第554回:歴史は繰り返すのか!?
いま「前から乗り降り」するクルマがアツい
2018.05.18
マッキナ あらモーダ!
ルノーの最新コンセプトのルーツを探る
東京で走り始めた話題の「ジャパンタクシー」を見るたび、「もしイタリアに持ち込んで走らせたら注目を浴びるだろうな。フェンダーミラーもウケそうだし」などと考えてしまう。
そうしたくだらない話はともかく、同車にも採用されているスライドドアは、開口部が大きく、かつ歩道側の障害物に邪魔されにくい。大変実用的なアイデアだ。
今回はドアの話をしよう。
「クルマの乗降は、なにも側面からだけではない」と思い出させてくれたのは、2018年3月のジュネーブモーターショーでルノーが展示した「EZ-GOコンセプト」である。レベル4の自動運転を想定したシェア用モビリティーで、フロント部がルーフとともに大きく開く。ベビーカーや車いすの乗降性を考えに入れたものだ。2018年4月の北京モーターショーのルノーブースにもやってきていた。
厳密には前から乗降するわけではないが、その前段階の一例といえるのは、フランスで1947年に考案された「アラマニー」である。ゴルディーニの創始者、アメデー・ゴルディーニと働いたこともある技術者、マルセル・アラマニーによるものだ。
意欲的な設計で、モンレリーのサーキットで4000kmの走行試験も実施されたが、結局量産には至らなかった。
フロントから乗り降りしちゃったら? というアイデアを採用したクルマとして、史上最も有名なモデルといえば、イソ/BMWの「イセッタ」(1953年~1962年)や、それを追った「ハインケル・カビーネ」(1956年~1958年)だろう。
旧西ドイツのチュンダップが1957年に生産したマイクロカーは、さらに視覚的に強烈だ。運転席列の乗員は前から、進行方向と逆に座った後部座席の乗員は後ろから乗降する。車名は、ひとりで2つの顔をもつローマ神話の神にちなんで「ヤヌス」と名付けられていた。
フロントが開くのは、マイクロカーだけではない。ベルトーネが1970年のコンセプトカー「ストラトス ゼロ」でも提案している。全高わずか84cm。まともにサイドから乗り降りすることはできないので、やむを得ずフロントウィンドウを跳ね上げる ――厳密には右フロントタイヤの前からまたいで乗るのが、最も楽だが―― ことにしたのはたしかだろう。
「ドア1枚」が許されないのなら……
ハインケルに話を戻そう。2018年3月、ドイツ北西部エッセンで催された恒例のヒストリックカーショー「テヒノクラシカ・エッセン」で、ハインケルの愛好会で広報担当をしているアンドレアス氏と話をすることができた。
当時、開発陣が前部ドアを選択した理由は?
彼によると小さなモノコックボディーであるため、「当然のことながら開口部が少ないほうが強度を維持できることがありました」と説明する。「同時にコストダウンも図れたのです」。たしかにドアが1枚減れば、部品点数だけでなく、工数も削減できる。
アンドレアス氏はもうひとつ、ドアに関して面白い話を披露してくれた。「当時、西ドイツの保安基準には、『自動車は事故時の脱出を想定し、扉は2枚以上備えていなければならない』という規定がありました」。そこでイセッタやハインケルは、キャンバストップをもう1枚のドアとすることで基準を通過させたのです」
ちなみにキャンバストップには、もうひとつの効果も計算されていたのは想像に難くない。どちらのクルマもエンジンは水冷に比べてやかましい空冷である。開口部を作ることで、楽器でいうサウンドホールの役目も担っていたはずだ。
ジンクスを打ち破れ!
ダイムラーの「スマート・フォーツー」は、その全長の短さから、ヨーロッパでは路上駐車する際、道路の進行方向に対して直角に駐車されているのをよく見る。スマートこそフロントにドアがあって乗り降りできたらよかったのではないか? とも思えてくる。
それはさておき、前述のルノーEZ-GOコンセプトより先に、前部ドアをもつクルマが復活するかもしれない。
「ミクロリーノ」という電気自動車(EV)だ。スイス企業がイタリアのイモラで製作するもので、2017年のジュネーブショーでプロトタイプが公開されると、たちまち「21世紀版イセッタ登場?」と欧州メディアが騒ぎ立てた。2018年3月の同じジュネーブには、いよいよ生産型が展示された。
少々気になるのは、前部にドアをもつクルマは歴史的に見て「衆目を集めて人々の記憶には鮮烈に残るものの、歴史的に大大大ヒットに結びついたモデルは見当たらない」ということだ。
EVになってパワートレインのレイアウトがより自由になり、自動運転やシェアリング化が進んでより乗降性が重視されるようになることで、古いジンクスが破られればあっぱれなのだが。
ちょっと心配なあの装備
しかしながら、「前開きドアのクルマの乗降には気をつけなければいけないな」とボクが今から心配しているモノがある。ずばり「けん引用フック」だ。ヨーロッパではトレーラー式キャンピングカー用のほか、ワイン造りを楽しむ人にとっては樽(たる)を載せるトレーラーを、また乗馬を嗜(たしな)む人にとっては馬匹運搬車をつなぐためのものである。
欧州都市で縦列駐車されたクルマの間を歩いて通過しようとすると、ついこのフックを見落として、すねを強打してしまう。その位置は、まさに“弁慶の泣きどころ”のあたりだ。
わが女房などはパリでそれを実際にやってしまい、意味不明な悲鳴をセーヌ左岸の閑静な住宅街に響かせた。それでも怒りが収まらなかったらしい。ボクにワケわからん“とばっちり”が飛んできた。
わが家にキャンピングカーや乗馬の趣味があれば、お互いさまということで、もう少し丸く収まったかもしれないが。
とにかく、前開きドアからカッコよく降り立った直後に、前のクルマのけん引フックを見落としてコケるのだけは御免である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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