第514回:古い「日産マーチ」も登場!
「ボロボロのクルマを祭り上げる街」の怪
2017.08.11
マッキナ あらモーダ!
夏祭りといえばクルマが楽しみ!?
夏は祭りの季節である。
1970年代後半のこと。東京の郊外に住む小学生だったボクにとって、夏の楽しみは隣町の商店街で催される「七夕祭り」だった。
「小野田元少尉帰還」といった時事ネタを巧みに取り入れつつ毎年飾り付けをする小さな商店があって、社会派少年のボクとしては楽しかったのを覚えている。
一方で、大きな店の中には、飾り付けをほかの都市の七夕祭りのものと使い回すことで経費を節約しているところもあった。今思えば、世界各地のモーターショーでブースの設営機材を使い回す自動車メーカーのような感じである。
そうかと思えば、かたわらで「傷痍(しょうい)軍人」のおじさんたちが道端に座ってアコーディオンをひいていた。今よりずっと「戦後」が近かった。
その七夕祭りでボクが最も楽しみにしていたものといえば、自動車の展示である。地元販売店が祭りに合わせて、クルマをディスプレイするのだ。農協の前にも、販売協力関係にあった三菱車が展示してあったものだ。
クルマの脇にカタログがたくさん置いてあったのもうれしかった。例えば三菱の場合、「ランサー」といった乗用車だけでなく軽トラック「ミニキャブ」のものまであった。
カタログが各販売店が購入しているPRツールであることを知る今となってはなんとも複雑だが、当時のボクはセールスマンにお願いすることなく各モデルのものをもらえるのだから最高にうれしかったものだ。
堂々24ブランドの“モーターショー”
話は変わって2017年7月、ローマの北東80kmの町リエティを訪れたときのことである。
お目当ては町内の川を使った名物行事「たる漕(こ)ぎレース」だったのだが、プログラムを確認すると、始まるのは夕方5時過ぎだ。
待つ間どうしようか悩みながらさまよっていたら、町内のさまざまな広場で、クルマの展示が行われているではないか。たる漕ぎレースに合わせた町全体の祭りを盛り上げるため、地元ディーラーが協力して企画したものだった。
当然のことながら、ボクの脳裏には子供時代の地元の七夕祭りが即座によみがえった。
しかし、規模が違う。もらったリーフレットによると、メルセデス・ベンツからインドのマヒンドラ・マヒンドラまで24ブランドが展示されているという。ブランドの数だけで比べるなら、東京モーターショー2017の乗用車部門に肉薄する。
そうした中、スズキと日産の併売ディーラーを発見した。両ブランドの販売比率は目下、スズキ4に対して日産6という。話題の5代目「マイクラ(日本名マーチ)」が、最も目立つ位置にディスプレイしてある。
一方、ここのところ欧州自動車界の話題は電動化一色である。イタリア国会でも「2040年までに内燃機関車の販売終了」の法案づくりが議論され始めた。
「『日産リーフ』、売れてますか?」とボクが聞くと、「ローマ市が充電ステーションを充実させているように、この一帯でも自治体がもっと力を入れてくれれば、より売れるのだけど」と現状を明かしてくれた。地方の自治権が強いイタリアでは、EVの普及は地元自治体次第なのである。
謎の廃車ディスプレイ
やがて彼らはボクがクルマに関心あると察したのだろう、「『オペルGT』も見てってよ」と勧めた。
聞けば、彼らの店はオペルの販売店でもあった。その広場からワンブロック裏の別の広場には、オペル各モデルが展示されていて、オペルGTはそのアイキャッチとしてテントの下に鎮座していた。創業社長のお宝らしく、ドアにはドライバーとしての名前のステッカーが貼られている。
彼らの店の歴史を確認すると、25年前、地域に不在だったオペルの代理権を獲得したのが成功の第一歩だったという。時代は違うが、オペルGTはちょっとした商売繁盛のシンボルなのだろう。
よく見ると、そのオペル販売店だけではない。ほかのディーラーも古いクルマを同時に展示しているではないか。店の所有物であったり、地元自動車クラブメンバーから借りたりと、出どころはさまざまだが、こうしたクルマがすぐに調達できるところは、決して超ド級モデルでなくても古いクルマを保存しておく人が少なくないイタリアならではだ。
古いクルマの前では、お年寄りが鑑賞しながら、しばし会話を楽しんでいる。
そうした光景を眺めて「ああ、いつか日産車も、ヒストリックモデルが展示される日がくればいいな」などと思っていたら、ボクの願いを察したかのように、いきなり古い日産車が眼前に現れた。
2代目マイクラである。欧州でもカタログから消えて15年。もはやヤングタイマーの部類か。車体の下には、クルマを祭り上げるようにブルーのカーペットが敷かれている。
しかしナンバープレートも取り外されていて、コンディションも、こう言ってはナンだが限りなく“スクラップヤード状態”だ。したがって、足をとめる人はいない。
祭りもやっぱりイタリア流
町中には同様に、初代「フォード・フィエスタ」や3代目「オペル・コルサ」といった、もはや限りなく査定ゼロの、ちょっと前の足グルマが、いずれも青いじゅうたんの上に鎮座していた。
不思議に思って、クルマの前を通る地元の人に聞けば、「ちょっとしたジョークだろ」「偶然、青い敷物の上に載ってるだけだよ」などと言う。
あまりにも変なので、祭りの運営本部まで戻って、質問してみた。すると「祭り期間中に、地元アーティストや子供たちがペインティングアートを施すための素材ですよ」と教えてくれた。
後日ウェブサイトで確認したところ、例のコルサにきれいなペインティングが施された写真を発見した。
地元の人たちの、あまりにも適当かつ空想力あふれる返答に笑ってしまったのと同時に、主催者はもっと告知しなきゃ、と複雑な心境になった。だが逆に、関心のない市民まで無理やり巻き込まないところがイタリア流の祭りであるのもたしかだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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