第110回:あの「きぬた歯科」を直撃セリ
2018.11.06 カーマニア人間国宝への道首都高で異彩を放つ謎の看板
私がその看板広告に気付いたのは、数年前のこと。地元の永福ランプから首都高4号下りに乗り入れて間もなく、いやが応でもドカーン! と目に入ってきた。
きぬた歯科
インプラント
JR西八王子駅前
文字の脇には、歯科医らしき男性がニッコリほほ笑んでいる。背景はピンク! ちょうど、インプラントは危険だという説が流れていた(私は1本入れてます)。そんなインプラントを、ピンクの背景とともにニッコリ勧める中年歯科医。
この怪しさは天文学級だ……。
しかも、あまりにも文字数が少なくて、内容がよくわからない。「この歯科医院は、インプラント治療をやってるんだろうな」とは推測できるが、怪しすぎて広告の意図がわからない。なぜこんな怪しい看板を出しているのか、それがサッパリわからない。
あれから数年。きぬた歯科の看板広告は、どんどん増殖を続けている。それも、高速道路上から見える位置に多数!
これはもう、高速道路を頻繁に利用するカーマニアとして黙っていられない。
本人に直撃しよう! きぬた歯科へGO!
こうして私は、JR西八王子駅に降り立ったのだった。
看板は怪しさが大事
清水(以下 清):きぬた院長は、カーライフエッセイストの吉田由美さんと同窓生だとか。
きぬた(以下 き):ええ。出身は栃木県足利市で、学校は違いますが吉田さんとは同期です。私は足利高校。吉田さんは足利女子高で、当時から美人で有名でした。
清:地元では伝説の美少女だったとか。
き:そうです。足利高校の男子はみんな知ってました。でも誰も話しかけられなかった。吉田さん、いまでもあの美しさでしょう? 当時はそりゃあアイドルですよ! 僕なんかもちろん相手にもしてもらえない。でも数年前同窓会で初めてお話しして、「こういうことをやってます」と自己紹介したら、何度か治療に来てくださいました。ついに吉田由美さんと同じ地平に立てました(笑)
清:看板広告の効果は絶大ですね!?
き:マツコ・デラックスさんには、全国放送で「頭がおかしい人かと思ったわ」とか言われましたけどねハハハハハ~。
清:わかる気がします(笑)。あの看板のデザインは、意図してやったんですか?
き:もちろんです。全部私が決めました。
清:ハズキルーペのCMみたいですね。
き:バックのピンクですけど、ピンクは一番インパクト大な色なんです(断言)。女性はピンクが一番好きなんです(超断言)。そして男性はピンクを見るとダイレクトにエロを連想します(ウルトラ断言)。その下に黒。これが一番怪しい組み合わせなんです。
清:きぬた院長の顔が一番怪しい気がしますが……。それにしてもなぜ看板広告を?
看板は時代を映し出す鏡
き:高速道路から見える看板は、看板広告の甲子園だからですよ!
清:甲子園ですか!
き:他の街角の看板とちょっと違って、すごく時代を反映するんです。昔はたばこが全盛で、そのあと消費者金融になりました。「ワールド」がたくさん並べてたでしょう。
清:並べてましたね! あのインパクトもすごかった。
き:後にアパレルのワールドに訴えられて、「ワールドファイナンス」に変えましたけどね。その後主役はIT系、不動産系と変わりましたが、半分くらいは新興企業なんですよ。そこそこ成功したくらいの会社が、高速道路から見える看板広告を出したがるんです。
清:きぬた歯科も?
き:そうです。東京のど真ん中を通る高速道路から見えるところに、特に夜なんかライトに照らされて、ビルの上にドカーンとそびえるわけじゃないですか。血が騒ぐんですよ! 魂が揺さぶられるんです!
清:俺もアレを出したいって!?
き:そうです! 僕は国立大の受験に失敗して、新潟にある私立の歯科大に行ったんです。大きな挫折でした。卒業して、東京の歯科医院に勤務医で入ったんですが、初日に院長さんに言われました。「きぬた君はあんまり都会に行ったことないだろう?」って。実際、東武線に乗って上野に何度か来たことがあった程度でした。
清:東武線ってのがシブイ!
き:で、院長がその日の夜、首都高にドライブに連れてってくれたんですよ。レインボーブリッジを渡った時は、「ここはニューヨークか!?」って思いました。「すげーっ!」って。で、ビルの上には看板広告がずらっと並んでる。俺もいつか出したいな、でも出せないだろうな、って思ったんです。
清:勤務医初日にですか!
き:そうです。高速道路から見える看板広告は、その時代に成り上がった者が載せては消え、載せては消えるんです。春の夜の夢のごとしですね。
清:そ、そんな……(笑)。
(つづく)
(文=清水草一/写真=清水草一、きぬた歯科/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。