第538回:「iPhone」とかけて「日産ブルーバード」と解く!
2018.01.26 マッキナ あらモーダ!始まりは女房の小言
「iPhone X」を使い始めて、はやひと月が過ぎた。
選んだ背景を説明すれば、女房のために2015年3月に購入した「iPhone 5c」のデータ容量がパンク状態になったためだ。
「新しいアプリが入らないどころか、音楽もダウンロードできない」とブーブー言う。写真もちょっと撮っただけで、すぐ満杯になる。読者諸兄の失笑を買うだろうが、出費を節約すべく「8GB」という最低容量を選んで買い与えたボクが悪かった。
そのためボクが同時期に買って使ってきた「iPhone 6 Plus 16GB」を女房に譲って、自分は新しいモデルを買おうと常々思っていた。だがホームボタンにハプティクス(触覚)ボタンが採用された「iPhone 7」が発売されても、あまり購買意欲がそそられなかった。
そうした中、2017年の秋にようやく「X」が登場した。ちなみにイタリアでは家電量販店の店員も含め、ほとんどの人は「ディエチ(10=テン)」ではなく、「イクス(エックス)」と呼んでいる。
イタリアでiPhoneを買うということ
イタリアでiPhone Xは高額である。
もちろん日本のように移動体事業者との本体・通話料のセット契約もある。だがそれらの多くは、イタリア人のケータイの使用スタイルを反映して、音声通話やショートメッセージのプランを組み合わせたものが大半である。そのうえ国外のローミングは異常なほど高い。
したがってボクの場合は、多くのイタリア人同様、プリペイドSIMを入れておいて、必要に応じてチャージしていくほうが通信料としては得だ。
その場合、機器代は全額払うことになる。イタリアのApple Storeに「金利0%」などという甘いオファーはまれである。iPhone Xの場合も13.29~19.08%という、かなりの高金利が設定されている。600ユーロ分をローンで組むと、713.28ユーロを返済しなければならない。利息だけで100ユーロ以上だ。
ということで、一括払いを選ぶと64GBモデルで1189ユーロ(付加価値税22%込み)である。円安のご時世ゆえ、円換算で16万円を超えてしまう。日本では256GBを選ぶ人が大半と聞くが、もしそうするとさらに高い約18万円になってしまうから、ここはひとつ64GBで節約することにした。
これまで使ってきた6 Plusが当時の換算レートで約11万6000円だったから、それを大きく上回る金額である。「3G」から始まったボクのiPhone人生の中でも最高額だ。
それでも、もはやスマートフォンは生活インフラである。特にバッテリーは長持ちするほうがいい。飛行機に乗る際、モバイル搭乗券を安心して提示できるからだ。
いや、搭乗券なら紙の控えがある場合が多いから、まだいい。2017年11月、ロサンゼルスで電池切れ寸前となり、宿まで乗るつもりだった配車サービスのウーバーが呼べなくなりそうだったときは、心底焦った。ウーバーといえば、iPhoneに過度な働きをさせてしまったのだろう、アプリがフリーズして動かなくなってしまったこともある。
今日、頼れるスマートフォンはクルマ以上の必需品だ。
Face IDも問題なし
ということで、清水の舞台から飛び降りるつもりでiPhone Xをオーダーすることにした。2017年12月15日のことであった。
わが家でApple Storeのサイトを見ると、配送予定はわずか6日後である。意外に早い。申し込み翌日には2日早まって「19日到着」となった。注文4日後とは。イタリアにしては奇跡のような爆速である。しかし実際のところ到着したのは20日、つまり所要日数は5日であった。
発送用の箱を見ると、運送屋さん向けに「隣人預け禁止」と書いてあった。イタリアでは、こう書いておかないと、再配達をしたくないドライバーがお隣さんに置いていってしまうことが、よくあるのだ。
届いたXには、用意しておいた純正革製ケースと画面フィルムを貼り付けた。少しでもイタリアの付加価値税を節約すべく、東京出張中に、海外居住者の免税制度や家電量販店のポイントを駆使しまくって買っておいたのである。日によっては身につけている中で一番高価なモノになるのだから、このくらいの扱いはしないといけない。
うわさの顔認証システム「Face ID」に関していえば、初期のセッティングは思いのほか簡単だった。認識精度も、夏になってサングラスをする日が増えたらどうなるかは未知数であるが、今のところイライラすることは皆無である。
ホームボタンが廃止されたことに伴う、従来と異なる各種スワイプ法も、ひとつずつ覚えていけば克服できる。6 Plus時代のように、「デリケートな物理的ホームボタンが、いつか壊れるのではないか……」とビクビクしながら使う必要がないのは、精神的によろしい。
ガッカリなこともある
しかし、そのデザイン的アクセントに乏しい外観からだろう。約3年前に6 Plusを持ち始めたとき、そのデカさゆえ「新型ですね」と次々声をかけられたのからすると、周囲の注目度は実に低い。
ようやく気づかれたのは、先日、フランクフルト空港のボーディングブリッジでのことだ。飛行機の扉前で待ち構えていた最終確認要員がモバイル搭乗券をチェック後、「おっ、Xだな」と言った。その陽気なおじさんは、勝手にスワイプを試したばかりか、ボクのiPhone Xを自分のポケットに入れるふりをして笑いをさそった。
デザインに関してさらにいえば、残念ながらボクが所有してきた歴代iPhoneの中で、最も満足度が低いと言っても過言ではない。
ケースから外してみればスリム感を強調したクールといえるフォルムであり、「Apple Watch」と並べてみると、より共通のアイデンティティーに配慮したプロダクトであることがわかる。
だが、一見して、そのルックスに萌(も)えないのだ。前述の文章と矛盾するが、原因はやはり、ホームボタンというiPhone伝統のシンボルを喪失してしまったこと。もうひとつはFace IDを実現するため画面上部に設けられた、凹状の不格好な切り欠きだ。
ついでにいえば、各国をウロウロする筆者としては、そろそろデュアルSIMトレイを用意してほしかったというのも本音である。これでは、アンドロイドの2枚SIM仕様を愛用している東京の義姉に笑われる。
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昔のブルーバードを思い出す
一方、従来女房が使っていたiPhone 5cは、ボクが朝晩の洗面台や台所に立つときのお供となった。各国のニュース動画を見るのに便利なのである。
しかしながら、あらためて見る5cのフォルムのすがすがしさよ。その系列である「iPhone SE」が今日でも支持を集めている理由がうかがえる。
これ、何かに似ていると思ったら、「日産ブルーバード」の510型(1967~72年)である。
510型ブルーバードは、4代目である「ブルーバードU」こと610型が1971年に登場したあとも、1年以上にわたり継続生産された。そればかりか5年後には2代目「バイオレット」/初代「オースター」/初代「スタンザ」によって、そのアイデンティティーが引き継がれた。510型は生産終了から45年以上たった今日でも、日本自動車史における傑作との呼び声が高い。
「5」系のデザインは、iPhone界の510型ブルーバードである。いまだiPhone 5系を日常使用している人を世界のあちこちで見かけるたび「ソリッドでカッコいいな」とうらやましくなる。
もちろん今日510型を所有している人が現代の高速道路で苦労するのと同様、実際にXからSEにしたら、それなりのストレスを感じるだろう。わが5cに最近話題の(劣化したリチウム電池への負担を和らげるための)「意図的な処理速度低下」がどのくらい効いているのかは知らない。だが、少なくともバッテリーの減りは半端ではない。
昔のデザインが懐かしい。でもあのころのスペックには戻れない。「才色兼備」になかかなか巡り会えないのは、ヒトと同じである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、日産自動車/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。