第184回:XC70でも避けられない恐怖とは……
『ヘレディタリー/継承』
2018.11.29
読んでますカー、観てますカー
登場する女性がみんな怖い顔
事前知識なしに『ヘレディタリー/継承』というタイトルを見て、これがホラー映画だと考える人は少ないだろう。hereditaryとは“遺伝的な”とか “親譲りの”という意味の形容詞で、hereditary diseaseは遺伝病、hereditary propertyは世襲財産である。この映画は、確かに家族がテーマになっている。問題は、何が“継承”されるかだ。どうやら、あまり好ましいものではない。
グラハム家では家長の老母エレンが死去し、葬儀が行われた。家族が悲しみに包まれるのは当然だが、解放されたと感じてもいるようだ。精神的支柱であるとともに、厄介な存在でもあったのだろう。彼女の遺品が収められた箱に「私を憎まないで」というメッセージが残されていたのも変だ。
グラハム家の女性たちはみんな顔が怖い。エレンの死に顔が不気味なのは仕方がないが、その娘のアニー(トニ・コレット)の不機嫌さをたたえた怒りの表情には底知れない恐ろしさを感じる。孫娘のチャーリー(ミリー・シャピロ)は、『エクソシスト』『エスター』と続くホラー系恐怖少女の正統な後継者である。無表情の向こうに悪魔が控えているように見える。実際、死んだ鳥の首をハサミでちょん切ったりするから恐ろしい。
対照的に、男たちは穏健だ。父のスティーブン(ガブリエル・バーン)は落ち着いた風情の思慮深い紳士である。息子のピーター(アレックス・ウォルフ)は神経質なきらいはあるが、どちらかというとコメディー顔だ。
ボルボファンの家族には秘密が
グラハム家の敷地にはクルマが2台止まっている。どちらも「XC70」で、家族そろってボルボファンなのだろうか。アメリカ映画ではボルボは堅実さと合理性を象徴することが多いといわれる。しかし、グラハム家は明るく活動的なアメリカンファミリーとはほど遠い。家全体に不吉な影がさし、誰もが秘密を隠し持っているようなのだ。
アニーはミニチュアのハウス模型を作っている。ファンシーなドールハウスではなく、リアリズムを追求した精巧な作品だ。一応アーティストということになっているが、工作に取り組むことで本人の不安定な精神を落ち着かせる意味もあるのだろう。夫のスティーブンはセラピストで、彼女を注意深く見守っている。夫婦仲は悪いわけではないが、親密で温かな空気は感じられない。
カメラがグラハム家に入っていくと、そこはアニーの作ったミニチュアハウスだったりする。彼女の精神世界が家全体を内包しているように感じられる演出だ。アニーは初めから言動がおかしかった。老母の葬儀では追悼の辞で故人について恨みめいたことを話していたし、ピーターにはあからさまに攻撃的な言葉をぶつける。症状が悪化して集団セラピーに参加するようになると、オカルトじみたファミリーヒストリーを語った。
息子との関係は最悪である。ピーターはかつて母親が自分に灯油をかけて火をつけようとしたことがあると話す。アニーにはそんな記憶はなく、夢遊病のせいだと主張する。病気が原因だとしても、息子が恐怖心にかられるのは当然だろう。
悲惨な事故がもたらした破局
なんとか均衡を保っていたグラハム家に、決定的な破局が訪れた。新たな死が家族を襲うのだ。物語の中で重要な意味合いを持つ事件なので詳しくは書けないが、交通事故である。安全性が高いことで知られるボルボでも、道路に鹿がいることまでは想定していない。旧型なので、自動ブレーキが装着されていなかったようだ。避けそこねて電柱に激突すると、乗員はどうしたってダメージを受ける。
ドライバーは軽症で済んだが、同乗者の乗車姿勢には少々問題があったことが悲劇を呼ぶ。シートベルト着用の大切さにあらためて思い至る。これも詳しくは書けないのだが、悲惨な死に方をしてしまうのだ。『アウトレイジビヨンド』で椎名桔平が陥った事態と同じようなひどさだとだけ言っておこう。事件の後、アニーはこの凄惨な現場をミニチュアで再現していた。明らかに狂気がエスカレートしている。
ここまではまだ序の口で、この後思いもつかないような展開が待っている。全く救いがないので、観終わってからイヤな後味が長く残るのだ。この作品を配給しているのは、『アンダー・ザ・シルバーレイク』の回で触れたA24。ホラーのジャンルでも新風を吹き込んできた。
この秋冬は、ホラー映画が豊作である。『クワイエット・プレイス』はミニマリズムのSFホラーで新鮮な恐怖を味わわせてくれた。来年にはダリオ・アルジェント監督の名作『サスペリア』のリメイクが公開される。『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督が、スタイリッシュなアート系ホラーを進化させた。どの作品も、決してひとりでは観ないでください……。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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