第148回:2029年、ミュータントは内燃機関のSUVに乗る
『LOGAN/ローガン』
2017.05.31
読んでますカー、観てますカー
老ウルヴァリンがリムジンの運転手に?
リムジンの中で老人が寝ている。疲れ切った表情から、人生の終盤に差し掛かっていることがわかる。無人のクルマだと思い込んだチンピラどもが寄ってきて何やら作業を始めた。ホイールを盗もうというのだ。目を覚ました老人が反撃するが、相手は若くて人数も多いから防戦一方だ。ピストルをぶっぱなすチンピラに対して、老人は驚きの行動に出る。弾がクルマに当たらないように、自分の体を盾にして守ったのだ。
弱々しい老人は、ウルヴァリンだった。自在に出し入れできるアダマンチウム合金製の爪を持ち、どんなけがをしても即座に回復する能力を持つミュータントである。本名ジェームズ・ハウレット、またの名をローガン。最強の戦士だったはずだが、加齢には逆らえなかったようだ。顔には深いシワが刻まれ、俊敏な動きは失われている。老眼になっているようだが、これで笑えるのは日本人だけだ。治癒能力も衰え、傷だらけの体から血を流している。
時は2029年。アメコミの設定は複雑怪奇に入り組んでいて素人にはよくわからないのだが、ミュータントはほとんど死滅してすでにX-メンは機能していないのだろう。ウルヴァリンも生活するために必死で働かなくてはならない状況だ。彼はリムジンの雇われ運転手なのである。頭スカスカなパリピを乗せて日銭を稼いでいる。砂漠の中にあるアジトには老いさらばえたテレパスのエグゼビアが隠れ住んでおり、彼の面倒も見なくてはならない。
クロエを継ぐ美少女が登場
ウルヴァリンを演じるのは、もちろんヒュー・ジャックマン。2000年に公開された『X-メン』で初登場して以来、9回目となる当たり役だ。30歳になったばかりだった彼も、今や48歳になる。現実の世界でも年を取ったが、映画の中でははるかに速いスピードで老化が進んでいたようだ。この作品で、彼はウルヴァリン役を引退する。
アニメなら『サザエさん』のように50年たっても若さを保ったままでいられるが、実写ではそうはいかない。『男はつらいよ』の寅さんも、最後はキャラの説得力を持たせるのに苦労していた。ウルヴァリンでスターの座をつかんだヒュー・ジャックマンではあるが、そろそろ卒業していい頃合いだろう。『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンを演じ、「トヨタ・クラウン」のCMでGReeeeNの『キセキ』を歌った。押しも押されもせぬ一流俳優の地位を手に入れたのだ。
ウルヴァリンは去っていくが、魂は新たな世代に受け継がれる。彼はローラという名の少女の保護を依頼された。ほとんど声を発しないので、何を考えているのかわからない。物静かなようだが、時に獣のような野性をむき出しにする。モラルというものを理解していないようで、店で欲しいものを見つけると勝手に持っていこうとし、店員にとがめられると力づくで奪おうとする。まともな教育を受けていないのだ。
ローラを演じるのは、撮影時に役と同じ11歳だったダフネ・キーン。妖しさと無垢(むく)さを同居させた不思議系美少女だ。ほとんどの場面を自ら演じたという格闘シーンが見事である。戦闘能力の高い少女というと『キック・アス』のクロエ・グレース・モレッツを思い出さずにはいられない。彼女が“陽”と“動”のキャラだったのに対し、ダフネは“陰”と“静”を体現している。5年後が楽しみな逸材である。
倫理意識のない自動運転
ウルヴァリンはローラを連れてカナダに脱出しようとする。彼らを追ってくるのは、子供を使ってミュータントの実験を行っていた研究所が放った刺客だ。リムジンに乗って逃げようとするが、ホイールベースの長いクルマは小回りがきかずカーチェイスには向かない。SUVに乗り換えて北へと向かったのは賢明な判断である。
追っ手の側も、トラックやSUVばかりだ。「ダッジ・ラム」や「フォード・スーパーデューティー」などが激走する。砂漠を走ることもあるので、4WDなのはありがたい。それはいいのだが、音を聞く限りボンネットの下には内燃機関が収められているようだ。2029年というのは今から12年後なのだが、まだまだEVは主流になっていないらしい。1970年代のものとおぼしき「フォード・ブロンコ」まで走っていたから、旧車趣味の人もしばらくは安心である。
ウルヴァリンも追っ手も自分でステアリングを握っていたから、自動運転もまだ普及していない。ただ、陸上輸送に関しては事情が違う。運転席を持たないコンテナだけのトラックが、コンボイを組んで走っていた。音が静かだったから、EVかFCVの可能性もある。流通を担う商用車から先進技術を装備するというのは、十分にあり得る想定だ。
問題は、この自動運転が倫理的なプログラミングになっていないことだ。道の前方に人影を発見しても、クラクションを鳴らすだけで減速するそぶりも見せずに全速力で突っ走る。効率を優先するならばこれが最適解なのだろうが、現実の自動運転は人命優先の設定にしてほしい。
映画では希望の持てる未来図も描かれていた。ウルヴァリンが一度メキシコに向かったとき、国境をスムーズに通ったのだ。壁は築かれていない。たぶん、トランプは早期に失脚したのだろう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。