第295回:伝説の中国車「紅旗」が新世代に突入!
お金があっても買えないクルマ!?
2013.05.10
マッキナ あらモーダ!
人民服は、もういない
中国・上海を歩く人々のファッションは、訪れるたびに洗練されていくのがわかる。YMO世代のボクは今でも中国というと、悲しいかな真っ先に人民服を想像してしまう。だが、今や上海でそれを着用しているのは「懐かしい姿で写真を撮ろう!」と叫びながら記念写真館の前で呼び込みをしているお姉さんだけである。
路上のクルマもしかりだ。昔の中国車など皆無である。
第294回の動画編をご覧いただければわかるように、今日この街の路上は、主に上海汽車(上汽)系の合弁会社である上海通用(上海GM)と上海大衆(上海VW)のクルマ、そして現地生産のドイツブランド車であふれている。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
国の威信を背負ったクルマ
いっぽう、1966年生まれの筆者にとって、子どもの頃「世界の自動車」の類いで親しんだ中国車といえば「紅旗(ホンチー)」である。中国の政府高官、共産党幹部および国賓送迎用に造られた高級車だ。メーカーである第一汽車の資料によると、同社の長春(ちょうしゅん)第一工場で紅旗が誕生したのは、1958年8月のことだ。翌1959年の中華人民共和国建国10周年を控え、式典と技術力の象徴に高級車が必要だったのである。
エンジンは200馬力のV8が搭載されていた。初代「CA72」を設計するにあたり下敷きとなったのは1955年型クライスラーというのが定説だ。だが同時に、同じ社会主義国であったソビエトの高級車「ジル」あたりを参考にした可能性も十分にある。何しろ長春の自動車工場は、ソビエト製のトラック製造が、その始まりだからである。
1カ月後の1959年9月にはパレード用オープンモデル、さらに3座リムジンと、紅旗はそのバリエーションを増やしていった。やがて1965年には、「CA72」系の後継モデルである「CA770」系が誕生する。厳密には「CA770」がリムジン、「CA771」がセダン、「CA770J」がリムジンのオープン仕様だった。1969年には防弾仕様の「CA772」も加わる。
一般的にボクと同じか前後の世代が「紅旗」と聞いて想像するのは、国慶節などで鄧小平をはじめとする中国歴代国家首脳が乗っていた、このCA770系に違いない。
個人的なことで恐縮だが、1989年にボクは日本で紅旗を見たことがある。当時ボクが住んでいた東京郊外の街で、線路際の駐車場に雨ざらしで放置されていたのだ。そこは、手広く商業に携わっていた地元企業の所有だった。ましてやバブル全盛の時代だったことからして、客寄せのため、どこからか中古を手に入れたのだろう。
ある日、その生(?)の紅旗に近づいてみた。時代を超越した武骨な姿ながら、エンジンフード上の赤旗を模したマスコットや、トランクリッドの漢字バッジに、思わず「クール!」と声をあげてしまった。
それからしばらくして、その紅旗はこつぜんと姿を消した。まったく不動だったことからして、エンジンの調子が悪いか何かで展示するタイミングを失ってしまったものと思われる。
「ザ・紅旗」ともいえるCA770系に話を戻すと、メーカーの記録によれば、その後も1984年にランドー型の「CA770TJ」、リムジンの発展型「7560LH」といったバリエーションが造られた。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
今も顧客は政府関係のみ
やがて1992年に 新しい経済システム「社会主義市場経済」が中国に導入されると、紅旗も様変わりしてゆく。1995年にはアウディをベースに、数年後にはリンカーンの「タウンカー」を基にした紅旗が誕生した。
そして2006年7月には、4代目「トヨタ・クラウンマジェスタ」(S180型)をベースにした「HQシリーズ」が登場する。
このHQシリーズは昨2012年に新型である「H7シリーズ」に置き換えられ、中国におけるCセグメントモデルとして今日に至っている。
そうした“外資系”紅旗の傍らで、よりオリジナルに近いモデルの模索も続いていた。その先駆けとなったのは、2009年の建国60周年閲兵用に開発された「HQE」だった。エンジンは自社開発のV12といわれた。最初期モデルを知らない大半の人にとってそのラジエターグリルはパルテノン型を思わせたうえ、サイドのスタイルが「ロールス・ロイス ファンタム」に近似していたたことから、海外では「コピー車」としての報道が先行する結果となってしまった。
代って翌2012年の北京ショーで公開されたリムジン「L9」は、そのHQEの改良型でありながら、フロントやリアに往年のCA770系のイメージをよく再現していた。先日の上海モーターショーではL9とセダン版である「L7」、そしてさらにホイールベースが短い「L5」が展示された。このL5は今回がショー初公開という。紅旗のブースには、伝統的高級ブランドの再来をカメラに収めようと、多くの観客が押し掛けていた。
前述のように、長年にわたる紅旗ファンの筆者である。人波をかき分け、なんとか前方にたどり着き、担当スタッフに質問した。
彼によると、「H7」の価格は30万元(約480万円)からという。
ただし肝心のL系は、「政府関係にのみ納入します」というではないか。そう、昔の紅旗と同じ要人専用車なのである。
わが国の「トヨタ・センチュリーロイヤル」などとともに、いくらお金があっても新車を買えない、今日珍しいクルマということになる。
読者もご存じのとおり、今回の上海モーターショーでは、ランボルギーニ50周年記念の「アヴェンタドール」や、ブガッティの世界最速オープンカーなど、習近平体制の綱紀粛正策もどこ吹く風のような豪華モデルが次々と公開された。
「誰でもお金があれば何でも買える」時代に、その原則から外れたクルマがあってもいい。特にその昔誰にも買えなかった紅旗のトップレンジは、いつまでも「天上車」であってほしいと願うボクである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=第一汽車、Akio Lorenzo OYA、Mari OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第963回:ベスパで家族円満! ローカルイベントをのぞいてみた 2026.5.28 2026年は「ベスパ」の誕生80周年! 地元イタリアでは、各地で記念イベントが催されている。そのひとつである「キャンティ&ヴェルナッチャ100km」を、現地在住の大矢アキオがリポート。イタリアならでは、ベスパならではのファンの交流に触れた。
-
第962回:路上の伏魔殿? イタリア式パーキングチケット発給機のワナ 2026.5.21 ちょっとした駐車に便利な路上パーキング。イタリアでも広範に採用されており、アプリ決済も可能となるなどシステムも進化しているのだが……。イタリア在住の大矢アキオが、かの地のパーキングチケット事情と、日々の移動に潜むささやかなワナ(?)を語る。
-
第961回:海賊エンツォ・フェラーリ 敵に取り囲まれる 2026.5.14 F1における、フェラーリとイギリスのコンストラクターの戦いにフォーカス。「トリノ自動車博物館」でスタートした企画展「ドレイクの敵たち—エンツォ・フェラーリと英国のチーム」を、イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがリポートする。
-
第960回:レクサスは欧州人のマナーを変えた? 「ミラノ・デザインウイーク2026」の自動車ブランド出展から 2026.5.7 イタリア・ミラノで世界的なデザインの祭典「デザインウイーク」が開催された。アウディ、レクサス、ルノー、イタルデザイン……と、自動車関連の出展も数多く見られた会場の様子を、伊在住の大矢アキオがリポート。今回はどんな展示が注目を集めていたのか?
-
第959回:「うすらデカいフィアット」がもたらしてくれたもの 2026.4.30 11年にわたりモデルライフを重ねてきた、フィアットのCセグメント車「ティーポ」が、ついに生産終了に……。知る人ぞ知る一台の終売の報を受け、イタリア在住の大矢アキオが、“ちょっと大きなフィアット”の歴史を振り返り、かつての愛車の思い出を語る。
-
NEW
レクサスES350h(FF/CVT)/ES350e(FWD)/ES500e(4WD)【海外試乗記】
2026.6.3試乗記「レクサスES」がフルモデルチェンジ。シャシーがFFベースというのは歴代モデルと同じだが、新型ではボディーサイズがググッと拡大。「LS」の6輪ミニバンコンセプトが登場したこともあり、今後のレクサスセダンの総代を担うことになる。北米で乗った印象をリポートする。 -
NEW
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感
2026.6.3デイリーコラム「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。 -
NEW
第115回:メイク・アメリカ・グレート・アゲイン!(後編) ―デザインもサイズも規格外! 魅惑のアメリカ車はなぜ“主役”になれないのか?―
2026.6.3カーデザイン曼荼羅トヨタ&ホンダが発表した、米国生産車の日本導入計画。しかしアメリカには、規格外に面白いクルマがまだたくさんあるのだ! カーデザインの識者とともに魅惑の日本“未”導入車を探すとともに、魅力的なアメリカ車が、それでも主役になれない理由を考えた。 -
どうしてピアノブラックの内装材は多用されるのか?
2026.6.2あの多田哲哉のクルマQ&Aよく目にするピアノブラックの内装材は、「キズや脂汚れが目立つ」などネガティブな評価もしばしば。それでも多用されているのはなぜか? 車両開発者の多田哲哉さんに聞いてみた。 -
BSAゴールドスター650(5MT)【レビュー】
2026.6.2試乗記かつて一世を風靡(ふうび)した英国の名門、BSAが復活! 新生第1号モデルである「ゴールドスター650」は、クラシックで優雅なお散歩バイク……と思いきや、ツインカムの大排気量シングルで、ライディングも前のめりに楽しめるマシンに仕上がっていた。 -
レストモッドがイメージ 特別なオニツカタイガーの魅力に迫る
2026.6.1オニツカタイガーの新作ドライビングシューズを知る<AD>オニツカタイガーが、“レストモッド”と呼ばれるクルマのレストア&カスタム手法に着想を得たドライビングシューズを発表。4タイプ製作された、「MEXICO 66 DRIVING」のスペシャルバージョンの魅力に迫る。