フェラーリ488ピスタ(MR/7AT)
究極の快感 2018.05.09 試乗記 ジュネーブモーターショーでお披露目されたフェラーリのスペシャルモデル「488ピスタ」に公道とサーキットで試乗。モータースポーツで得た技術を注ぎ込んで徹底的な軽量化とパワーアップを果たした最新モデルは、圧倒的なスピードと走りの快感をあわせ持っていた。その名は“サーキット”
F1レースに飽くなき挑戦を続けながら、同時にスーパースポーツカーの市場を牽引(けんいん)し続けてきたフェラーリ。「速いモデルしか作らない」というこのブランドの作品群の中にあっても、さらにスピード性能を際立たせる特別なリファインが施されたV8エンジン搭載モデルには、「スペチアーレ」「スクーデリア」等々とサブネームが与えられてきた歴史がある。
そうした特にエクスクルーシブなモデルの最新バージョンが、今年のジュネーブモーターショーで華々しく発表された488ピスタ。ちなみにピスタとはサーキットの意であるという。488サーキットでは何ともサマにならないが、488ピスタとなると途端に名称そのものにダイナミックなスピード感が宿るように思えるのは、「イタリア語の役得」とでもいうものだろうか!?
新しくも特別なフェラーリがまだ街を走り始める前の段階で、これもまた特別に、そのプリプロダクションモデルへと触れる機会を得ることができた。舞台はイタリア北部の町マラネロにある、本社隣接の“フィオラノ”のテストコースとその周辺の一般道。
というわけで、最寄りであるボローニャの空港から本社差し向けのシャトルへと乗り込んだ後、幹線道路を外れ、早春の緑が広がる田舎道を走ること延々1時間強。高速道路すらつながっていない、まさに“イタリアの片田舎”のようなロケーションに、この国きっての著名なブランドでもある跳ね馬マークのスポーツカー会社は、想像していたよりもはるかに大きな規模で居を構えていた。
職人芸の優雅なクルマづくり
今年のジュネーブモーターショーが閉幕してから、まだ間もない某日。当然のように、カメラの持ち込みは厳禁という中で秘密裏に(?)行われた試乗会は、メインメニューであるテストドライブの前に生産工程の見学というプログラムでスタートを切った。
想像していたよりも広い敷地の一部には、設立が1947年という時代を感じさせる歴史的な建築物ももちろん残されてはいる。中でも、エンジンを構成する鋳造パーツを生産する工程などは、タイムスリップしたような錯覚を抱かされる何ともヒストリカルな光景だ。
一基のエンジン組み立てにまつわるすべての工程を、1人の作業者が長い時間をかけつつ担当する様も、自動化が行き届いたライン内をほとんど人手を煩わせることなく進んでいく一般的な量産エンジン組み立て工程を見慣れた目からすると、まさに“職人芸”という言葉がふさわしく感じられるもの。
一方で、外観は歴史を感じさせる古い建屋でも、内部には最新設備が導入されているところが大半。特にボディー組み立ての工程は、予想だにしていなかったほどに明るく清潔で近代的。
聞けば、この工場の最新エリアはここ数年で一気に様変わりを果たしたとのこと。塗装を終えた流麗なボディーが真新しいつり下げ式ラインをゆっくりと移動してくる様は、何とも芸術的ですらある。実際、工程によってはタクトタイムが数十分というのだから、一般の量産車ではあり得ないゆったりとしたペース。優雅さが漂うクルマづくりもまた、大量生産を追い求めることのないこのブランドだからこそ許される手法というものなのだろう。
驚くほどにフレキシブル
工場見学のプログラムを終え、いよいよテストドライブの時が到来。まずは同乗スタッフによる道案内の下、サーキットの通用門(?)から一般道試乗へと出発する。
市街地と、一部にワインディングセクションを含んだそのコースは、「テストのため日常的に使用しているルートの一部」とのこと。それゆえの日常茶飯事の光景なのか、擬装を施してむしろ派手さを増したモデルにもかかわらず、道行く人がさほど関心を持ったまなざしを投げかけてはこないのがちょっと意外でもあった。
街中の一部は50km/h制限で、それ以外は70km/h制限……と、そんなシチュエーションの下で走り始めると、「488のハードコア版」であるにもかかわらずまずは感心至極だったのは、驚くほどにフレキシブルなエンジンの特性と望外と言えるまでのフットワークの快適さだ。
「488GTB」用のユニットをベースに大幅な手が加えられた90度バンクを備えるツインターボ付きV8エンジンは、3.9リッターという排気量はそのままに、バルブリフトやタイミングの変更、吸気系の見直しなどで最高出力を50psの上乗せ。
こうしてピークパワーを大幅に向上させつつも、扱いやすさを失うどころかむしろフレキシビリティーが増してわずかに1200rpmほどでも難なく走り続け、あまつさえそこからアクセルを踏み込めばそれなりに鋭いレスポンスで回転数を高めていく様は、車両自体も軽量化されたとはいえ大いなる驚きのポイントだった。
1リッター当たりの最高出力を172psから185psへと高めつつ、日常での扱いやすさも実現させたのは、ターボの威力を増しながらも圧縮比を下げない……どころか、むしろベースエンジン以上に高めることを可能とした巧みなノッキング回避技術に肝があるという。中でもイオンセンシング式燃焼コントロール技術の採用は、「より大排気量のNAエンジンのようなフィーリングの演出に大きく貢献した」というのが、エンジン開発担当エンジニア氏によるコメントだ。
レブランプは“実用装備”
一般道セッションから戻ったところで、いよいよフィオラノサーキットでのテストドライブ。まずはテストドライバー氏の操るモデルへの同乗でレーシングスピードでのコース初体験の後、先導車ナシでの単独走行へと移る。
一周約3kmというフルコースを使うものの、与えられた周回数はわずかに4周。パーシャルスロットル領域でのフレキシビリティーの高さとレスポンスのシャープさはすでに一般道セッションでチェック済みなので、ブレーキの利きを確かめたところで早速の全開走行へ!
乾燥重量わずかに1280kgとベースの488GTB比で90kgもの軽量化を図ったところに、720psのターボパワーという組み合わせが生み出す加速力はさすがに強烈! 思わずひるんで緩めそうになる右足への力を歯を食いしばりながら込め続けると、擬装を施された488ピスタのボディーはまさにはじかれたように最初のコーナーへと向かって突進する。
初めてのコースということもあり、正直なところクラスター内中央の特等スペースにレイアウトされたタコメーターにすら、なかなか目をやる余裕がない。が、そこで大いに役立ってくれたのはステアリングホイール上部に組み込まれた「レブランプ」の存在。何しろとんでもない勢いでエンジン回転数が上昇するゆえ、全開走行ではむしろこちらがタコメーター以上に有用。赤色LEDの順次点灯がレブリミットの接近を目前で教えてくれるF1マシン直系のアイテムは、488ピスタでは何にも増して“実用装備”なのだ。
ターボなのにNAのような快音
2輪駆動モデルにして、0-100km/hタイムが2.85秒と発表される怒涛(どとう)の加速力の持ち主。それでもツイスティーにしてハイスピードなフィオラノサーキットの多くのセクションでフルアクセルを試す気になれたのは、比類なく高い剛性感を味わわせてくれるボディーを筆頭に、いかにも“位置決め感”がしっかりとしたシャシーや、速度が高まるほどに接地感が増していくことをイメージできる優れたエアロダイナミクスによるところも大だったことは間違いない。
ヘアピンコーナーであえて“気持ちより1段高いギア”を選択しても、アクセルONとともに十二分に太いトルクが味わえるのは、このエンジンが「大排気量NAユニットのようなフィーリング」を狙ったことを納得させてくれる瞬間だ。
パワーのフィーリングと同時に、488GTB以上のこだわりを持って取り組んだというのがそのサウンド。長さを27%増して等長化させたといういわゆる“タコ足”状のインコネル製エキゾーストマニホールドは、「高周波を強調した“フェラーリサウンド”を狙って開発した」という。
低回転域中心となる街乗りシーンでは今一つ精彩を欠いたその音色も、サーキットドライブでは存分に快音を聞かせてくれることに。車内でも車外でも、なるほど高周波成分がタップリ混じるその音色は、ターボ付きエンジンとしては自分の知る限り、確かに最高と言える部類だ。
ステアリング操作に対して少しも遅れることなく、かといって過敏さを意識させることのない素直なハンドリングの感覚や、ペダルを踏むドライバーの意図を正確無比に反映してくれる強靭(きょうじん)そのもののブレーキのポテンシャルも圧巻だった。デフォルトモードたる「sport」のポジションでは文句ナシにスムーズな変速をこなしながら、よりスポーティーな「race」モードを選択すると、アップシフトの度に背中を押すわずかなショックがより明確に変速されたことを教えてくれるDCTの出来栄えも、アップテンポな走りの快感を増幅させてくれたことに間違いない。
あらゆる部分のフリクションが消え去り、すべてが軽快感に満ちた488ピスタの走りは、間違いなく現代のスーパースポーツカーの中にあってもある種究極の快感を味わわせてくれた。“得意に走れて当たり前”のホームコースということを差し引いても、そんな感想に疑問を挟む余地はなかったのである。
(文=河村康彦/写真=フェラーリ/編集=鈴木真人)
テスト車のデータ
フェラーリ488ピスタ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4605×1975×1206mm
ホイールベース:2650mm
車重:1280kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.9リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:720ps(530kW)/8000rpm
最大トルク:770Nm(78.5kgm)/3000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20/(後)305/30ZR20
燃費:11.5リッター/100km(約8.7km/リッター、NEDCモード)
価格:--万円/テスト車=-- 円
オプション装備:--
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロード&トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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