第162回:キングスマン壊滅! 英国紳士はアメリカへ
『キングスマン:ゴールデン・サークル』
2018.01.04
読んでますカー、観てますカー
改造ロンドンタクシーで激走
「ジャガーEタイプ」でさっそうと登場するエグジー(タロン・エガートン)。ビシっとしたスーツ姿がキマっている。人類抹殺計画を未然に阻止してから、エージェントとして着実に成長しているようだ。英国紳士が英国の魂を象徴するクルマで活躍するのかと思うとさにあらず。彼が帰宅するのに使うのは「LTC TX4」。要するに、ロンドンタクシーだ。キングスマンの公用車である。
突然彼を襲ってきたのは、キングスマンの候補生仲間だったチャーリー(エドワード・ホルクロフト)だった。右腕をロボットアームに改造してあるから超強い。後ろから「ジャガーFペース」が攻撃をしかけてくると、TX4は戦闘モードに入る。車高を落とし、エンジンはフルパワーモードだ。実際にエンジンはV8に換装されている。オリジナルエンジンでは、後輪から煙を巻き上げながらドリフトするのは難しい。
敵の攻撃を退け、なんとか本部にたどり着く。しかし、知らぬ間に極秘情報が盗まれていた。キングスマンの基地が位置を特定されてロケット攻撃を受けてしまう。前作から2年、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は最悪の状況からスタートする。正体不明の敵に組織を壊滅させられてしまったのだ。残ったメンバーは、エグジーとメカニック担当のマーリン(マーク・ストロング)だけ。
危機にあたっての行動マニュアルに示されていたとおりに銀行の金庫を開けると、そこにあったのは1本のバーボンウイスキー。ガッカリした彼らはやけ酒を飲み始めるが、このボトルには重要な意味が隠されていた。製造元のステイツマンは、キングスマンと提携しているアメリカの秘密組織だったのだ。
死んだはずのハリーが生きていた
というわけで、今回はイギリスからアメリカに舞台が移る。ステイツマンのメンバーは、英国紳士とはどう考えても肌の合わないヤンキー連中である。コードネームからしてアメリカ趣味丸出しだ。ショットガンを構えた筋肉ムキムキのカウボーイはテキーラ(チャニング・テイタム)。「フォード・ブロンコ」に乗るナンバーワンエージェントはウイスキー(ペドロ・パスカル)。アル中のボスはシャンパン(ジェフ・ブリッジス)だ。唯一マトモそうなのは、後方勤務のジンジャー(ハル・ベリー)ぐらいである。
蒸留所に入ろうとした2人は、テキーラに捕らえられてしまう。ステイツマンが1年前に保護した謎の男を救出しにきたと思ったからだ。誤解が解けて引き合わされると、それはハリー(コリン・ファース)だった。エグジーを一流エージェントに育て上げた恩人であり、一流のスパイである。しかし、なぜかジャージ姿でボンヤリしており、覇気が感じられない。
彼は記憶を失っていて、自分は蝶類学者だと思っている。新種の蝶を見つけることだけが生きがいだ。というか、生きていること自体がありえない。前作では至近距離から目を撃ち抜かれて命を落としている。続編が作られるといううわさが広がった時はハリーなしで成立するのか危ぶむ声があったが、心配無用だった。わりと簡単な方法で彼は命をとりとめていた。さすがに左目は失われてしまったが、任務を果たすのには支障がないようである。
前作同様、この作品は古き良きスパイ映画へのオマージュなのだ。荒唐無稽なストーリー展開が楽しかった頃の『007』や『0011 ナポレオン・ソロ』への愛に満ちている。主人公は超人的な能力で敵をやっつけるし、確実に死ぬような場面でも軽々と切り抜ける。銃撃をはね返す傘やマシンガンになるブリーフケースといったガジェットも健在である。
カンボジアに出現した50’sのアメリカ
今回の悪役は、麻薬組織ゴールデン・サークルのボス。ジュリアン・ムーアが演じるポピーだ。彼女が拠点としているのは、カンボジアの山の中。1950年代のアメリカを忠実に再現したハッピーでカラフルなポピー・ランドで暮らしている。キラキラした内装のダイナーでは、おいしそうなハンバーガーが提供される。ただし、パティを作るミンチマシンはたまに殺人の道具になることもあるから注意が必要だ。
彼女の主張は、麻薬の合法化である。世界最大の麻薬組織のボスとして安定した供給を実現したのに、ほかの分野の実業家のような尊敬を受けられないのは不当だというのだ。麻薬を合法化すれば、闇の組織が抗争を繰り広げて死人が出ることもなくなる。麻薬犯罪で逮捕される人間がいなくなれば、刑務所の定員オーバー問題も解決する。
実際に、大麻に関しては世界中で合法化の動きが進んでいる。医療用の大麻は多くの国で使われているし、アメリカでは嗜好(しこう)品としての使用も解禁する州が増えてきた。ヨーロッパでも大麻は実質的に違法ではなくなりつつある。ポルトガルに至っては、覚せい剤までもがOKになった。結果として、薬物中毒者を減らすことに成功したのだという。
前作では、IT長者のヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)が環境保護のために人類を皆殺しにする計画を進めていた。生物全体のことを考えれば、一理ある主張である。今回も、ポピーの言っていることを一方的に間違いと断ずることはできない。問題があるとすれば、計画を認めさせるための方法だろう。麻薬の中にウイルスを混入し、全人類を人質にしたのだ。
世界を救うエルトン・ジョン
ポピー・ランドには専属のミュージシャンがいる。エルトン・ジョンだ。演じているのはエルトン・ジョン。本人である。カメオ出演ではなく、物語上で重要な役だ。今回世界を救ったのは、キングスマンではなくエルトン・ジョンだと言っていい。
世界を救うのに役立った音楽がもう一つある。マーリンの歌いあげる感動的な『カントリー・ロード』だ。『ローガン・ラッキー』の回に書いたように、この2作はこの歌とチャニング・テイタムが共通点となっている。とはいっても、この映画では彼の活躍する場面は少なかった。せっかくの筋肉を眠らせてしまったのはもったいない。
次作の製作も決まっているようで、今度はアメリカンな彼がロンドンに登場するようだ。「Manners maketh man.(マナーが人を作る、氏より育ち)」がこのシリーズのテーマなのだから、マッチョマンも英国の流儀に染まるのかもしれない。ハル・ベリーのジンジャーも、次は後方勤務ではなくエージェントとして姿を見せてくれるに違いない。
忘れていたが、前回ひどい扱いだったスウェーデン王女も引き続き顔を見せている。マシュー・ヴォーン監督は根っからのスウェーデン嫌いなのかと疑ってしまったのは間違いだった。下ネタ抜きのハッピーな役柄である。スウェーデン王室の名誉が守られたことを喜びたい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。