第524回:花の都で「日産リーフ」大増殖!
どうするヒュンダイ!?
2017.10.20
マッキナ あらモーダ!
若き元市長の活躍
2017年10月15日、オーストリアの総選挙でセバスティアン・クルツ氏(31歳)率いる国民党が勝利した。これにより、欧州最年少のリーダー誕生が現実味を帯びてきた。
同じ2017年に当選したフランスのエマニュエル・マクロン新大統領の39歳という記録は、あっけなく塗り替えられた。さらに遠い記憶となってしまったのは、2014年2月、マクロン氏と同じ39歳のときイタリア史上最年少で首相に就任したマッテオ・レンツィ元首相である。
そのレンツィ氏は首相になる直前、「花の都」として知られるフィレンツェ市の市長を務めていた。在任期間はわずか4年半。市民の中には、レンツィ氏が市長職を首相への踏み台代わりにしたという印象を抱く人がいるのも事実だ。
そんなレンツィ氏が短い市長時代に力を入れたことのひとつに、交通政策がある。まずは、2010年に開通した市電1号線だ。以前から計画されていながら遅々として進んでいなかったものが、ようやく実現へとこぎつけた。さらに、翌2011年には、本エッセイ第336回で紹介したとおり、旧市街の永久歩行者天国化を実現した。
レンツィ市政が終わってからは、市内の交通に関する大きなニュースも途絶えていた。市内から空港までを結ぶ第2の市電も2度にわたる工期延長により、着工後6年たった今も開通していない。
一気に67台も投入
だが先日、フィレンツェの街に降り立って、いくつかの変化に気づいた。
ひとつは、2017年8月に北海道・札幌でもサービスを開始したことで話題となった、中国系シェア自転車サービス「モバイク」が上陸していたことだ。
そしてもうひとつ。不思議なくらい、初代「日産リーフ」(ZE0型)のタクシーを頻繁に見かけるのである。前回フィレンツェの旧市街に来たのは2017年6月。4カ月前、こんなにリーフのタクシーは見られなかった。
タクシー乗り場でボクが乗る番にやってきたのは、リーフではなく「トヨタ・オーリス」のワゴン版「ツーリングスポーツ」だった。しかしドライバーは、リーフ増殖の理由を知っているに違いない。聞いてみると、ファビアーノさんというそのドライバーは、すぐに事情を教えてくれた。
「電気自動車(EV)の使用を条件として、フィレンツェ市が新たに70台分のタクシー営業許可証を発行したんだよ」
後日調べてわかったことだが、昨2016年、フィレンツェ市は、環境行政の一環としてその営業許可の申請受け付けを発表。審査を経て、今年2017年7月21日に対象車両を並べてにぎにぎしく交付式を行った。幸い市内には、レンツィ市政時代に拡充された充電ポールもある。これもエコタクシー政策を進めるのに好条件となった。ちょっとした忘れ形見である。
結果として、新規の70台中67台がリーフになった。欧州の多くの都市と同様に、フィレンツェのタクシーは原則として個人営業だから、その数はそのままリーフを選んだドライバーの人数といっていい。
フィレンツェのタクシー用リーフは30kWh仕様で、プロジェクトパートナーである電力会社の名前をとって「エネル・エディション」と名付けられている。日本仕様にも用意されていた12V車載機器用のリアスポイラー内蔵太陽電池パネルが装備されている。加えて、乗客の利便性を図るため、8基のWi-Fiデバイスがつなげるようになっている。
最新のプリウスは選ばれない
リーフ増殖の理由について教えてくれたファビアーノさん個人の話をすれば、彼は以前、フォルクスワーゲン グループのブランド、シュコダでタクシードライバーをしていたという。「オーリス ハイブリッド」に乗り換えたのは昨年だ。「俺たちの仕事で一番気にするのは、1に燃費、2に燃費。だからトヨ~タのハイブリッドは最高だよ!」と話す。
ところでリーフが増えた一方で、4代目(現行型)「プリウス」のタクシーは見かけない。議論の的になりがちなエクステリアデザインが要因か? と思ったが、もっと現実的な理由があった。
「この街は国際観光都市。空港や駅からお客さんを乗せるのに、ラゲッジスペースは燃費の次に重要なんだよ。荷室の広さとコストパフォーマンスを比べたら、ハイブリッド車では「プリウスプラス」(日本名「プリウスα」)か、このオーリスのツーリングスポーツの2択なんだ」
彼の記憶によると、フィレンツェで現行プリウスを使って営業しているタクシーは1台だけという。そして、ファビアーノさん自身は「次の営業車はEVにしたい」と話す。
ところで、EV限定タクシー営業許可証は、車種については限定していない。リーフ以外の選択肢もあったはずだ。例えば「ルノーZOE」なら、より航続距離が長い41kWh仕様もある。
それに対するファビアーノさんの説明はこうだ。
「ZOEは室内も荷室も狭すぎてタクシーには不向き。それにテスラなんか買ったら、車両代金の元を取るのに、死ぬほど働かなくちゃならないよ」と笑い飛ばした。
だが彼の解説には、続きがあった。
「あとの候補としてはヒュンダイの、名前忘れたけど何とかっていうやつ……。買ったドライバーが1人いるよ」
ヒュンダイの「アイオニック」である。本エッセイの第440回でも紹介したこのクルマは、ハイブリッドとプラグインハイブリッドのほかに、同一ボディーを用いたEV仕様も用意されている。
本気を見せるか? プリウス・キラー
アイオニックのイタリアにおける2017年1~9月のハイブリッド新車登録台数は718台で、プリウスの519台を上回っている。そうした意味では、登場前に一部マスコミがつけたニックネーム「プリウス・キラー」はふさわしい。
だがそれは、4代目プリウスの販売が思いのほか低調で、ほかのトヨタ製ハイブリッド車のラインナップが拡大したためでもある。したがって、メーカー別でみると、ヒュンダイはまったくトヨタのライバルと呼べるレベルに達していない。
20年以上にわたり「低廉なシティーコンパクト」のイメージを築いてきたヒュンダイが、2万ユーロ(約260万円)以上のアイオニックを現在の規模を超えて売るのは決して容易ではないだろう。しかも、大人気のSUVの片手間で売るというスタンスである。“ハイブリッド一本足打法”――2016年にトヨタ・モーター・ヨーロッパが西欧で販売したクルマのうち41%がハイブリッドであった――で真剣勝負しているトヨタは、意気込みが違う。
思い起こせば、かつてこのフィレンツェでフィアットやフォルクスワーゲンのタクシーが幅をきかせていたころ、プリウスのタクシーを発見したときは驚いたものだった。いまや、そのプリウスが街のスタンダードになってしまった。
ファビアーノさんのタクシーを降りてまもなく、偶然にも例のヒュンダイ・アイオニックのEVタクシー仕様に出くわした。慌ててシャッターを切ったのが左欄の写真である。
ハイブリッドの次は、EVという、まだマーケットが確立されていないジャンルが戦いの場となる。たとえ今、日産がイタリアでEVナンバーワンの登録台数を誇っていても、現段階ではそのトップ5にも入らないヒュンダイが、かつてのトヨタのように状況を覆すことはありうる。
ハイブリッドではトヨタ・キラーにならなかったヒュンダイ・アイオニックが、EVの世界でどこまで本気を見せるか。ヨーロッパで、面白い戦いが展開されそうだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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