第522回:クルマのプロも魅了される
イタリアの自転車走行会「エロイカ」リポート
2017.10.06
マッキナ あらモーダ!
愛車と一緒に ウエアもキメて
ボクが住むイタリア中部シエナは、毎夏3万人の人々に見守られながら開催される競馬「パリオ」で広く知られている。
近年はもうひとつ、ヨーロッパやアメリカの人々がシエナと聞いて思い出すイベントがある。レトロ自転車の走行会「エロイカ」だ。
このイベントについて記すのは、本エッセイ第319回以来である。21回目を迎えた今回は、2017年10月1日に開催された。
参加台数は例年どおり5000台。車検通過が可能な車両は2種類だ。ひとつは「古典車」である。1987年までに生産されたロードバイクで、「19世紀末や20世紀初頭に製造されたものも含む」と記されている。
フレームは鋼製でなければならないが、一部ブランドに限ってはアルミニウムやカーボン製も認められている。
さらに「シフトレバーはハンドルではなくフレームに付けられたタイプでなければならない」「ブレーキのリンケージはハンドル内ではなく、外に露出したタイプであること」「タイヤの幅は20mm以下」など、全8項目の規則が定められている。
もうひとつのカテゴリーは「ヴィンテージ・スタイル」である。近年製造されたものでもエントリー可能だが、古典車に見られる8項目のうち、少なくとも3つのスペックを備えていなければならない。
さらに、「46km」から「209km」まで5つあるコースのうち、最短の46kmには、古典車時代のものであれば、郵便配達車をはじめとするロードバイク以外の車両も出走オーケーだ。なおマウンテンバイクは、すべての年代にわたり禁止である。
ウエアも「時代を感じさせるもの」が求められている。ただし安全上、ヘルメットだけは現代のものを使用することが推奨されている。
費用は参加できる関連アトラクション数により異なってくるが、基本は68ユーロ(約9000円)で、記念品、ゼッケン、チェックポイント通過証明スタンプ用のロードブック、地図、コース途中で供される食事、パスタ・パーティー、そしてイベント終了後のシャワーが含まれている。
悪路走行もエロイカならでは
当日午前、コースに赴いてみると「ビバ、イタ~リア!」と歓声をあげながら走る、感極まったサイクリストの女性と出会った。聞けば北部ミラノからの参加だという。同じイタリアでも、シエナ地方は、多くのイタリア人にとって憧れの景勝地なのである。
ちなみに、参加申し込みの締め切りは年初。エントラントにとっては待ちに待った一日なのである。
それはともかく、設定されたコースの多くはストラーダ・ビアンカ。イタリア語で「白い道」、つまり未舗装路である。昔、そうした道で行われていた時代のロードレース気分を味わおうというのもイベントの趣旨のひとつだ。
日ごろ、洗ったばかりの車両が土埃(ぼこり)で真っ白になるたびに、「こっちは税金払ってんだから、早く舗装してくれよ!」とボクを怒らせる、困ったタイプの道である。それを逆手にとってイベントにしまうイタリア人のたくましさには、今更ながら恐れ入る。
同時に、日ごろエアロバイクを1km分こいだだけでもヒーヒー悲鳴をあげているボクである。クルマで走ってもかなりの坂に感じられるコースを最低46km、それをか細いタイヤのロードバイクで走る参加者たちには脱帽するしかない。
周りの人とのふれあいが魅力
ルートの途中、ワインで有名なキャンティ・クラシコ地方にある人口300人余の村、ヴァリアリのランチ会場を訪れると、用意されたトスカーナ風カナッペを参加者たちがわれ先にとつまんでいた。
不意に「よゥ、こんなところで何やってんだ?」と声をかけられた。振り向けば知人のアンドレアであった。本エッセイにもたびたび登場してきた地元フィアット販売店のセールスマンである。
彼は、職場の同僚であるメカニックと会計係、そして街の自動車パーツ屋さんを仕切るジャンカルロの4人組で参加していた。アンドレアの愛車は往年の世界チャンピオンで五輪出場歴もあるフランチェスコ・モゼール選手の1971年ビアンキだ。インターネットで探しあてたという。
アンドレアは「クルマのことばっかり書いてるのに、なんで今日は自転車の取材してるんだ」と、ボクにからんでくる。
それはともかく、2代目「アルファ・ロメオ・スパイダー」乗りであり、夏の間はヨットもたしなむ彼が、自転車も?
「自転車ってさ、道端にいる人とのふれあいがあるだろ。それがいいんだよ」
思えば数年前、元日の朝、自転車に乗るアンドレアに遭遇したことがあった。そのときはマウンテンバイクであったが、なるほど、こういうイベントに出るべく日々鍛えていたのか。
クルマの趣味とどこか似ている
別の参加者にも話を聞くことができた。ミッレミリアのスタート/ゴール地点として有名なブレシアから参加したレナートさんだ。普段は病院勤務である彼は、今年でなんと12回目という常連である。
古いプジョー製自転車で参加した彼に、モダンな自転車に対するヴィンテージ・バイシクルの楽しさを聞くと、「より親密になれるところ」と答えが返ってきた。
親密とは?
聞きなおすと、レナートさんは「手入れには時間がかかる。しかし、いたわればいたわるほど、自転車がそれに応えてくれる。走るときの喜びが大きいんだよ」と説明してくれた。いやはや、まさに古い自動車趣味と同じである。
この趣味の最大の難点は「オリジナルのパーツ探し」とのこと。自転車系の部品市だけでなく、ミラノ郊外やイモラサーキットで催される自動車パーツ系スワップミートもまめに訪ね、カー用品に交じって売られている自転車パーツをつぶさにチェックしているのだそうだ。
レナートさんは今年で62歳。自転車に興味を抱いたきっかけは?
「子供の頃、サッカーでは友達に全然歯が立たなかったんだよ。やつらをなんとか見返してやろうと思ってね、中学3年のとき叔父のお下がりの自転車で鍛え始めたんだよ」とレナートさんは笑う。
なれそめにドラマがあるのも、これまたクルマと一緒である。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、大矢麻里<Mari OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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