第522回:コンチネンタルタイヤの新製品に見る
複雑で奥深いスタッドレスタイヤ開発の裏側
2018.08.22
エディターから一言
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コンチネンタルタイヤ・ジャパンは、スタッドレスタイヤ「バイキングコンタクト」シリーズの最新モデルを2018年9月に発売する。この発表に合わせて、商品詳細についてメディア向けの勉強会が開催された。同社の営業部長を務める高橋徹雄氏が教えてくれたスタッドレスタイヤの奥深い世界とは?
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キーワードは“欧州生まれ”
冬のドライブの強い味方となるスタッドレスタイヤは、シーズン前にユーザーへの訴求を図るため、夏に新商品を発表するのが一般的だ。今回、コンチネンタルタイヤからも、9月発売予定の「バイキングコンタクト7(以下、VC7)」がお披露目された。この新商品の特徴は、シリーズ初の左右対称パターンと新開発のコンパウンドにより、スタッドレスタイヤに求められる氷上性能を強化しただけでなく、ドライ路面も含め、冬場に遭遇するさまざまな走行環境下での安全で快適なドライブを可能にする、オールマイティー性を強化したことだ。特に左右対称パターンは回転方向を固定することで排水性を高め、シャーベット路面を含むウエット路面での走行性能を高めているのがポイントである。
もうひとつのポイントは“欧州生まれ”であることだ。国内メーカー、海外メーカーを問わず、日本で販売されるスタッドレスタイヤの多くは日本で開発されている。これに対してVC7は、欧州で開発・生産される生粋の輸入タイヤで、日本以外の地域でも販売される世界共通スペックとなっている。
そもそも、南北に長い日本列島では、ひとえに降雪地といっても場所によって環境が異なる。冬タイヤに求められる要件は多種多様でハードルが高く、海外メーカーでも日本に研究開発拠点を置くところが多い。それが理由で、海外開発のVC7の性能を疑う向きもいるかもしれないが、単に欧州のものを日本に持ち込んだだけと考えるのは早合点だ。このバイキングコンタクトシリーズは、日本市場のニーズにも焦点が当てられているからだ。開発はスカンジナビアやアルプスのテストコースで行うものの、北海道の公道や交通科学研究所の士別試験場など、日本での検証もしっかりと行っているという。
実は非常にニッチな商品
そもそもスタッドレスタイヤは特殊な商品で、意外なことに市場規模はかなり小さい。例えばコンチネンタルタイヤは、スカンジナビアの一部、ロシア、中国、北米の一部、そして日本という地域のみでスタッドレスタイヤを販売し、なんと本国ドイツでも扱っていない。欧州では高速走行までカバーできる、ヨーロピアンウインタータイヤとオールシーズンタイヤが主役なのだ。先に挙げた地域とは気温も雪の質も異なる欧州では、冬でも高速移動を含めたオールマイティーな性能が要求される。このため、コンパウンドこそ冬用のものを採用しているウインタータイヤでも、ドライ性能やウエット性能については夏タイヤに近いものに仕上げられている。速度レンジも新車装着のモノより1ランクほどしか落とさないという点からも、その使われ方が夏タイヤと同等であることがうかがえるだろう。
一方、昼夜の気温差などで再凍結し、ツルツルになった路面と遭遇する機会もある日本では、氷上性能を強化したスタッドレスタイヤが重宝される。日本の交通の速度レンジは低いため、スクエアなショルダーデザインとソフトなコンパウンドで接地面積を稼ぎ、前後の方向にエッジの利くタイヤパターンを採用する。これにより前後方向の氷上ブレーキ性能を強化しているのだ。イメージとしては、ブラシのようにタイヤ表面を動かすことで、氷を引っかいていると思ってもらえればいい。ただソフトなコンパウンドは、スタッドレスタイヤ特有の腰砕けな走りを生む要因ともなる。このためにブロック剛性を高めようと、タイヤの横溝は小さくされる傾向にあるという。
欧州と日本のいいとこ取り
コンチネンタルタイヤのバイキングコンタクト7は、欧州でのウインタータイヤと日本のスタッドレスタイヤの考え方をミックスさせ、氷上性能とウエット性能、高速走行性能という、相反する性能を併せ持った商品となっている。
このコンセプトは、1995年に日本に初導入したコンチネンタルタイヤ初のスタッドレスタイヤ「アイスコンタクト」から受け継がれるものだ。ただ、当初は欧州ウインタータイヤのような安定したドライ路面での走りは好評だったものの、氷上性能はイマイチという評価を下されてしまった。しかし、コンチネンタルタイヤの技術者は単に日本の環境に適したスタッドレスタイヤを開発することをよしとせず、独自の冬場のオールラウンド性を諦めることなく、氷上性能を磨き上げることで、高速走行まで加味したオールマイティーなスタッドレスタイヤへと進化させた。ここが欧州生まれのスタッドレスタイヤならではの個性となっている。
また、氷上で効果を発揮するタイヤブロックのエッジも、国産タイヤが前後方向を強化しているのに対し、VC7では、全方位にエッジが利くようになっており、スピンに強いとされる。これは欧州系のスタッドレスタイヤに共通する特徴で、冬タイヤに対する日本と欧州との考え方の違いを示している。この点については、高橋氏も「乗ってみれば、一目瞭然だ」と強い自信をうかがわせた。
冬タイヤを取り巻く環境も変わりつつある
筆者も職業柄、クルマにスタッドレスタイヤを履かせて降雪地に出向くことがしばしばある。しかし、冬場でも基本は雪のない都市部の移動が主だ。コンチネンタルタイヤの提案する「オールラウンドなスタッドレスタイヤ」には、かなりの魅力を感じる。
気になるのはやはり価格だ。“オープン価格”ゆえコンチネンタルタイヤ・ジャパンは詳細を明らかにしていないが、VC7は同社のスタッドレスタイヤのフラッグシップとなるため、決して安価とはいえないようだ。VC7の生産はドイツやスロバキアを含む欧州のみとなる。VC7には高いレベルの金型と製造技術が求められるので、欧州生産がマストなのだ。ただ、従来型となるVC6は中国生産が開始され、日本にも一部が導入されるというから、将来的には他メーカーと同様、消費地に近い製造工場から出荷することでコスト低減を図る可能性もあるようだ。また開発に関しても、新たに日本で設備投資を行うことより、欧州に拠点を集約させることで無用なコストアップを抑制している節がある。日本では後発となるコンチネンタルタイヤの、現実的な戦略といえるだろう。
日本独自の進化を遂げたスタッドレスタイヤは、初心者からベテランまで幅広い層のドライバーをカバーし、ストップ&ゴーの多い道路事情を加味した安全性重視の設計となっている。一方で、その性能が降雪地以外のユーザーにとって “宝の持ち腐れ”となっている場合もある。グッドイヤーのオールシーズンタイヤが販売を伸ばしている背景には、そうした理由もあるのだろう。高橋氏も、「道路環境整備の進んだ日本では、ユーザーによっては降雪地でも欧州ウインタータイヤやオールシーズンタイヤを選んだ方がメリットがある場合も考えられる」と指摘する。日本の冬タイヤ事情も、少しずつ変化しているのだ。
(文=大音安弘/写真=大音安弘、コンチネンタルタイヤ/編集=堀田剛資)
