第574回:人々の暮らしを支えるメイド・イン・イタリー
ネコよりも3輪トラック「アペ」が目立つ島に潜入!
2018.10.05
マッキナ あらモーダ!
アペが70周年
イタリアの旧市街で写真を撮ると高確率で写り込んでいるクルマといえば、3輪トラック「アペ」である。
スクーター「ベスパ」と同じくピアッジョが、ピサ県ポンテデラの工場で生産している。このご時世にメイド・イン・イタリーだ。
そのアペが誕生したのは、第2次大戦後間もない1948年であった。ベスパの後部に荷台を付けて3輪としたのが始まりである。
2018年は、ちょうど70周年にあたる。今日のラインナップは、原付き免許で乗れる49.8ccの「アペ50」と435ccの「クラシック」、クラシックをベースに後部に客席を付けた「カレッシーノ」の3種類。参考までに希望小売価格は、「アペ50トラック ショートボディー」で税別4798ユーロ(約63万円)である。
“あの島”の本当の姿
ジーリオ島(Isola del Giglio)は、ボクが住むのと同じ中部トスカーナ州の島である。本土からの航行距離は22.5km。フェリーで約1時間の旅だ。
近年この島を最も有名にしたものといえば、2012年に発生した巨大クルーズ船「コスタ・コンコルディア」の転覆事故であろう。しかし、普段の人口はわずか1500人ほどの穏やかな島である。
東京都の父島とほぼ同じ24平方kmに、手付かずの自然が広がる。毎年8月中はクルマがあふれるのを避けるため、5日以上の滞在でなければマイカーでの来島は許されていない。
島に数日いると、同じ人とたびたび再会する。さらに、中華料理店もない島でボクのようなアジア系外国人は目立つのだろう。村の人から「お前、昨日道端で写真撮ってただろ?」などと声をかけられる。
そのジーリオ島、冒頭のピアッジョ・アペが至るところにみられる。島といえば魚、魚といえばネコが名物だが、ここではネコよりもアペのほうが目立つ。
日本人ジャーナリスト随一のアペファンとして、これは捨て置けない。海へ遊びに出るのもそこそこに、村に住むアペオーナーに話を聞くことした。
ロバの代わりに
ジョヴァンニ・ロッシさんは1969年生まれである。島のワイナリー、センティオー!のオーナーだ。
「私の祖先は、島の生き残りだ」。島では16世紀中頃、北アフリカから襲来した海賊によって大虐殺が行われた。彼の系図をさかのぼると、当時のわずかな生存者に行き着くのだという。
島内の教育機関は中学まであるが、高校からは本土に渡って勉強しなければならない。ジョヴァンニさんはフィレンツェの大学を出て一度は公認会計士となった。だが、故郷への思いを断ち難く、島に戻って2009年にワイナリーを創業した。
さて、アペである。これまでジョヴァンニさんには3台の、タバコ店を営む父親には5台のアペ歴があるという。
島の道は細く狭く、曲がりくねっている。日本でいえば広島県の尾道風である。そうした環境でアペは、移動手段として最適なのだと証言する。「島では1980年代までロバが荷物運搬用に使われていた。アペはその代わりとしてぴったりなんだよ」。村には自動車ディーラーはおろか二輪車販売店もない。
「新車でも中古車でも本土で買って、あとは積載車で島までフェリーで運んでもらうんだ」とジョヴァンニさんは教えてくれた。
小林彰太郎氏に異議あり!
ところで、アペの整備はどうしているのか?
「ベスパを直せる腕があれば、大抵のアペは自分で修理できる」のだそうだ。
2018年9月22日に発表されたアペ50の改良型が欧州排出ガス基準ユーロ4を達成しながら、依然として2サイクル&キャブレター仕様を採用しているのは、そうした整備性を考慮したものである。それはピアッジョ社の広報担当者も認めるところだ。
アペが70年も生き延びている背景には、こうしたユーザーフレンドリーな配慮がある。
ふと思い出したのは1990年代前半、自動車雑誌『カーグラフィック』の初代編集長・小林彰太郎氏のもとで部下として働いていたときのことである。
出張中の車内で何度か「もし無人島に1台だけクルマを持っていくことが許されるなら」という話題が飛び出した。
そうしたときに小林氏が選んだのは常に「メルセデス・ベンツEクラス」(W124)だった。今も名作として語り継がれるモデルである。
当時、ボクの実家にも1台、W124があったので、あるゆる面でバランスがとれた素晴らしいクルマであることは承知している。でもヤナセの代わりに、自分でW124を直せる自信はない。
ジョヴァンニさんの話を聞いた今、天国の小林氏には悪いが、ボクだったらW124よりもアペを無人島に持ってゆく。それに何より、海岸に向かって丘を駆け下りるとき、エアコンが効いたクルマよりも、アペで海風を感じながらブンブン走っていったほうが気持ちいいではないか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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