くすぶり続ける完成検査問題
日産、スバルはなぜ手を染めたのか
2018.08.06
デイリーコラム
製造業への信頼を傷つけた3社の不正問題
2017年の秋から、日本の製造業の“品質”に危機感を抱かせる問題が相次いだ。無資格の従業員が完成車検査をしていた、という不正が相次いで発覚した日産自動車とスバル。そして、公的規格あるいは顧客の仕様を満たさない製品を、製品検査の結果の改ざんやねつ造などによって「仕様を満たしたもの」として出荷していた神戸製鋼所。これらの事件の余波はいまも続いている。
スバルは、2018年4月になって新たな不正が発覚したと発表した。同社群馬製作所の本工場および矢島工場の燃費・排ガスの抜き取り検査で、測定値の改ざんが行われていたことが発覚したのだ。さらに、スバルは6月になって、この排ガス不正で新たな案件が見つかったとして、吉永泰之社長(当時)が会長兼最高経営責任者(CEO)に就く人事案を撤回し、代表権のない会長に退くことを明らかにした。
また7月になって、日産でも排ガス・燃費測定試験で測定値の改ざんが行われていたことが明らかになった。社長が代表権を返上する形で責任を取ったスバルに対して、日産では経営陣に対する処分は行われておらず、また排ガス・燃費測定の不正では発表会見にカルロス・ゴーン会長や西川廣人社長が出席しなかったこともあり、非難の声が相次いだ。
筆者は、これら一連の事件がそのまま製造業の“品質”の危うさを示しているとは見ていない。これらの不正はいずれも30年以上も前から製造現場で常態化していたと見られており、その期間は日本の製造業の黄金期に重なる。その間、これらの不正による品質欠陥は見つかっておらず、リコールも実施されていない。極端にいえば、これらの不正は品質には関係なかったということになる。そこにこそ、今回の問題の本質が凝縮されている。
![]() |
品質管理の現場に見るそれぞれの事情
まず指摘しておきたいのは、今回の一連の不正事件は「不正」という名はついているが、ドイツ・フォルクスワーゲン社の「ディーゼル不正」や、三菱自動車の「燃費不正」、さらには三菱自動車のかつての「リコール隠し」などとは一線を画すべきだということだ。
例えば神戸製鋼所の品質不正問題は、確かに顧客の仕様を満たしていない製品を出荷していたという点だけを見れば問題だが、実際には日本の企業は相当な安全率を見込んで仕様を決めており、通常のコストでこの仕様を満たすことは事実上不可能だった。そのため、強度などで多少ばらつきがあっても、実際に使う上で支障がなければ顧客も製品を受け入れる「特別採用(トクサイ)」という商慣習が認められていた。つまり、必要な品質を見極めたうえでの現実的な対応だったといえなくもない。問題は、「トクサイ」の範囲に入っている製品を、顧客の了解を得ないで、仕様を満たしているかのように出荷してしまっていたことだ。
日産やスバルの現場でも同様である。完成品検査は工場で完成したクルマが保安基準に合致しているかどうかを検査するもので、検査項目は基本的に車検と同じだが、これに各社の独自の検査項目が加わる。本来であれば全数検査するべきものだが、大量生産される自動車では抜き取り検査が許されている。当初、日産やスバルで問題になったのは、この完成品検査を本来の資格を持たない社員が実施していたというものだ。現代の完成品検査はかなり自動化が進み、作業自体は単純化されている。このことが「資格を持たない社員が実施しても大丈夫」という意識を生んでしまったのかもしれない。
![]() |
「風化」と「形骸化」をいかにして防ぐか
筆者は、かつて三菱自動車を経営危機にまで追い込んだ「リコール隠し」を発端とする品質問題を取材したことがある。そこで感じたのは、品質管理という工程は絶えず「形骸化」や「風化」にさらされているということだ。品質で問題が発覚すれば、チェック工程を厳しくする措置が取られる。一度そういう制度ができ上がり、組織の中で時間が経過すると、いつしかその制度ができ上がった経緯は忘れられていく。これが「風化」である。
そして、製造業では常に合理化とコスト削減が要求されるので、いつしか「風化」した制度は「いかに効率的に作業をこなすか」、言い換えれば「手を抜くか」が課題となっていく。これが「形骸化」の段階である。日産やスバルや神戸製鋼所で起こったことは、水が低いところに流れるように、放置しておけばどんな製造業にも起こり得ることなのだ。しかし、こうした「風化」や「形骸化」が進んでいけば、どこかで本当の品質問題に至る段階が来る。
現在はまだ日本の製造業には過去に積み上げた資産があり、すぐに品質問題が発生する状況にはない。しかし、そのまま放置すればどこかで遺産を食いつぶすときが来る。それを防ぐためには、難しいことだが、常に「いまの品質管理体制でいいのか?」を見直し続けることが必要だ。直接の利益につながらない地味な作業だが、これを続けない限り品質管理の「風化」「形骸化」は避けられない。
(文=鶴原吉郎/編集=堀田剛資)
![]() |

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
-
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来 2025.10.3 スズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。
-
フォルクスワーゲンが電気自動車の命名ルールを変更 「ID. 2all」が「ID.ポロ」となる理由 2025.10.2 フォルクスワーゲンが電気自動車(BEV)のニューモデル「ID. 2all」を日本に導入し、その際の車名を「ID.ポロ」に改めると正式にアナウンスした。BEVの車名変更に至った背景と、今後日本に導入されるであろうモデルを予想する。
-
18年の「日産GT-R」はまだひよっこ!? ご長寿のスポーツカーを考える 2025.10.1 2025年夏に最後の一台が工場出荷された「日産GT-R」。モデルライフが18年と聞くと驚くが、実はスポーツカーの世界にはにわかには信じられないほどご長寿のモデルが多数存在している。それらを紹介するとともに、長寿になった理由を検証する。
-
なぜ伝統の名を使うのか? フェラーリの新たな「テスタロッサ」に思うこと 2025.9.29 フェラーリはなぜ、新型のプラグインハイブリッドモデルに、伝説的かつ伝統的な「テスタロッサ」の名前を与えたのか。その背景を、今昔の跳ね馬に詳しいモータージャーナリスト西川 淳が語る。
-
「MSRロードスター12R」が『グランツーリスモ7』に登場! その走りを“リアルドライビングシミュレーター”で体験せよ 2025.9.26 あの「マツダ・ロードスター」のコンプリートカー「MSRロードスター12R」が、リアルドライビングシミュレーター『グランツーリスモ7』に登場! 他業種(?)との積極的な協業により、運転する楽しさとモータースポーツの普及を進める、マツダの最新の取り組みに迫る。
-
NEW
第848回:全国を巡回中のピンクの「ジープ・ラングラー」 茨城県つくば市でその姿を見た
2025.10.3エディターから一言頭上にアヒルを載せたピンクの「ジープ・ラングラー」が全国を巡る「ピンクラングラーキャラバン 見て、走って、体感しよう!」が2025年12月24日まで開催されている。茨城県つくば市のディーラーにやってきたときの模様をリポートする。 -
NEW
ブリヂストンの交通安全啓発イベント「ファミリー交通安全パーク」の会場から
2025.10.3画像・写真ブリヂストンが2025年9月27日、千葉県内のショッピングモールで、交通安全を啓発するイベント「ファミリー交通安全パーク」を開催した。多様な催しでオープン直後からにぎわいをみせた、同イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来
2025.10.3デイリーコラムスズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。 -
NEW
第847回:走りにも妥協なし ミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」を試す
2025.10.3エディターから一言2025年9月に登場したミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」と「クロスクライメート3スポーツ」。本格的なウインターシーズンを前に、ウエット路面や雪道での走行性能を引き上げたという全天候型タイヤの実力をクローズドコースで試した。 -
思考するドライバー 山野哲也の“目”――スバル・クロストレック プレミアムS:HEV EX編
2025.10.2webCG Movies山野哲也が今回試乗したのは「スバル・クロストレック プレミアムS:HEV EX」。ブランド初となるフルハイブリッド搭載モデルの走りを、スバルをよく知るレーシングドライバーはどう評価するのか? -
スズキ・クロスビー ハイブリッドMZ
2025.10.2画像・写真「スズキ・クロスビー」が、デビューから8年を経て大幅改良! 便利で個性的なコンパクトクロスオーバーのパイオニアは、いかなる進化を遂げたのか? 刷新された内外装や、新規採用の機能・装備など、その詳細な姿を写真でリポートする。