第521回:世界屈指の研究施設が日本に!
「ミシュラン太田サイト」にみるミシュランの商品開発の今
2018.08.19
エディターから一言
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世界的なタイヤメーカー、ミシュランが「世界3大R&Dネットワーク」のひとつとして設けている研究拠点「日本ミシュランタイヤ太田サイト(以下、ミシュラン大田サイト)」。群馬県南東部に位置するこの施設では、どのような研究がなされているのか? その内容から、ミシュランの商品開発の“今”を探った。
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世界3大R&Dネットワークのひとつが日本に
『webCG』をご覧の方にとっては、「世界屈指のタイヤメーカー」というのが当然の理解であるはず。けれども例えば、クルマにさしたる興味はなく、免許を持っていないという人々の、特に少なからぬ女性陣の中からは「それって“星付きレストラン”のガイドブックですよね」という答えが返ってきても不思議ではなさそうなのが、今日のミシュランというブランドである。
日本のブリヂストンと共に、「世界のタイヤメーカーの両巨頭」と紹介するにふさわしいフランスのこのメーカーは、当然のように本国に広大なプルービンググラウンド(テストコース)を併設するR&Dセンターを構えている。が、世界に冠たるグローバル企業でもあるこのメーカーが、アメリカはサウスカロライナ州に置かれた拠点と並んで、「世界3大R&Dネットワーク」と呼ばれるもののひとつを日本に置いていることを知る人は、意外に少ないのではないだろうか。
「ジャーナリストを招き入れたことは、まだ数えるほどしかない」という日本のR&Dセンターを、このほど幸運にも取材することができた。訪れたのは、群馬県南東部に位置する人口約22万人の太田市。その郊外にある、「ミシュラン太田サイト」と呼ばれる拠点である。ちなみに、訪問した8月某日は、まさに気温が体温を上回る猛暑日。実はスバルの城下町としても知られるこの地は、日本きっての灼熱(しゃくねつ)の街である埼玉県熊谷市の隣というロケーションなのだ。
この土地に研究施設がある理由
ところで、フランスのタイヤメーカーであるミシュランがなぜ、日本オフィスが位置する東京からも離れたこの地にR&Dセンターを構えているのか? その問いに答えるためには、日本におけるミシュランと、ミシュラン太田サイトがあるこの土地の歴史に触れる必要がある。
実はこの地は、その後の合併で1968年に岡本理研ゴム、1985年には今日の社名であるオカモトへと改称された化成品メーカー、日本理研ゴム(当時)が1964年に設立したタイヤ工場の跡地なのである。浜松町と羽田空港を結ぶ東京モノレールへのラジアルタイヤ納入で1964年に日本市場へ進出を果たしたミシュランは、その後日本の自動車メーカーへのOEタイヤ納入や、日本で初めてのスタッドレスタイヤ発売などで業務を拡大しつつ、1989年に前出のオカモトとの合弁会社、ミシュランオカモトタイヤを設立。その後、オカモトからの株式譲渡を受けて2000年に合弁事業が解消されてからも、日本で唯一の生産拠点として、この工場ではミシュランの乗用車用タイヤが生産されていたのである。
ところが、他国の生産拠点に対する高コスト体質の改善が図れなかったところに“リーマンショック”をきっかけとした経済危機が重なり、2010年7月にこの地でのタイヤ生産を終了。以後、工場としての機能を終えた現在でも、世界的に重要なR&Dセンターとしての役割は継続されているということなのである。
増しつつあるミシュラン太田サイトの重要性
それでは、フランスに巨大なR&D設備を備えるミシュランが、日本のセンターで一体“何”の研究開発を行っているのか?
すでに明らかにされている代表例は、「X-ICE」の商品名で知られる乗用車やSUV、ライトトラック用のスタッドレスタイヤの研究と開発だ。積雪地帯が多く、しかも比較的高い日中の気温で溶けた積雪が、夜間になると再び凍結するという状況が見られる日本の雪道では、高速走行時の安定性やスノー性能が重視される欧米向けの冬タイヤでは歯が立たず、氷上性能を高めた専用のスタッドレスタイヤが不可欠というのは、昨今ではよく知られている事柄だ。そんな日本特有の環境に対応するためには、やはりその地で作り込んでいくことが一番。結果として、太田のR&Dセンターと北海道・士別のテストコースが、X-ICEシリーズの“生まれ故郷”となったのだ。
一方、2018年7月に行われた「新プレミアム・コンフォートタイヤ」と銘打った「プライマシー4」の日本発売とタイミングを合わせてアピールされるようになったのが、静粛性をはじめとしたコンフォート性能の向上にまつわる、ミシュラン太田サイトの高い重要性である。
そもそも、特にウエット性能に代表される機能面では一切の妥協を許さないのがミシュランのタイヤづくりのポリシーである。時にそんな理想主義が過剰に強くなってしまうことは、「専用ホイールを必要とする」などの足かせから、ライバルを凌ぐ機能性は評価されつつも、商品としては成功しなかった「TRX」や「PAX」などの例にも見ることができるだろう。一方で、日本を筆頭としたアジア市場からの要求は強いにもかかわらず、ミシュランの対応が後手に回っていたのが“静かなタイヤ”だ。「走れば音がするのは当たり前」と欧米市場では半ばそのように評価され、かの地での重要度がさほど高くなかったからだ。
しかし、そうした市場での価値観も時代と共に変わりつつある。いうなれば、欧米のR&Dでは手薄だった分野の性能向上で主導権を握るのが、ミシュラン太田サイトというわけだ。
変わりつつあるミシュランの開発姿勢
今回の技術勉強会ではプライマシー4に採用された静粛性向上技術にスポットライトが当てられ、「世界3大R&D拠点の中にあっても、ここにしか存在しない」という、最新で固有の設備、半無響室を実際に見学することができた。
ちなみに、ミシュランが日本市場を意識して初の“低騒音パターン”を採用したタイヤ「MXGS」を開発したのは1990年代。高速走行時のウエット性能とロングライフ性能にフォーカスした当時の欧州向けタイヤでは、日本の自動車メーカーの承認が得られず、日本特化型の商品として生み出されたのがこのモデルであった。
その後、低騒音はもちろん低転がり抵抗性能も重視するアジア市場への戦略商品として、2003年には「MXV8」を発売。さらにラグジュアリーカーへの純正装着を目指して先行開発からスタートした「プライマシーLC」を2009年に、世界基準を満たすトータルパフォーマンスに優れた「プライマシー3」を2013年に発売している。ミシュランにとってミシュラン太田サイトの役割の重要度は、時と共に増しているのだ。
そうしたテーマに基づいて見学を行った半無響室は、先ほども述べた通り、世界のR&Dセンターの中にあっても「ここにしか存在しない」というものだ。特殊な吸音材に囲まれた部屋は、実際の路面からの反射の影響を踏まえ、床面だけはあえて無響化されていない(それゆえに“半無響”)。また室内に備えられた、車外のタイヤノイズを精密に測定するための設備の多くは、「自作のワンオフもの」というから驚きだ。
ユニフォーミティー(均一性)の高さに代表される精度の高いタイヤづくりで定評がある一方、自身の高い理想を追求するあまり、「なかなかこちらの言う事を聞いてくれない」などと、日本の自動車メーカー開発担当者から嘆き節(?)も度々聞こえてきていたミシュラン。しかし今回の技術勉強会では、世界で6000人という開発部隊の中にあって300人が働く日本の技術開発拠点が、想像以上に重要な役割を果たしていたといううれしい事実と共に、これまでは厚いベールに隠されていたこのブランドの、「好ましい方向へと変わりつつある開発のベクトル」を少しだけ垣間見たようにも思えたのである。
(文=河村康彦/写真=ミシュラン/編集=堀田剛資)
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河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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