第586回:“花の都”の名にそぐわない!?
パリで“粘着テープぐるぐる補修車”が目立つ理由
2018.12.28
マッキナ あらモーダ!
ドライバーなら誰でも持ってる
2018年11月中旬、パリを中心にフランス各地で、マクロン大統領の燃料税引き上げに反対する人々が黄色い蛍光ベスト(gilets jaunes)を着用して抗議活動を展開した。
このベスト、日本の報道では「作業用の黄色いベスト」とだけ説明されているものが大半だ。しかし、フランス人なら誰でも持っているといってもいいほどのアイテムである。なぜか?
この国では車両故障の際などに車外へと出る場合、高い視認性を備えたベストを着用することが道路交通法で義務付けられている。そのため、クルマのグローブボックスや、ドアの内張りポケットの中などに常備されているものなのだ。
ちなみに筆者が住むイタリアでも2004年に法制化され、緊急時に着用していないと41ユーロから169ユーロ(約5000円~約2万1000円)の反則金、そして20点満点の免許証から2点が減点される。
筆者も法制化されたとき、慌てて自分と女房の分をカー用品店で買い求めた。ところが直後に自動車誌『クアトロルオーテ』に付録として付いてきた。なんだよ、早く教えてくれれば1着買うだけで済んだじゃないかと、ミラノの編集部に電話をかけたくなった。
今回、フランスで人々が着用しているのは黄色の蛍光ベストである。だが、EU統一基準に適合した製品として、黄色のほかにオレンジや赤も販売されている。
また、フランス・イタリア両国とも自動車を追う形で――順守している人はクルマに比べて少ないが――自転車に乗車する場合にも着用が義務付けられている。
このベスト、ガソリンスタンドやホームセンターのほか、大きなスーパーのカー用品売り場でも、かなりの確率で入手できる。だからこそみんなが着てデモに参加しやすいのだが、日本のメディアの報道からはこの事実が欠落している。
近ごろ妙に目立つもの
このデモが真っ盛りだったのは2018年12月上旬だ。同じ月、筆者はパリでライドシェアサービス「ウーバー」をたびたび使った。話を聞いたあるドライバーは、水道工事業の空き時間を使って稼いでいるのだという。
その彼は数カ月前におろしたばかりだという「BMW 2シリーズ グランツアラー」を運転しながら、「デモがある週末はクルマを壊されるかもしれないので、運転手の仕事はやめてるよ」と話す。
しかしながら、ウーバーは受給バランスを巧みに自動計算して料金が決まる変動価格制である。つまり、稼働していないクルマが増えると、稼働しているクルマの料金が上昇する仕組みだ。したがって「同僚の中には、休業するドライバーが多いのを見越して、危険を顧みずにがんばるやつもいる」らしい。
ところで、最近パリの街で目立つものといえば、粘着テープで補修したクルマである。灯火類まわりだけを補強したクルマがあるかと思えば、バンパーまるごとテープで支えているものもある。
以前からドアミラーといったぶつけやすいパーツや、初代「フィアット・パンダ」のウィンドウまわりなど、さびて穴が開きやすい“急所”にテープを当てているクルマは散見された。だが、近ごろの貼り方は、もっと大胆なのである。一部の過激化したデモ参加者によって、破壊されたクルマたちか?
だが、デモ地点からさほど遠くないところに住むフランス人の知人は、「彼らはクルマを燃やすなど、もっと大胆に破壊する」という。「そもそも、クルマを壊すくらいでは満足しないのだよ」と語る。
では、粘着テープを貼らなければならない理由はなんだろうか?
アルピーヌとか言っていられない
それに対して知人は「すべてはパリで自動車を維持するコストの高さが原因だよ」と答える。つまり、周辺コストが高すぎてクルマを買い替える余裕がないということだ。
「まずは駐車料金が高騰している」。路上駐車ゾーンにおいて、近隣住民は1日1.5ユーロ、1週間9ユーロという優遇料金が設定されている。しかし、実際は空きスペースを探すのは至難の業で、見つかるかどうかは運の領域と呼べるものだ。
彼は2007年から開始されたシェアリング自転車サービス「ヴェリヴ」の駐輪スペース拡充も、路上駐車できるチャンスを減らしてしまったと指摘する。
シェアリングEVサービス「オトリブ」の充電ステーションもそれに拍車をかけた。2018年にそのサービスが廃止されたのは本稿第560回に記したとおりだが、その設備は近い将来、グループPSAが主導する同様のサービス「フリートゥムーブ」などが継続使用する予定だ。
また、たとえパリ市民でも自分が居住するゾーン以外に通勤などで駐車した場合、6時間で50ユーロ(約6300円)かかる。また、同じスペースを続けて6時間以上占有することは許されない。
「じゃあ、安くて程度のいい中古車を購入して次々乗れば?」と考えてしまうが、パリ市は2016年7月から、欧州排ガス基準ユーロ1までしか適合していない車両(1996年12月以前の生産車)の乗り入れを、朝晩と週末だけに制限した。つまり、そこそこ新しいクルマを買わなければならないのだ。
知人は続ける。「パリでは修理代も高騰している。近所のアウディ正規ディーラーの工賃は、車種によっては1時間あたり150ユーロ(約1万9000円)もする」。
参考までに、筆者が住んでいる、イタリアの地方都市シエナにおけるメルセデス・ベンツ指定サービス工場の時間あたり工賃は、よほどの高級モデルでなければまだ60ユーロ(約7500円)台である。パリがかなり高額であることがわかる。当然のことながら、そこにパーツ代や法定リサイクル料金がプラスされるわけだ。かくして、人々はテープによる簡易補修に走るのである。
ぶつけたり、ぶつけられたりして破損するほかにも「近年では道路補修が追いつかないのもまずい」とは同じく知人の言葉だ。要は荒れる→日ごろからボディー各部にさまざまな負荷がかかる→壊れやすくなる、というわけだ。
2018年、日本でフランス車といえば「アルピーヌA110」一色であったが、本場における一般人のクルマ生活はそんなに甘くないのである。
布テープでアルピーヌ
ところでその粘着テープ、意外なことにフランスでもイタリアでも日本では当たり前の強力かつ安価な「布粘着テープ」が普及していない。あっても水道管をもふさげるような本格的な補修テープのみだ。
だからクルマの補修にも、はがす途中で二股に裂けてしまうような低品質のフィルム粘着テープを使うしかない。それを使って壊れた場所を確実に固定するため、かなり見栄えが悪くなるのである。
布粘着テープが広まらない状況は、ヨーロッパで22年生活していても一向に変わらない。文房具店に行って日本の布粘着テープを見せたら、「へえー」と感心された。
だから筆者などは日本に行くたび、スーパーでそれを買って帰る。すしをごちそうしてもらうより、布テープをプレゼントしてもらうほうがうれしいとさえ思っている。
パリでは2030年までに、内燃機関車の市内乗り入れが禁止される予定だ。それまであと11年。テープ補修で乗り切るパリジャン&パリジェンヌは、まだまだ増えそうである。いっそパリで「リュバン・アデシーフ(布テープ)ジャポン」などという店を開けば、ひょっとしたら大当たりして、アルピーヌA110を買えるのではないか、と考えている年の瀬である。
来る2019年も、在住者ならではの肌感覚をもって欧州自動車事情を語りたいと思う。よろしくお付き合いのほどを。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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