第511回:なかなかお買い得!?
フランスの払い下げ郵便車、売ってます
2017.07.21
マッキナ あらモーダ!
その黄色に見覚えあり!
パリのセーヌ左岸ラスパイユ通りで毎週日曜に開かれるマルシェは、オーガニック食品やグッズが並ぶ市として知られている。
どこの国の市場でも、ボク自身は屋台を冷やかすことに加えて、行商人たちのクルマを見るのを楽しみにしている。
フランスの市場でシトロエンの「Hトラック」は消えたといってよい。製造終了は1981年で、すでに36年も経過しているのだから、当然といえば当然だ。しかし、行商を研究し尽くして開発されたという経緯を持つクルマだけに、その消滅は惜しい。
と、感傷的になりつつも、ラスパイユの市でボクは1台のシトロエン製商用車「ジャンピー」を発見した。初代モデルで2004年以降の後期型だ。
その黄色いボディーから「もしや」と思ったら、やはり想像は当たっていた。フランス郵便の払い下げ車である。その証拠に、リアフェンダーには、「www.laposte.fr」というステッカーをはがした跡がしっかりと残っていた。
郵便のクルマはネットで落札
以前から、フランスの街で、こうした公益企業の払い下げ車両が走っていることは知っていたが、オーナーと話したことはない。
早速近くの屋台を回って探してみる。クルマの主は、オリーブの木でできた食器を売るワリッドさん。チュニジア出身の若者だった。
「これ、フランス郵便の払い下げ車ですね?」とボクが聞くと、即座に「そうだよ。オークションで買ったんだ」と答えが返ってきた。
ワリッドさんの説明は続く。
「フランス郵便やEDF(フランス電力)、そしてGDF(旧フランスガス公社の略称。現在の社名はエンジー)は、サービス車両を5~6年使用したあと売却するんだ」
加えて「フランス郵便は専用のオークションのページを開設していて、そこで見つけたんだよ」とボクが初対面であるにもかかわらず、ていねいに教えてくれた。
落札価格は5000ユーロだったという。現在のレートで計算すれば64万円といったところだ。参考までに、ジャンピーの現行モデルは最低でも2万2750ユーロ(約294万円)する。
実はワリッドさん、ジャンピーとは別にメルセデス・ベンツのバンも所有しているという。にもかかわらず、“郵政ジャンピー”を手にいれた理由は?
すると、「パリ市街では、ぶつけられたり、こすられたりするのが当たり前。だから、パリで屋台を開く日は、このクルマのほうが気兼ねしなくていいんだよ」と答えて笑った。
カングーは約24万円から
後日、ワリッドさんに勧められた通り『ヴェイヴォー』と名付けられた“フランス郵便系払い下げ車競売専用サイト”にアクセスしてみた。
本稿執筆時点で、小型商用車の出品は「ルノー・カングー エクスプレス」4台で、初回登録はそれぞれ2011年から2014年までだった。たしかに、欧州にしては高年式である。
走行距離は9万7000kmから12万km台。参考として平均落札価格も記されていて、走行10万km以下が2400ユーロ(約31万円)、それを超えると1900ユーロ(約24万円)といったところだ。応札は全国に散らばる会場に赴いて行う仕組みである。
ちなみに払い下げ車に詳しいサイトによると、フランス郵便は近年、保有車両をEVをはじめとするエコカーに切り替えているので、今後カングーなどのディーゼル車が数多く放出される見込みだ。
ほかにも、地方自治体の払い下げ車を扱うオークション業者のサイトも発見した。そこにはゴミ収集車、市内巡回用小型バス、果てはフランス領レユニオン諸島で使われていた道路管理用車などもリストアップされていた。
思わず熱中してしまう
ネットで応札できるサイトを運営している業者もある。
筆者も元フランス郵便と思われる黄色い「シトロエンC3」を見つけた。ハンマープライスまで44分ちょっと。サイト訪問者をせかすようにカウントダウンが続いている。「ボクが住むイタリアなら、払い下げ車とはわかるまい」などと考えながら妄想を続けていると、とてもじゃないが仕事にならない。
先のチュニジア人行商、ワリッドさんに話を戻せば、ボクと別れたあとジャンピーに寄りかかりながらスマートフォンの操作に集中している。もしやボクが中古郵便車の話などをしたものだから、また次のクルマを探そうとネットにのめり込んでしまったか?
その間にも次々と客が通り過ぎてゆく。思わず「持ち前のデカ声で、代わりに呼び込みでもしてあげようか」と思ったところで、幸い米国人と思われるお客がワリッドさんに呼びかけた。そして、おみやげなのだろう、大量に商品を買っていってくれた。
ワリッドさんの次期主力戦闘機の購入資金になることを願いながら、ボクはマルシェをあとにした。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。