第541回:レトロモビル2018
消滅ブランドを愛するすてきな人たち
2018.02.16
マッキナ あらモーダ!
イベントを盛り上げる新企画も
ヨーロッパ最大級のヒストリックカーの見本市「レトロモビル」が2018年2月7日から11日まで、パリのポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場で開催された。
43回目を迎えた今回は、2017年と同様に、3つのパビリオンを使用。展示面積は東京ドームのおよそ1.5倍にあたる6万9000平方メートルに及んだ。
今回のテーマは「過去には、いつも未来がある」。新企画として「車齢30年以上かつ2万5000ユーロ(約330万円)以下の車両」ばかりを集めた展示即売コーナーも設けられた。
シトロエンのアーカイブ部門の顔として長く働き、2018年からレトロモビルに合流したドゥニ・ユイユ氏は「レトロモビルでは、常に新しいものを模索していく。古いクルマの愛好者を、より若い世代にまで広げたい」と、新企画実施の理由を筆者に語った。
米国ではやや陰りが見えてきたものの、欧州でヒストリックカー市場はいまだ高値が続いている。そうした状況下で、旧車ファンの間口を広げる試みは興味深い。
もうひとつの“初の試み”は、開場前日のプレスデーに入場できる50ユーロ(約6600円)のプレミアムチケットだ。ドイツのヒストリックカーショー「テヒノクラシカ・エッセン」に範をとったものと思われる。
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幻ブランド・ファンクラブ
ちなみにプレスデー当日のパリは、長年の住民も驚く大雪に見舞われた。来場に二の足を踏んだファンがいたのか、会場内の通路はかなりゆとりがあった。プレミアムチケットを購入した人は、その価格にふさわしく、ゆったりと鑑賞できたに違いない。
フランス系ブランドはルノーが創業120年を祝い、シトロエンが「2CV」の70周年および「メアリ」の50周年を展開した。プジョーは「第2次大戦後の量産ベルリーヌ」を特集した。
仕事上そうした特集を追うものの、個人的には気になって仕方ないのは「消滅してしまったフランス車ブランド」の愛好会だ。
例えば「ド・ディオン・ブートンのファンクラブ」である。蒸気自動車時代まで含めると、その起源はダイムラーとベンツがガソリン自動車を発明したのと同じ1883年までさかのぼる。
ほかにも、ドライエやオチキスといったフランス自動車史に残るメイクの愛好会もある。失礼を承知で言えば、そこに集う人々の年齢の高さゆえ、いつも「もう今年で最後の出展かな」と思うのだが、なかなかどうして毎回スタンドを構えて和気あいあいムードを放っている。ファンたちの結束の強さが伝わってくる。
そうした中、あるフランス車愛好会スタンドを見つけた。「クラブ・シムカ・フランス」のスタンドだった。展示車は、前述の各愛好会の車両たちよりもずっと若い1983年「タルボ・ホライズン(フランス語読みでオリゾン)」だ。
無国籍なシムカに愛を注ぐ
シムカの歴史は極めて複雑である。
その始まりは1934年に設立されたフィアットのフランス法人で、草創期は「トポリーノ」をはじめとするフィアット車を生産していた。そして1950年代、シムカはその全盛期を迎える。1954年にはフォードのフランス法人を買収。また、フランス大統領車も2台納入している。
しかし1950年代後半になると、米クライスラーのヨーロッパ進出計画の波にのまれることになる。フィアットが保有していたシムカ株はクライスラーによってじわじわと買い進められた。そして1970年代初頭になると、シムカは完全にクライスラーの傘下におさめられてしまった。社名もクライスラー・フランスに改名された。
かくも強引な買収劇に巻き込まれたものの、1970年代中盤になるとクライスラーの急激なグローバル化戦略が裏目に出てビジネスを圧迫。さらに第2次石油危機にも襲われて経営危機に陥る。
結果としてクライスラー・フランスは1979年にPSAプジョー・シトロエンへと売却された。クライスラー時代に、クライスラー、シムカといったブランド名で販売されていた各車には、新たに“タルボ”の名が冠された。1950年代にシムカが買収した往年の高級車ブランドにあやかったものだった。
ただしタルボの販売成績は、「輝かしい」というには程遠かった。そのため経営合理化に辣腕(らつわん)を奮い、容赦ない人員削減により「ギロチン・オブ・ザ・イヤー」との異名まで冠せられていたPSA社長ジャック・カルベは、タルボの廃止を決定した。そして同ブランドは1986年に完全に消滅した。
ほかのフランス系ブランドに比べてかくも無国籍なシムカ・タルボであるが、それをあえて愛好し、末期モデルを展示する、その心は……?
知られざる存在価値
スタンドにいたクラブ・シムカ・フランスのメンバーたちに声をかけてみた。
すると、中のひとりが「ホライズンを展示した理由? 今年は販売開始40周年だからですよ」と即座に教えてくれた。
ホライズンの美点は? メンバーたちは競うように、「パワーステアリング」「オートマチック」「クルーズコントロール」「デジタル時計」と装備を口にする。
そして先ほど40周年であることを教えてくれた紳士が、「今でこそ当たり前となった特別な装備が、フランス車のみならずヨーロッパ車の、それもコンパクトカーに採用されていたんです」と自慢げに教えてくれた。
「そして何より、パッシブセーフティー(受動安全)の概念をフランスにいちはやく導入したのも、このホライズンでした」という。
一見地味なモデルだが、自動車安全で一歩先を行っていたアメリカのテクノロジーが注がれていた。1978-79年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーは、何を隠そう、このホライズンだったのである。
別のメンバーが「ちょっと待って」と言って、奥から自動車誌『GAZOLINE』 2015年12月号を引っ張り出してきて、記事を見せてくれた。その回顧記事の見出しには「同世代のクルマで、最上の一台だったことは疑いない」との文字が躍る。
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彼らの笑顔が見たくなる
ちなみに、シムカ/クライスラー・フランス/タルボ系の歴代モデルを集めたPSAグループのコレクション「CAAPY(カーピー)」が、ホライズンの生産拠点でもあったパリ西郊ポワシーの工場内に存在した。だが、レトロモビル会場内でコレクション関係者に確認したところ、2018年1月をもっていったん休館していた。2019年6月にシトロエンの歴史車両と統合するかたちでリニューアルオープンする計画であるという。
カルロス・タバレスCEOによる再建下で歴史部門が、それも今日存在しないブランドがどのような扱いを受けるかは不透明である。
ふと思い出したのは、ボクが自動車の運転を始める前夜だった1980年代初頭である。当時、日本でもタルボが西武自動車によって輸入されていた。「プジョー104」をベースにピニンファリーナがオープンボディーにした「タルボ・サンバ」である。その愉快なネーミングもあって、当時のボクには「免許を取ったら買いたいクルマ」のひとつであった。
最後に彼らの集合写真を撮らせてもらうことにした。
ホライズンは期間中開催されたオークションのフェラーリに負けないくらい磨き込まれており、彼らの愛情が感じられた。そして彼らの笑顔は、投資効果をもくろんだ収集家たちには見られないさわやかなものだった。ボクが撮影していると、まわりのスタンドの仲間たちからは「いよッ」と声がかかった。照れくさくなった彼らの笑みは、さらに輝いた。
気がつけば筆者のレトロモビル通いも今年で22年目。ここまでリピートしてしまったのは、メーカーのサポートもないのに集う、こうした熱い愛好家たちに出会うのが楽しいからに他ならない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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