第210回:ヨーロッパ「珍日本車紀行」 2011年上半期総決算
2011.09.09 マッキナ あらモーダ!第210回:ヨーロッパ「珍日本車紀行」 2011年上半期総決算
祖国を見ぬままに……
何年か前、両親の墓参りに多磨霊園を訪れた際のことである。ロイ・ジェームス氏もその地に眠っていることを知った。1966年生まれのボクが子供の頃活躍していた司会者兼タレントである。いわゆるガイジンの風ぼうにもかかわらず、しゃべる日本語は江戸っ子っぽいというギャップが印象的な人だった。
彼は1970年代に日産の宣伝にも多数出演した。「ロイの日産インフォメーション!」の掛け声とともに始まるラジオCMは何年も続き、東京モーターショーの日産ブースには、彼の顔が巨大スクリーンに投影されていたものだ。
ロイ氏は東京生まれで、最後は日本国籍をとったというから、日本にお墓があるのは当然といえば当然。だが本来の国籍であるロシアでなく、わが家の墓からわずかな距離のところで土に還っていたことに、少なからず感慨を覚えたものだ。
そのようなボクである。ヨーロッパ各地の取材先で見かける、本社所在地に帰ることなく異国の地でいつか朽ちてゆくであろう路上の日本ブランド車に感情移入せざるを得ないのだ。
ということで今回は、今年上半期にボクが各地で見かけて「オーッ」と声をあげた日本車を振り返ってみることにする。
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幻のマツダ車
まずは【写真1・2】。ドイツで見つけた「マツダ121」だ。マツダ121は少々くせ者である。その名をさまざまなマツダ海外仕様車に使いまわされてきたからだ。
まずは1970年代後半の2代目「マツダ・コスモ」のバリエーションモデル「コスモL」の輸出名にマツダ121の名が用いられた。だが1980年代末に「フォード・フェスティバ」が登場すると、海外で販売するそれにマツダ121が冠せられた。
さらに1990年代に入り、日本で「マツダ・オートザムレビュー」が誕生すると、今度はその輸出版がマツダ121になった。続く1990年代中盤には、スペイン・アルムサフェス工場で生産する4代目「フォード・フィエスタ」のバッジエンジニアリング版がマツダ121になった。それが写真のクルマというわけだ。
この121、大ヒットした姉妹車フィエスタとは対照的に、ヒットというには程遠かった。したがって今日目撃する機会は極めて少ない。ちなみに発見した場所は、ドイツ・デュッセルドルフのホテルニッコー周辺だった。最近元気がない日本企業と、三越の撤退で若干寂しさが漂う一帯だ。成功しなかったスペイン製マツダ車は、街の哀愁をさらに増幅させていた。
知られざる世界
次は、2011年3月のジュネーブショーの駐車場におけるスナップである。【写真3】は5代目「トヨタ・スターレット」だ。グレーや黒のクルマばかりがあふれる昨今の欧州で、1990年代後半のヴィヴィッドなカラーは、かなり新鮮に映った。
【写真4】は初代「マツダ・デミオ」である。派手なカラーリングが施されているが、社名や店名が記されていないことからして営業車ではないと見た。さらにもはや車齢は最低でも9年ということになる。オーナーの愛情が感じられる1台だ。
なおこの初代デミオこそ、前述のフォード・フィエスタの姉妹車からマツダ121の名を引き継いだ最後のクルマである(2代目からは「マツダ2」となった)。
しかし車齢では横綱級がいた。2011年7月中旬フランス西部で開催された「ルノー4」誕生50年祭に来ていた初代「ホンダ・プレリュード」【写真5・6】である。最低でも29年ということになる。このモデルの一番の売りだった電動サンルーフ付きだ。
それを見たボクは、ホンダベルノ店が少なかったため、わざわざ電車に乗って、当時ゴダイゴが歌っていたCMソングを口ずさみながらプレリュードを見に行った少年時代を思い出した。
そんなテレビ連動型のボクである。【写真7】の「トヨタ40系ランドクルーザー」を同じフランスのロワール地方で発見したときも、子供の頃放映されていたトヨタグループ提供『トヨタ 日曜ドキュメンタリー 知られざる世界』のオープニングを即座に思い出した。砂漠を走る初代ランドクルーザーの映像に、「ボクもいつか外国でクルマを運転してみたい」と思いを熱くしたものだ。
ちなみに40系ランドクルーザーは、トヨタの欧州販売において草創期のヒット車種であった。このクルマも車齢は30年以上ということになる。
どうなる“エレキ”な日本車
だが今年上半期のグランプリは、英国ナンバーの「トヨタWiLL Vi」【写真8・9・10】に差し上げたい。2011年5月にイタリア・コモ湖で開催された『コンコルソ・ヴィラ・デステ』の駐車場にたたずんでいた。
ボク自身は過去に左側通行のマルタ共和国で、“単なる右ハンドルの中古車”ということで漂着したと思われるWiLL Viを見たことがあったので、2回目ということになる。
今回は場所が場所だけに、「ロールス・ロイス コーニッシュ」とポルシェに挟まれて止まっていた。向こうにはマセラティもいる。にもかかわらず、WiLL Viの存在感たるや、彼らを凌駕(りょうが)していた。
こういう華やかなイベント会場のパーキングが“目だってナンボ”を至上とするなら、WiLL Viでやって来るというのは、かなりの裏技である。日本ではとかく色物として扱われがちなクルマだが、色物もここまでくれば立派だ。
かくもさまざまなちょっと古い日本ブランド車たちが、ヨーロッパをついのすみかにしようとしている。
しかしながらボクが心配なのは、これからだ。ハイブリッド車や電気自動車の時代を日本車がリードするのはもはや確実だ。しかし、それらに使う電池は次々と新しい高性能タイプが登場する。携帯電話は交換電池供給の終わりが、その使用の終わりである。事実、せっかくデザインが好きだったにもかかわらず、電池が手に入らず泣く泣く捨てた携帯電話がいくつもあった。
近未来、ハイブリッド車や電気自動車のユーザーは、メーカーや省庁指定のパーツ保管期限が過ぎてから、電池がなくなってしまったとき、愛着のわいたクルマをどう扱うのだろうか? ましてや、ここは日本の本社から遠く離れている。欧州のちょっと古い日本車ファンがこれからも続くかどうかは、“エレキ時代”がどう発展するかにかかっている気がする。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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