第572回:ブランド初のSUV「カリナン」を最後に電撃移籍!
ロールス・ロイスのデザイントップが中国の紅旗に
2018.09.21
マッキナ あらモーダ!
西の王者から東の王者へ
中国第一汽車集団(FAW)といえば、中国屈指の自動車メーカーであり、トヨタ、マツダそしてフォルクスワーゲンとの合弁でも知られている。
そのFAWが2018年9月11日、世界のカーデザインウオッチャーにとって驚くべきニュースを発表した。
ロールス・ロイス(RR)のデザインダイレクターであったジャイルズ・テイラー氏を、グローバルデザイン副社長兼チーフクリエイティブオフィサー(CCO)として抜てきしたのだ。
テイラー氏は1992年に英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業。同年にPSAプジョー・シトロエンにエクステリアデザイナーとして入社し、シトロエンの「クサラ」と「C3」のプロジェクトに携わった。
その後に移ったジャガーでは、現行「XJ」や「XK」を手がけた。
2011年には14年間勤務したジャガーを去ってRRに移籍。エクステリアデザイン統括となる。2012年からはデザインダイレクターに就任し、「ドーン」「ファントムVIII」のデザイン開発を主導した。最新作は2018年の「カリナン」であったが、去る6月に突如退職した。
テイラー氏の新たな活動拠点は、FAWがミュンヘンに新設するデザインセンターだ。そこでは、FAWの統一デザインストラテジーに携わるとともに、FAWの最高級車ブランドである紅旗のデザインを担当するという。
中国メーカーによる欧州のトップデザイナー採用例は、元アウディのヴォルフガング・エッガー氏を引き抜いたBYDなど、数々の前例がある。しかしテイラー氏の場合、洋の東西を代表する歴史的プレステージカーブランドを渡り歩くことになった。
カリナン発表の直後に
筆者がテイラー氏と最後に会ったのは2018年5月25日、イタリア北部コモで開催されたコンコルソ・ヴィラ・デステの会場だった。
BMWグループが後援するそのイベントの前夜祭で、テイラー氏は話題の最新モデル、カリナンを公開した。RR史上初のオールテレインラグジュアリーである。
テイラー氏らは「スコットランドの山岳からサウジアラビアの砂漠まで」という表現でその走破性をうたった。同時にコンチネンタルツアラー時代の歴史を背景にしたのであろう、「ラゲッジ無しのRRの旅は考えられない」と定義。余裕ある後部スペースを強調した。“砂漠のロールス・ロイス”とは、かつて「レンジローバー」に与えられた枕詞(まくらことば)であるが、今や本家がそれを造るようになったわけだ。
その前月に北京ショーでメルセデス・ベンツが公開した「ビジョン・メルセデス・マイバッハ・アルティメット ラグジュアリー」は、ささやかながら3ボックス形状を主張していた。それに対し、カリナンは2ボックス形状である。
筆者が遠回しに「コンペティターは3ボックスを選択していましたが」と切り出すと、テイラー氏は笑みを浮かべて「マイバッハでしょう?」と答えた。彼によるとカリナンはSUVではなく「ハイボディーカー」であり、「ハイボディーに3ボックスは奇妙」と自説を披露した。
カリナンはマイバッハのコンセプトモデルの2倍以上あるような分厚いCピラーが与えられ、クオーターウィンドウの後端が太いクロームで飾られている。これらは、2ボックスでありながら3ボックスの重厚感を実現する演出に違いないと筆者は考える。
そのような会話を交わした日からわずか1週間半後、テイラー氏は7年在籍したRRを去った。ヴィラ・デステでのカリナンの披露は、彼のRR生活において最後の晴れ舞台だったわけだ。友人だったら「水くさいなあ」と言いたいところだが、先方はひと言ひと言に責任をもつ役員待遇のデザイナーだったのから致し方ない。
“模倣ブランド”で試される手腕
これからテイラー氏が携わることになる紅旗に話を移そう。その歴史に関しては、“日本人ジャーナリスト随一の紅旗ファン”を自称する筆者による本連載第295回に詳しい。
中国が胡 錦濤主席時代であった2009年、FAWが建国60周年式典用に製作した「紅旗HQE」や、2012年の「L9リムジン」は、明らかにRRの「ファントムVII」を意識したものであった。
ファントムVIIが登場したのは2003年だから、テイラー氏にとってはRR移籍前のプロダクトである。しかしながら先日まで自ら在籍していたブランドに執拗(しつよう)に追っていたメーカーのデザイン方向性を定めるのは、決して容易なことでないだろう。
いっぽうで紅旗は前述のマイバッハと同じ2018年4月の北京ショーで、ラグジュアリークーペ「E境(Jing)GTコンセプト」を公開した(本稿第552回参照)。
第2次大戦後に創立されて以来、常に政府要人の公用車であった紅旗ブランドとしては、異色のパーソナルカー作品だった。
このようにさまざまな可能性を探りはじめた中国最古の高級車ブランドを、テイラー氏はどう変えてゆくのか。2019年の上海ショーで最初の成果が見られることを期待したい。
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次期センチュリーは外国人に?
大物デザイナーのスカウトを実現したFAWだが、日本を振り返ると、これまで外国人デザイナーが根付きにくかったのが事実である。
まずは現在ダイムラーでアドバンスドデザインプロジェクトのダイレクターとして活躍するオリビエ・ブーレイ氏。彼の富士重工業における在籍期間は1989年から3年だ。三菱時代も最後は提携解消に伴うものだったとはいえ、こちらも3年4カ月にとどまっている。
フィアット時代に「バルケッタ」を手がけたアンドレアス・ザパティナス氏は2002年から富士重工業でデザインチームを率いたが、2007年には早くもフリーのコンサルタントとして再出発している。
現在ルノーでデザインチームを率いるローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏のマツダ在籍も3年弱だった。
複数の日本側関係者から聞くところによると、外国人デザインダイレクターとの共同作業は決して簡単なものではないという。
またこちらも名前はあえて伏せるが、かつて日本企業でデザインダイレクターとして働いていたある人物は現役時代、開発現場についてこう吐露した。「プレゼンテーションのときは黙って聞いていて後から反対されるのは、まったくもって理解に苦しむ」。
いっぽうで韓国の現代(ヒュンダイ)に共同社長として抜てきされたペーター・シュライヤーがアウディから移籍したのは2006年だから、すでに12年も務めていることになる。その間に両ブランドのデザインは格段に向上し、世界各国で評価を高めた。
どうも外国人デザインダイレクターとの“親和性”という点で、日本はまだ遅れているようだ。
今回テイラー氏が移籍したFAWが造る紅旗は、中国の国家首脳が乗る最高級車である。例えれば「トヨタ・センチュリー」のデザインを外国人がディレクションするようなものである。
日本の自動車メーカーも、デザインは企業価値の一部であることを認識してほしい。
幹部に登用する勇気がなかったら? まずは米国のアートセンター・カレッジ・オブ・デザインあたりで、トヨタは次期センチュリー、日産は「未来の『日産プリンス ロイヤル』」といった課題で、企業主催の学生デザインコンペをしたら面白いかもと空想する筆者である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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