第464回:素材の力で新しいライフスタイルを提案
アルカンターラに見る素材メーカーのブランド戦略
2017.12.16
エディターから一言
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インテリア用の高級素材として、クルマ好きの間でも広く知られているアルカンターラ。他企業とのコラボレーションなど、ライフスタイルやファッションの分野で積極的な取り組みを見せる同社の姿から、素材メーカーが推し進める最新のブランド戦略を読み解く。
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ブガッティに囲まれてカクテルをいただく
ロサンゼルスオートショーが開幕した2017年11月28日の夜、会場のコンベンションセンターからほど近い場所にあるピーターセン自動車博物館で、「RIDE INTO LIFESTYLE」と銘打ったカクテルパーティーが催された。
戦前のグランプリカーや「タイプ57SCアトランティック」といった往年のブガッティと、イタリアを中心に活躍するデザイナー、レベッカ・モーゼス氏の作品に囲まれた中で、地元の名士や企業家、アーティストとおぼしき面々が談笑し、アルコール類や、フィンガーフードと呼ぶにはいささか手の込んだお料理に手を伸ばしている。
今回の取材が初アメリカ、初カリフォルニアの記者である。彼らがどんな面々かをつぶさに知る由もないが、その中に現アウディ スポーツCEOにして、間もなくブガッティCEOに就任するステファン・ヴィンケルマン氏の姿があったことを報告すれば、webCGの読者諸兄姉なら、だいたいどれくらいの地位の人がそこに集っていたか、パーティーの格というものを記者以上に察してくれることだろう。
思い出されるのは、過日東京・青山で催された新型「アストンマーティン・ヴァンテージ」の披露パーティーである。アーティストとのコラボレーションと聞いて、レクサスやメルセデス・ベンツといったプレミアムブランドの取り組みを思い出す人もいるかもしれない。
しかし、今回のこのイベント、主催したのはそのような自動車メーカーではない。日本でもおなじみのイタリアの素材メーカー、アルカンターラが開いたものなのだ。
クルマ好きにとっても身近な素材
アルカンターラといえば、クルマ好きの間ではステアリングホイールやシート、ドアトリムなどに使用される表皮として知られる素材である。その名を知らない人にも、「スエードを思わせる細かな起毛と、滑らかな手触りが特徴の……」と説明すれば、思い出してもらえることだろう。
さらりとした触感と同時に滑りにくさも備えていることから、主にスポーツカーやGTカー、高級サルーンなどに使われる例が多く、例えば今回のロサンゼルスショーの展示車両でも、ポルシェのGTSシリーズに、BMWやアウディ、アルファ・ロメオのハイパフォーマンスモデル、「レクサスLC」「アキュラNSX(日本名:ホンダNSX)」、さらにはコンセプトカーの「フォルクスワーゲンI.D.CROZZ II」にまで使用されているのが見受けられた。
ちなみに、直近の業績は2016年の純売上高が1億8720万ユーロ、営業利益が4510万ユーロである。同年の平均為替で換算すると、それぞれ約224億6400万円、約54億1200万円。世界中が金融危機にゆれた2009年の業績と比較すると、前者が約3倍、後者が5.7倍に拡大したことになる。
このように、自動車の世界において高級素材メーカーとしてひとかどの地位を得ているアルカンターラだが、実はアパレルや家具、家電製品といった分野でも知られており、拠点を構えるイタリア・ミラノと、中国・上海には、ブランド発信基地を兼ねたショールームも開設しているのだとか。さらに、近年では女性用シューズメーカーの英ニコラスカークウッドや、パナソニック、マイクロソフトなどとのコラボレーションも実施。今回のパーティーでも、よくよく見ればモーゼス氏のアート作品は、すべてアルカンターラを使ったものだった。
堅調に業績を伸ばすアルカンターラが、わざわざ新しい取り組みに臨む理由とはなんなのか? そもそも、基本的にBtoBのビジネスをもっぱらとする素材メーカーが、独自のショールームを開設したり、著名人を招いたパーティーを開いたりといったブランディング活動に取り組む意義は何か。
そんなぶしつけな疑問をアルカンターラ社長兼CEOのアンドレア・ボラーニョ氏にぶつけたところ、意外な言葉が返ってきた。
「あなたは日本の方ですよね。アオヤマにあるレクサスカフェをご存じですか?」
他の素材にはないアルカンターラの強み
ボラーニョ氏の言う「レクサスカフェ」とは、恐らく東京・青山の「INTERSECT BY LEXUS(インターセクト バイ レクサス)」のことだろう。施設内にはコーヒーバーやライブラリーラウンジ、ライフスタイルアイテムのショップなどが設けられているものの、クルマの展示はクレイモデルやショーカーのみ。ブランド体験と情報発信のみに特化した「クルマを売らないショールーム」として、オープン時に取材したことがある。
意外にも日本に通じているボラーニョ氏に驚きつつ「知っています」と答えたところ、氏はこう続けた。
「私たちに限った話ではありません。メーカーがライフスタイルをも提案していくというのは、ブランド戦略というより、すでに世界的な潮流なのです。ほかの産業でも、プロダクトだけのビジネスからそうした分野へと皆エクスパンドしている。アルカンターラも素材メーカーではあるのですが、これからはライフスタイルやファッションの分野でも訴求していきたいと考えています」
とはいえ、今後アルカンターラが個人向けの商品を大々的にリリースするというわけではない。ライフスタイルやファッションの分野におけるブランドの確立は、先に述べたような他ブランドとのコラボレーションによってなされるわけで、つまりは他の企業からコラボの相手として選ばれなければ話にならない。
「そこで強みとなるのが、アルカンターラという素材のバーサティリティーです」
ここで言うバーサティリティー(versatility)とは、多機能性とでも意訳すればいいのだろうか。資料によるとアルカンターラのカラーバリエーションは“無限”で、表面処理もエンボス、レーザーカット、プリント、パーフォレーション、ラミネート、エレクトロウェルダリング、電気やヒートモールディングなどが可能。厚みは4種類から選択可能で、難燃性やはっ水性、抗菌性にも優れるという。
「バーサティリティーがあるから、アルカンターラはさまざまなプロダクトのさまざまな場所に使えます。さまざまな使い方を提案できることこそ、アルカンターラの強みなのです」
イタリアにおけるカーボンオフセットの先駆者
こうした素材そのものの強みに加え、ボラーニョ氏はブランディングにおいて力を置いている点として、「イタリア製のプロダクトであること」の訴求と、事業の持続可能性・環境負荷低減の追求を挙げた。
本革製品を提供するポルトローナ・フラウや、生地メーカーとしても知られるエルメネジルド・ゼニアなど、イタリアにはブランドとして名を成している素材メーカーやブランドが数多く存在している。そんな土壌は、同じ地に拠点を構えるアルカンターラにとってもゆるぎないアドバンテージなのだ。
一方、後者については少々意外に思われるかもしれないが、実はブランディングの世界においては「メーカーの取り組みまで観察する」というのは当たり前のことのようだ。他社とのコラボレーションを通して、自社製品のプライオリティーを高めたいと考える企業が、貴重な資源を浪費し、工場からえんえんとCO2や汚染物質を垂れ流す素材メーカーと取引したいとは思わないだろう。
特にアルカンターラは、イタリアでいち早く“カーボンオフセット”を提唱した先駆者としての自負を持っており、現在も国連の推進する30のプロジェクトに出資している。もちろん製品の製造段階における環境負荷低減にも取り組んでおり、バイオ原料を使った製品の研究も推し進めているという。
自動車の分野を見ても、BMWの「i」を筆頭に、バイオ素材やリサイクル素材を積極的に用いることが、先進性を掲げるブランドにおいてひとつの潮流となりつつある。ブランドイメージの話以前に、持続可能な未来を模索する産業界の一員として、環境負荷の低減はコモンセンスとなっているのだろう。
今のところ、記者を含めた日本の消費者の間に、「使われている素材や、そのメーカーの姿勢から製品を選ぶ」という視点ははぐくまれていないように思う。しかしいずれは、クルマ好きの間で「アルカンターラが使われているから、このクルマを選んだんだよ」という話が聞かれる日が来るのかもしれない。
(webCG ほった)

堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。