第203回:推進します! 「パンダ」の保護活動
2011.07.22 マッキナ あらモーダ!第203回:推進します! 「パンダ」の保護活動!?
初期型「パンダ」発見!
フランス西部で行われた、とある自動車イベントでのことである。草原の仮設駐車場を歩いていると、フランス車たちに紛れて、1台の赤いクルマが置かれていた。初代「フィアット・パンダ」だ。それもジウジアーロによるデザインがもっともよく反映された前期型である。日頃ブガッティやベントレーを目撃しても動じないボクであるが、久しぶりに目にしたそのパンダに関しては、持ち主が羨ましくなった。しかしイベント会場に向かわなければならなかったボクは、後ろ髪を引かれながら、その場を後にした。
数時間後イベントがお開きとなって駐車場に戻ると、例のパンダの脇に人影があるではないか。思わずボクは駆け寄り、「オ、オーナーですか」と詰め寄ってしまった。ボクの表情は、『西部警察』で容疑者を問い詰める渡哲也級に恐かったに違いない。
しかし、エンリクさんというそのオーナーは「このパンダは1984年型です」と、さっそくにこやかに教えてくれた。
テールゲートのバッジを見ると、「Panda34」と記されている。イタリア国内では見かけないバージョンである。
エンリクさんは「『パンダ34』のエンジンは843ccの4気筒、34馬力で、フランスやドイツ、ベネルクスなどを対象にした輸出専用モデルだったんです」と説明してくれた。
後日調べたところによると、空冷2気筒のエントリーモデル「パンダ30」が国外でパワー不足の烙印を押されてしまったため、パンダ誕生2年後の1982年に「フィアット850」のエンジンを搭載して輸出仕様としたのがパンダ34だったという。
室内をのぞいてこれまた感激した。初代・前期型のアイコンであるハンモック型シートは、コンディションがすこぶる良い。面白いのは、後付けの側面衝突対策のサイドインパクトバーが旧オーナー時代に装着されていることだ。リアウィンドウにはそれを示すステッカーが、もはや退色しているものの誇らしげに貼られている。たしかに側面衝突に対して少々頼りないパンダではあるが、こんなアイテムの後付けが存在したとは驚きである。
マスターピースが5万6000円!
近年ヨーロッパで流行中のスイス系エスプレッソコーヒー会社にお勤めという33歳のエンリクさんに、車歴について聞いてみる。
「免許を取って最初に乗ったのは、ルノーの『シュペール5』。そのあとシトロエンの『ヴィザ』を2台乗り継ぎました」
という答えが返ってきた。小さなクルマがお好きとみた。
以前から気になっていたパンダを見つけたのは4年前。前オーナーが路上で「売りたし」にしているところを偶然見つけたのだという。
「価格は500ユーロでした」。円にして約5万6000円である。その値段でジウジアーロのマスターピースが手に入るとは。またまた羨ましくなった。
パンダの魅力についてエンリクさんは語る。
「たとえば同じ大衆車でもシトロエンの『2CV』は、田舎道を走るのは楽しいけど、街中での取り回しは意外に苦労します。それに対してパンダはオールマイティーです」
加えて、今住んでいるリヨンからパリまで(片道約466km)といった長距離を楽々こなすこともチャームポイントという。
イタリアから(ほぼ)絶滅した理由
そのエンリクさん、ボクがイタリア在住だと知ると「本国イタリアなら、初代の初期型パンダは、まだたくさんあるでしょう?」と聞いてきた。それに対してボクは、「この年代のパンダをイタリアで見かけることはもはやまれです」と答えた。
理由はいくつかある。
ひとつは、1997年からたびたびイタリア政府によって実施されてきた低公害車への買い替え奨励金政策である。有鉛ガソリンの販売終了も初代・初期型パンダのスクラップヤード行きを促した。
さらにイタリアでパンダはあくまでも毎日の足である。大半のユーザーにとって趣味の対象ではない。徹底的に使い、ポーンと捨ててゆくものだったのである。たとえ生存していたとしても、内装は物や動物を長年無造作に載せてボロボロになっているのが普通だ。ましてやエンリクさんのような赤いボディはイタリアの強い太陽にさらされまくって、天然マット塗装になっているものが多い。
加えて、住んでいるとわかるのだが、「地元では、その価値に気付くのに時間がかかる」というイタリアのお国柄もパンダ生存率を下げている。
一例を挙げれば、トスカーナで19世紀末、農民が掘り出して暖炉の火かきに使っていた棒が、実は推定紀元前3世紀の重要な彫刻だったという有名な話がある。戦後イタリア車史の1ページを記すに値するパンダも、人々がその偉大さに気づくまでに時間を要するであろうことは容易に想像できる。
そうしたなか、逆に外国で状態の良い初代パンダが、エンリクさんのような人によって大切にされていることはうれしいかぎりだ。まさに“パンダ保護活動”である。
カシオもパンダのごとく
そんなことを考えていると、エンリクさんがパンダの車検証を見せてくれた。
「初回登録は1984年7月17日。ちょうど27年前の今日、このクルマは路上デビューを果たしたんです!」
ボクにつられ、彼のクルマを興味深げに見に来た人たちと一緒に、なにやら突然誕生日パーティームードになった。
「シート倒してみてよ」「(電動でなく手動ポンプ式の)ウィンドウウォッシャー作動させてみて」と、各自エンリクさんに注文する。エンリクさんの目下の夢は、シートをフラットにしての車中泊らしい。
帰り際、彼の腕をちらりと見たら、カシオ製のデジタル時計が巻かれていた。とてもシンプルでタフ。エンリクさんは大満足という。彼のなかで、その時計はパンダとほぼ同じポジションを得ているのに違いない。
加えて、「ささいな故障でも、アフターサービスが万全であったことも感激しました」とも賞賛する。
単純なボクは、思わず自分が褒められたような気になった。
だが同時に、オリジナル国よりも外国での評価が高いこともパンダと同じであることに気づき、「パンダを過小評価するイタリア人を笑えないぜ」と反省した次第である。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。