第529回:簡単に手に入ると思うなよ!?
イタリアにおける中古車購入への道
2017.11.24
マッキナ あらモーダ!
ねらうは「カンパニーカー崩れ」
歌手の千 昌夫が1980年にリリースした、中山大三郎作詞・作曲による「味噌汁の詩」という歌があった。タイトルの「味噌汁」のほか、「寝るのはふとん」「下着はふんどし」……と日本固有のアイテムが登場する。
その直後に、「金髪だけはいいんじゃないべかねえ」と、千氏の夫人が米国人だったことに絡めて、笑いを誘う“落ち”があった。
ボクが住むイタリアは、気候もよく料理もうまく、美女も多い。でも……というのが今回の話である。
イタリアでは新古車やメーカー認定中古車の人気が、日本とは比べ物にならないくらいほど高い。具体的にどんな車両かというと、ひとつは販売店が目標台数クリアのためにお客がいないまま登録してしまった「0km車(イタリア語でキロメトロゼロ)」。もうひとつは「カンパニーカー(イタリア語でアツィエンダーレ)崩れ」だ。イタリアでは、販売店がセールスマンの福利厚生のために一定期間通勤用に貸与したあと放出されるクルマがたくさんある。ボク自身も過去、手に入れたことがあった。
わが家のクルマも、来年の2018年で10年落ちとなる。そろそろ買い替えるか? と思い立った。次のクルマの条件として欲しいのは「アダプティブクルーズコントロール(ACC)」である。
ふたつの「ナシ」にぶち当たる
カタログ上では、イタリア車よりもドイツ車のほうが、ACC付きが広い車種に設定されている。
試しに、ドイツブランド系インポーターの認定中古車サイトを検索してみる。そこでわかったのは、「中古車市場ではACC付きが皆無に近い」ということだった。
理由は容易に想像できた。目下のところ、イタリアでACCの存在を知っている自動車ユーザーは極めて少ないのだ。単純なクルーズコントロールでさえ、その存在を知る人は多くはない。そもそもクルーズコントロールのパフォーマンスを生かすのに必須といえるAT車の普及率が、以前より高まったとはいえ、わずか15%(2013年)なのだから仕方ない。
ついでにいえば、ディーラーのセールスマンやメカニックはACCの何たるかを理解しているが、複数のメーカーを扱っている、いわゆる“マルチブランド”の販売店になると、ACCに関する知識の怪しいスタッフすらいるのだ。
検索を続けていて、ほかにも「無い」に気がついた。ボディーカラーだ。昨今イタリアで売られているメーカー認定中古車は、黒、グレーメタリック、白がほとんどなのである。ボクが好む、ちょっとヘンな色がない。
“0km車”として売る可能性が高いイタリアの現地法人は、市場に出回ったとき売れ残ることのないよう、大多数が好むボディーカラーを中心に輸入するのである。前述した社員用も、のちに売りやすい色を選んでおく。したがって、地味な色ばかりになる。
目当てのクルマは国境の向こうに!
その後ふと思いたって、日本の『グーネット』のような中古車検索サイト『オートスカウト24』にアクセスしてみた。「ACC」という検索項目がないので、車両ごとにいちいちウェブページを開いてチェックしなければならない。
結果しては、こちらもACC付きは、メルセデス・ベンツだといきなり「Eクラス」級になってしまう。
ところでこのサイト、地域としては欧州各国を網羅している。遊びに行ったつもりで「外国」の欄をポチッてみた。するとどうだ。ドイツでは「ACC付き」で、ボクが好きな「ヴィヴィッドカラー」のモデルが複数リストアップされているではないか。おまけにイタリアではさして需要がないことから希少な「パノラミックサンルーフ付き」なんてものまである。
内外装のコンディションもイタリアより格段に良い。このあたりは、クルマを扱うときのマインドの違いが如実に表れている。
冒頭の千 昌夫にかければ「クルマを買うのだけはドイツがいいんじゃないべかねえ?」と言いたくなる。
そこで思い出したのが、ボクが住む街の並行輸入車販売店である。街の人には以前から評判がよく、ボクの知り合いもその店で「フォルクスワーゲン・ゴルフ」やアウディのクルマを購入した。
訪ねてみると、その店はイタリアらしく家族営業だった。店主が自らドイツに月数回のペースで赴き、例のカンパニーカーとして放出されるクルマを仕入れてくるのだ。
それらは、混載の陸送車に載せてイタリアまで運んでくる。参考までにいうと、店の販売価格に含まれるその輸送料金は、運送会社の取り決めにしたがい、載せる車両の全長ではなく馬力で決まるという不思議な仕組みだ。気になる費用は、例えば小型のMPVで700ユーロ前後(邦貨にして約9万2000円)。往路の飛行機代と、クルマを引き取ったあとでイタリアに戻るまでの最低2泊の宿代、そしてドライブの労苦を考えれば安いものだ。
あとは、保証である。念のためその足でドイツ系ブランドの指定サービス工場に赴き、並行および個人輸入車の保証とメンテナンスはイタリアではどうなるのか、工場長に尋ねてみた。すると「まったく同じですよ」との答えが返ってきた。
今日、EU圏内で販売される自動車は、取り決めにより加盟国のどの国でも同じ保証やサービスが受けられるのだ。かつて日本にあったような“並行輸入車差別”は存在しないのである。
あえて言うなら説明書はドイツ語版のままだが、「別途発注すれば、イタリア語版も購入できますよ」と工場長は教えてくれた。そもそも今日では、ブランドによっては日本語版の説明書をPC経由でダウンロードして参照できる。
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自分で出向いて買ってこよう
しかし、そうした並行輸入の店にも、ちょっと困ったことがあった。
彼らが主に仕入れているのは、いまだに多くのイタリア人ユーザーが好むマニュアル車なのである。原則“見込み”で扱うのだから、無理はない。
AT車は別途探してもらわなければならない。そこで実際にあたってもらったのだが、夏休みが終わったあとで、ようやく「AT車ありました」という連絡がきた。
色も好みだった。だが……ACCは装着されていなかった。やはり、普段からの捜索ネットワークが違うようだ。こうなったら、現地に赴いて個人で輸入するしかない。もう一度ネット検索サイトを確認した。
店でない一般人が売りに出しているクルマが見受けられたが、日ごろ世話になっている税理士から「高いものだから避けたほうがいい。国をまたぐので、きちんとした領収書がないと、のちのち問題になる場合がある」と忠告された。
そこでドイツに出張した際、気になる販売店をいくつか冷やかしてみた。セールスマンによると、日本の消費税に相当する付加価値税はナンバーを登録した国で課税されるので、ドイツでは免税価格で購入し、イタリアで22%の税を払う。
ドイツとイタリアの間にはクルマの引き渡しに関する取り決めがあるおかげで、登録手続きも簡単であることがわかった。いわく「ドイツの陸運局が発行する仮ナンバープレートを装着してそのまま国境を越え、イタリアに入ったら60日以内に正式なナンバーに付け替える」のだ。仮の保険も用意される。仮ナンバーは、イタリアでポイしていいという。手続きは2営業日くらいで完了するので、再度ドイツを訪れる必要もない。
クルマのような高い買い物でも、堂々と国境通過できるというわけか。映画『大脱走』でスティーブ・マックイーンがドイツ兵から奪ったバイクで国境突破しようとするシーンがつい頭に浮かんできたお気楽なボクであった。
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イタリアで待ち構える難題
だがイタリアに戻って調べてみると、さらなる難題が待ち受けていた。ボクが住むイタリアの街で、正式なナンバープレートを取得する作業である。
陸運局の事務所と車検場、そして手数料の支払い手続きが、かなり面倒なのだ。
ボクが住む街の陸運局は、個人による並行輸入は扱い件数が多くないようで、窓口のおばさんではらちがあかない。話を聞こうにも、詳しい担当者が一向に捕まらない。
一方、本エッセイの第496回で紹介した民間の免許更新センターは、その手続きを代行してくれるのだが、ボクが欲しい最高出力200ps以上のクルマは諸費用込み込みで総額1000ユーロ(およそ13万円)以上かかるという。いやはや、こんなエクストラコストが発生するとは。
そもそもドイツにあるクルマを買う場合、イタリアに住むボクがローンを組むのは難しい、という現実もある。
さらに、付加価値税部分でボクのような自営業者が経費として控除できる額も問題だ。ボクが今のクルマを購入したときは100%控除対象だったが、今や5割しか控除されない。例えば2400ユーロの付加価値税を払っても、半分の1200ユーロしか対象にならない。トホホである。
そんなことをグダグダ考えている間に、2017年11月3日にアップルから「iPhone X」が販売開始された。早く話題の「顔認識」というのをやってみたいものだ。イタリアでも当初の予想よりもデリバリーが早そうである。あれだけドイツのクルマをうらやんでおきながら、別のお金の使途ができてしまい、予算は目減り。クルマの購入は先送りになってしまいそうだ。やはりiPhoneは、自動車業界のライバルである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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