第507回:ここがイノベーションの最前線
Movin’Onの会場から未来のモビリティーを思う
2018.06.15
エディターから一言
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技術革新は、本当にモビリティーを豊かにするのだろうか? ミシュランが主催する、持続可能な未来をテーマにした複合イベント「Movin’On」。各界のリーダーによる討論や、新しいビジネスの創造を目指すベンチャーへの取材を通し、モビリティーの将来について考えた。
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未来のモビリティーを模索する“グローバルサミット”
宿泊しているホテルからバスで揺られること30分。Movin’On 2018の会場である運河沿いのアートギャラリーを見た記者の第一印象は、「ライブ会場みたいだな」というものだった。「環境系のイベント」と聞いて想像するような、義務感と正義感に満ちた排他的な雰囲気はない。参加者は皆笑顔というか、ちょっと大げさに言うと、ワクワクした面持ちで荷物検査の列に並んでいた。
Movin’Onとは、環境や未来のモビリティーを題材にした複合イベント、事前資料にあった言葉を借りると“グローバルサミット”である。会場となったのは、開催初年度の2017年と同じく、カナダのモントリオールだ。C40(世界大都市気候先導グループ)に加盟する、環境に関する取り組みに積極的な都市のひとつで……などと説明するより、webCGの読者におかれては「ジル・ビルヌーブ・サーキットがある都市」と言った方が通じやすいかもしれない。
各所に書かれた「MOVIN’ON par Michelin」という文字からも分かるとおり、主催はフランスのタイヤメーカー、ミシュランである。そもそもMovin’Onは、1998年から行われてきた「チャレンジ・ビバンダム」の後継として位置づけられているイベントなのだ。
ただ、ミシュランのイベントであれば必ずいるはずの彼……“ミシュランマン”こと、ビバンダム氏の姿が見当たらない。また、会場のそこここにミシュランの青や黄色ののぼりが立てられているわけでもない。
ビバンダムの“不在”に感じるミシュランの社風
通常、こうしたイベントでは主催者の色が濃く表に現れるものなのだが、Movin’On でのミシュランは実に控えめだった。1日目こそ基調講演にジャンドミニク・スナールCEOが登場したり、タイヤのリサイクルやバイオ素材に関するプレスカンファレンスを行ったりと存在感を示していたが、2日目はほとんど裏役に徹していた印象。何も知らない参加者がいたとしたら、主催者が誰なのか分からなかったかもしれない。
アテンドしてくれたミシュランのスタッフによると、主催者が控えめなのはイベントの特質によるものなのだとか。そもそもMovin’Onの趣旨は「今日の私たちを取り囲むさまざまな問題を打破し、持続可能なモビリティーを創出するために、皆で知恵を出し合おう」というもの。ミシュランは、そのための音頭をとり、場所を提供する“ホスト役”を自負しているのだ。
自動車黎明(れいめい)期には、(タイヤメーカーなのに)道路標識を作って設置したり、修理工場やガソリンスタンド、宿泊施設などを紹介する「ミシュランガイド」を無料で配布したりして、フランスにモビリティーを根付かせていったミシュラン。Movin’Onの会場からは、そうしたエピソードにも表れている貢献の精神……というより、ちょっと“気のいい”社風が感じられた。
30年後にタイヤの100%リサイクルを目指す
もちろん、Movin’Onがミシュランにとって益のないイベントというわけではない。なにせ、前回は世界31カ国から4000人以上の参加者が集ったというのだ(後日発表されたリリースだと、今回は60カ国から5000人以上が参加したという)。モビリティー関連の技術やサービスにアンテナを張った人がこれだけ集まるのだから、自らの考えをアピールする舞台として、これほど適した場はないだろう。事実、前回のイベントでは“リサイクル素材を使用したリサイクル可能なタイヤ”こと「ビジョナリーコンセプト」を発表し、大いに注目を集めていた。
今回のプレスカンファレンスでは、そうした“モノ”のお披露目こそなかったものの、持続可能なモビリティーにまつわるタイヤメーカーならではの目標が示された。2048年までに自社製タイヤの100%リサイクルを実現すること、タイヤの原材料の80%を、バイオ素材やリサイクル素材といった“持続可能な”物質とすることが表明されたのだ。
この目標へ向けた取り組みはすでに始まっており、2017年には、使用済みタイヤから再利用可能なゴム粉末を取り出す技術を持つ米リーハイテクノロジーズ社を買収。また今回のプレカンでは、他社と共同で2020年までにバイオエラストマー(自然由来の原材料を用いたゴム弾性素材)を開発する計画についても発表された。
Movin’Onの開催直前には、日本のブリヂストンも既存のゴム素材とは一線を画す耐久性を備えた「ハイストレングスラバー」を、2020年代に実用化すると発表している。こうした新素材が使用されるようになったら、タイヤはどんな風に変化するのか? あと10年もしたら、タイヤの性能や形、使われ方は、今とは全然違うものになっているのかもしれない。
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講演を聴くだけのイベントではない
壮大なタイヤの未来からMovin’Onの会場に話を戻すと、先の“グローバルサミット”という言葉にも表れている通り、このイベントでは世界中の政財界や国際機関からリーダーが集い、COP21や脱炭素化、緑化ビジネスなどといったテーマのもとに幅広い議論が行われる。
例えば登壇者の肩書を見ると、ホンダや日産、BMWなど、私たちにとってもおなじみの自動車メーカーの関係者がチラホラ。また、日本からは環境省参与の梶原成元氏がトークセッションに登場し、日本が推し進める水素社会の可能性を力説。貯蔵が可能であることや、身近にあるさまざまな素材から生成できることなど、エネルギーをやりとりする“通貨”としての水素の有用性をアピールしていた。
こうした話を一度に聞けるというだけでも貴重な機会といえるのだが、一般参加者サイドにとっても、Movin’Onは受動的に学ぶだけのイベントではない。例えば、参加者はみな「klik」と呼ばれるアプリを介してコミュニケーションが可能で、自分が興味を持つ分野に精通した人を見つけては「ディスカッションしませんか?」とSNSで声を(文字を?)かけ、ミーティングスペースで意見を交わすことができる。また、その名も「VILLAGE START-UP」と銘打たれたスタートアップの展示エリアでも、展示者と彼らのアイデアに興味を持った人との間で、盛んなディスカッションが行われていた。
彼らにとってMovin’Onは、能動的な意見交換や情報発信の場所であり、ビジネスチャンスの宝庫でもあるのだ。そして主催者であるミシュランにとっても、彼らの意見やアイデアに身近に触れられることは、モビリティーの未来を見通すうえで非常に有意義なことなのだろう。
ただ、2日間にわたり会場を散策してまわった記者にとって、Movin’Onで見られた光景は、必ずしもモビリティーの伸長を予感させるものばかりではなかった。
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遠隔操作ロボットが示す未来
プレスルームから試乗エリアへと移動していたときのこと、記者は他のイベント取材では見かけたことのない、面白い光景に出くわした。棒の先にモニターをくっ付けたロボットが、“付き添い”のスタッフを連れて会場を闊歩(かっぽ)しているのだ。実はこれ、遠隔地の人がイベントに参加するために使っている“ストリーミングロボット”である。これがあれば、実際に会場に足を運ばずとも、展示を見学し、会場の様子を知り、他の参加者とコミュニケーションが取れるというわけだ。これも通信技術の進化のたまもの……などと感心し、そしてはたと考え込んでしまった。
周囲を見渡すと、IT技術を使った新しいサービスが提案され、VRの体験デモンストレーションに人だかりができている。これらの技術が進化し、津々浦々まで普及すれば、世の中はますます便利で効率的なものになるだろう。そうした未来において、モビリティーはどのような役割を担っているのだろうか? というか、その時代の私たちはモビリティーを必要としているのだろうか? 現に先述の遠隔操作ロボットは、会場を訪れないでも疑似的にイベントに参加できる未来を実現している。そこに移動はなく、モビリティーは介在しない。
そもそも、わざわざそんな遠い未来に思いをめぐらす必要もない。今日の自動車業界でさえ、電動化と自動化は自動車という商品のコモディティー化を招き、MaaS(Mobility as a Service)が浸透すれば自家用車の販売は激減するといわれている。技術の進化が私たちの生活に福音をもたらすのは事実かもしれないが、それが必ずしもモビリティーの発展とイコールとは限らない。地球を小さくする技術の進化は、人や社会における移動(=モビリティー)の重要度を下げることにつながるのではないか。
イノベーションはモビリティーの可能性を広げるか
このイベントを通し、技術の進化と新しいビジネスアイデアに触れているミシュランは、記者の懸念をどう受け止めるだろう。次期CEOへの就任が内定しているフロラン・メネゴー氏の見解を伺うべく、ミシュランの関係者に質問を託した。
そして後日、以下のような回答を受け取った。
私は、技術的革新による進化については、脅威よりチャンスの方が大きいと感じています。世界はわれわれが思うよりも複雑です。ひとつの策ですべてが解決されるのではなく、多くの解決策を皆で検討し、融合させることによって進んでいくのではないでしょうか。
今も、私たちは“OR”ではなく“AND”の世界に生きています。それに、これからの未来はただの機械を扱うというよりは、技術の進歩によって、よりインターコネクテッド(相互につながっている)なものになるでしょう。瞬時に運転情報を交換し、互いに配慮しあうような、人に優しい世界です。
そして、多くの人々がつながりを持つことで、自動車にまつわるサービスであれ、航空であれ、より多くのモビリティーへのニーズが生まれると私は考えています。
私は、未来のモビリティーの可能性にとても楽観的です。技術はいつも進化をサポートするものですから。
……依然として記者は100年先のモビリティーに懐疑的だが、それでも自動車メディアの末端で碌(ろく)を食(は)む業界関係者の端くれである。願わくは、自分のネガティブな屁(へ)理屈より、メネゴー氏の前向きな予想が当たってほしい。
そして同時に、彼ならどんな予想をたてるだろうとも思ってしまった。“ミシュランにとって最も古い従業員”であり、およそ120年にわたってモビリティーの遷移を見守ってきた彼の意見を、ぜひ聞いてみたい。
(文と写真=webCG 堀田)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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