ヤマハ・ナイケン(MR/6MT)
確かな存在意義がある 2018.12.01 試乗記 “3輪”でありながら、バンクしながらのスムーズな旋回を実現した「ヤマハ・ナイケン」。バイクならではのスポーティーな走りと、他の二輪車とは一線を画すスタビリティーの両立はどのような技術でかなえられたのか? 独特なライディングフィールとともに報告する。3輪でのスムーズな旋回をかなえる技術
結局のところ、ライディング中の不安はその多くがフロントタイヤに起因する。そこからどれくらい接地感が伝わってくるか。その情報が豊富なら安心して車体に身を任せることができ、そうでなければ恐々と走らざるを得ない。それをあらためて、そして強烈に認識させてくれたのがヤマハのナイケンである。
ナイケンはアルファベットで「NIKEN」と書く。フロントに2輪を備えるその特異な様を武士の二刀流になぞらえ、「二剣(=NIKEN)」と表記されたものが、海外でも発音しやすいナイケンへと変化した。
ナイケンのフロントには、アッカーマン・ジオメトリーに則した設計が採用されている。これ自体は四輪車ではごく一般的なものだ。ステアリングを回した時、内側のタイヤと外側のタイヤがまったく同じ角度で切れるとスムーズに旋回できない。なぜなら、内と外とでは描く軌跡が異なるからだ。それを補正し、旋回円の中心を同じにするためのジオメトリーをイギリスのルドルフ・アッカーマンが馬車用に理論化した。時はクルマもバイクも存在しなかった1818年、実に200年も前のことである。
それがどのような補正かは実車でも試せるが、ラジコンを持っている人なら一目瞭然だ。ステアリングを回すと、内側のタイヤの方が外側より旋回方向に大きく切れているのが見て取れるに違いない。これがアッカーマン・ジオメトリーの基本的な動きである。
バンクする車体を2つの前輪で操舵する
ただし、それをナイケンのような構造の車体にそのまま転用することはできない。ナイケンはクルマとは異なり、車体をバンクさせるからだ。というよりも、ヤマハはステアリング操作ではなく、車体をバンクさせることによって旋回力を発揮する、バイクならではの醍醐味(だいごみ)をナイケンに残しておきたかった。そこで一工夫を凝らしたのだ。
それが「LMW(Leaning Multi Wheel)アッカーマン・ジオメトリー」という独自の技術である。その仕組みを文字で表そうとすると、書く方も読む方も相当の我慢を強いられるため、ウェブの強みを生かして下記動画を見ていただきたい。
■ 2018 Yamaha NIKEN - Technical video two: LMW
いかがだろう? 一般的なアッカーマン・ジオメトリーをバンクする車体に盛り込むと、その角度が深まるに連れて両輪のトーアウトが強まり、どんどんガニ股のような状態なってしまう。それを進行方向に保ち、ナチュラルな旋回性を狙ったリンク構造がLMWアッカーマン・ジオメトリーである。
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環境が悪化するほどに強みを増す
そんなナイケンには「MT-09」と同系の水冷3気筒エンジンが搭載されている。クランクマスを増やすことで低中回転域のフレキシビリティーを引き上げつつ、116psの最高出力はそのまま維持。2段階のトラクションコントロール、3種類のエンジンモード、クイックシフターなどがそれを効率よく路面へ伝える。
二輪車のMT-09と決定的に異なるのは、フロントに1輪追加されたことによる車体の重量差だ。MT-09の193kgに対し、ナイケンは263kgを公称。実に70kgも増しているのである。
ただし、それを感じるのは静的には車体を取り回す時、動的にはフルブレーキングの時で、他のシーンでは驚くほど違和感がない。いざ動き出せば一般的な二輪車となんら変わらず、主にフロントタイヤに乗っかっているはずの70kg分の重みはほとんど意識しなくて済む。
むしろ、その重さと2輪分の接地面積こそが絶大な接地感とスタビリティーにつながっていることが分かる。事実、コーナリングでは最大バンク角の45度に達しても車体はビクともせず、路面に貼りついたかのようにきれいな弧を描く。その時のフィーリングはレールに固定された状態でコーナーへ飛び込んでいくジェットコースターに似ている。
クルリとコンパクトに旋回する特性ではないものの、コーナリングのボトムスピードは明らかにMT-09を上回り、アベレージスピードを引き上げていっても早々には破綻しそうにない。そこに近づいてもフロントより先にリヤが限界を迎え、その後フロントが滑っても片側のタイヤがフォローに回ってスライドを抑制。このセーフティーの高さは、普通の二輪車では得られないものだ。
そういう3輪ゆえの恩恵は、路面コンディションや天候が悪化するほど高まり、特に雨が降った時の安心感は二輪車とは比較にならない。どれほどハイスペックなスーパースポーツを用意しても、どれほど優れた電子デバイスが搭載されていても、ぬれた路面での安定性はナイケンにかなわないと断言できる。
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バイクの楽しさを幅広い人に届けるために
現在、ライダーの平均年齢は世界的に見ても上昇傾向にあり、いわゆるリターンライダーの数も増加しているのが実情だ。ナイケンは純粋にスポーツを楽しめる一方、そうしたライダーのスキルをサポートしてくれる存在でもある。
ヤマハが実に賢明だったのは、あえて四輪車には近づけず、操作に相応のフィジカルを要する二輪車の味を残したことにある。それゆえ、ナイケンにも当然限界はあり、むやみにブレーキングすれば握りゴケし、バンク角が深すぎればスリップダウンもする。なにより3輪だからといって自立するわけではなく、停車する時に足を出さなければ倒れる。
なんでもかんでもサポートしてくれるわけではないが、減速、旋回、加速というライディングプレジャーの基本を、速度域や路面状況に左右されることなく楽しめるように間口を広げてくれているところにナイケンの意義がある。
ひとつ改善を要求するなら、それはトラクションコントロールの精度だ。その介入タイミングが思いのほか遅く、制御にもきめ細やかさが足りない。ヤマハには「YZF-R1M」で培った、優れた電子制御のノウハウがあるはずだ。幅広いライダー、幅広いステージをカバーするナイケンだからこそ、惜しみなく転用してほしい。
とはいえ、二輪車から派生した新しいモビリティーのカタチとして、まずはその登場を歓迎したい。同時に、この技術がさまざまな排気量、さまざまなカテゴリーに及ぶことも期待しながら今後の展開を待ちたい。
(文=伊丹孝裕/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2150×885×1250mm
ホイールベース:1510mm
シート高:820mm
重量:263kg
エンジン:845cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ
最高出力:116ps(85kW)/10000rpm
最大トルク:87Nm(8.9kgm)/8500rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:26.2km/リッター(国土交通省届出値 定地燃費値)/18.1km/リッター(WMTCモード)
価格:178万2000円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。