである。
49元(790円)という爆安価格に引かれて面白半分で購入してみて驚いた。Bluetoothとスマートフォン(またはPC)とのペアリングは、3万9960円のQC35並みに迅速。かつて使っていた日本ブランドのBluetoothヘッドセットより格段にスムーズかつ確実だった。
装着感はというと、コントローラー部分が右にオフセットしているため、重さがかかる右側が耳から外れやすい。会話で顎(あご)を動かすと、その振動が伝わるのか、なおさら落ちやすい。ただし、後日女房に装着してもらって、しゃべらせたり、部屋の中走らせたり、ついでに踊らせてみたところでは、同じ現象は起きなかった。個人の耳の形状によるのだろう。
先ほどと同じ曲を聴いてみる。ティト・プエンテはサックスのきらめきこそスポイルされるものの、音の切れは全域にわたって思いのほか良い。長富 彩のラ・アヴァルスも、音の粒はかなり平たんに聞こえるものの、音場感は及第点といえる。
良い品売るなら堂々と!
今回記したヘッドホン/イヤホンを、クルマに例えてみよう。
2017年5月9日に日本で発表されたダイハツの新型「ミラ イース」のベースモデルが84万2400円だ。“名創イヤホン”とQuietComfort 35との価格差は、およそ50倍である。ミラ イースの価格に50を掛けると4200万円。QuietComfort 35をクルマに例えると、ロールス・ロイスの「ドーン」以上ということになる。したがって、両者を直接比べるのはナンセンスである。
だが名創イヤホンの設計者が、はじめに厳しい価格的制約ありきで最善のものを作ったのなら、これはかなり驚きだ。ボクが軽自動車のエンジニアを高く評価するのと同じである。
惜しいのは名創優品のコンセプトだ。日本のダイソーに近いビジネスモデルであることはともかく、ロゴが日本の無印良品やユニクロに酷似している。
中国国内を本拠地にしているにもかかわらず、店の内外に日本語を多用している。外箱には東京のオフィスの所在地が記され、JAPANの文字が黒地に白抜きで強調されている。これでは、中国の人でも日本発祥の品と見紛(まが)う顧客が少なくないだろう。せっかく製品レベルは及第点なのに、また近年China Designを堂々と売りにする若手プロダクトデザイナーも少なくないのに、独自のアイデンティティーで勝負する姿勢があまり感じられないのだ。
ボクが一定レベル以上のクオリティーのヘッドホンを選ぶのには、もうひとつ理由がある。
それは、ピアノのレコーディングひとつとっても、その裏にはクラシック録音に熟達したエンジニアがいて、録音前にはチューニングする、これまた達人といわれる調律師がいるからだ。そうした裏方の人々に思いをはせ、かつリスペクトできるのは、やはり原音の再生をひたすら追求するブランドのプロダクトなのである。
ちなみに、ボーズ関係者から聞いた話によれば、本国のエンジニアたちは、オフタイムでもコンサートホールに通うことが奨励されているという。たかがヘッドホン、されどヘッドホン。かつて存在した自動車雑誌『NAVI』の名物企画「NAVI TALK」の名句を拝借すれば「志が有るか、無いか」に行き着くのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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