第65回:「ちょっとやってみていーですか」
2017.10.31 カーマニア人間国宝への道ウオーターポンプ事件
尾上メカ「ダメだ。ウオーターポンプ本体からも漏れてるや」
私「え? 本体に亀裂が入ってるってこと?」
尾上「うん。ここ。クーラントにじんできてるでしょ」
ホースバンド交換後の確認のため、冷却回路に圧力をかけたらにじみが出たというのだが、シロートの私が見てもまったくわかりませんでした。その程度の、目に見えないくらいのクラックです。走行中水漏れが止まったのは、そっちも「熱膨張でしょうね」つーことで。
思えば、赤い玉号はちょうど30歳。クルマの30歳は人間の年齢でいえば90歳くらいでしょうか? そろそろウオーターポンプがヘタっても当たり前だ。
ちなみに新品ウオーターポンプのお値段は13万6000円。これはアフターパーツの価格で、純正品だと30万円くらいだとか。国産車なら1万円くらいなので、目ン玉が飛び出る価格でありますが、なにせネオクラシックなフェラーリ様の部品でありますし、30年持ってくれたと思えば納得であります。
このようにして水漏れ問題は原因が判明し、私の心はいよいよアライメント調整に飛んだ。
尾上メカの「アライメントだけであんなにハンドルが軽くなるはずがない」という意見には同意するしかないが、なにせそれ以外に原因が思い当たらないし、とにかく測定してみないことには始まらないので!
激軽ハンドルに潜む謎
それについて数週間前、中谷明彦氏はこんなことを言ってくれていた。
「『328』のハンドルが軽い? それ、キャスターついてないんじゃないの。事故車でボディー全体が縮んでるとかで(笑)」
23年前、中谷氏は私の「348tb」に試乗し、「ダンパーの中身、水なんじゃないの」とボロクソ言ってくれたが、相変わらずの毒舌であった。
キャスター角とは、自転車でいえばフロントフォークの角度で、直進性を出すために必要だ。これがあることで直進状態に戻ろうとする力も発生し、角度が浅かったりゼロだったりすると、ハンドルがカルカルになるはず。
しかし私はキャスター角は調整できないと思っていたし、「事故車でボディーが縮んでる」説にいたっては笑って済ませるしかないので、「まさか~」と笑って済ませていたのであった。
しかしその後、“跳ね馬を2000台直した男”平澤雅信氏へのインタビューの際、氏も「キャスターかもしれないですね」と指摘した。
私「えっ! 328ってキャスターも調整できるんですか!?」
平澤氏「できますよ。シムで」
そーだったのかぁ! さすが準レーシングカー的作りを誇るフェラーリ様!
となると、キャスター角が浅い説はかなり有力だ。ひょっとして歴代オーナーのうちの誰かが、「パワステないからハンドルが重くてかなわん。なんでもいいから軽くしてくれ!」とリクエストし、それに応えるべくどこかのメカがキャスターを限界まで浅く調整していたとしたら――。つじつまが合うような気がする! よって私は、早くアライメントを測定してみたくて仕方なかったのだ。
そこに解はあるのか!?
そこに登場したのは、尾上サービスの新加入メカ・酒井君だった。
酒井「あの~、ハンドルが軽い件で、ちょっと試してみたいことがあるんですけど」
彼が試したいと言い出したのは、ステアリングシャフトのユニバーサルジョイントの調整だった。
私には、言ってる意味がほとんどわからなかったが、彼は寡黙なタイプで、それ以上のことは説明してくれない。
つーか会話を交わすのも初めてだった。私が彼について知っていたのは、髪は金髪、愛車は「930ターボ」で、それにメチャメチャ手を入れているディープなカーマニアということくらいである。
ユニバーサルジョイントとは、日本語では「自在継ぎ手」だが、その調整でカルカルハンドルが直るなんて、私には想像もつかない。つかないが、「ちょっとやってみていーですか」と言われたので、「うん! なんでもやってみて!」と元気よく答えた私だった。
その日はそのまま岡田ピーの激安オペルで帰宅。3日後、尾上メカから連絡が入った。
尾上「水漏れが直ったので、コーナーストーンズの方に持ってってあります。それと、カルカルハンドルも直りました」
私「えええええっ!? あの酒井君の調整で!?」
尾上「ええ。僕が乗った感じ、直ってますよ」
どどどど、どーゆうことだろう!?
(文と写真=清水草一/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。