第186回:冬休みに観たい! クルマ映画DVDの新作3本と旧作1本
2018.12.28 読んでますカー、観てますカーアニキが弟分を出迎えるオープンカー
3年の刑期を終えたヒョンスが刑務所の門を出ると、黒塗りの高級車がズラリと並んで出迎える。その先に止まっているのが1台の赤いオープンカー。「フォード・マスタング」だ。塀の中で知り合って意気投合したアニキのジェホが待っていた。長い間会えなかった恋人との再会のようなシーンである。そうなのだ。2人は刑務所の中で力を合わせて敵対する勢力との抗争に勝ち抜き、信頼と友情で固く結ばれていた。恋人同士よりも強い絆である。
刑事が犯罪組織に潜入し、ボスに取り入って情報を収集する。組織を壊滅させることが目的だが、兄弟のような関係が育まれていくにつれ本来の使命を忘れてしまう。『名もなき野良犬の輪舞』のストーリーは、これまでに多くの作品で用いられたものだ。手垢(てあか)のついた展開なのに最後まで緊張感は途切れない。警察側も含めて誰が裏切り者なのかがわからず、ヒョンスとジェホの間に本当の友情があるのかどうかも判然としないからだ。
ビョン・ソンヒョン監督は、表層的なリアリティーにはこだわらず、美的な視覚効果を追求する。出所のシーンで刑務所の外に荒野が広がっているのもあり得ないが、2人の劇的な再会を演出するには必要な舞台なのだ。ジェホ役は演技派のソル・ギョング。『1987、ある闘いの真実』にも民主活動家として出ていた。ヒョンスはアイドルグループ「ZE:A」のイム・シワン。凶暴な情念を内に秘めながらひょうひょうとした振る舞いをするヤバい若者を好演している。
![]() |
拡大 |
リヴィエラが似合うアル・パチーノ
連続殺人事件を追う刑事を描く『ハングマン』も、よくあるタイプの作品かもしれない。新味は、単語当てゲームのハングマンがモチーフとして使われていることだ。文字数を示す下線が引かれ、そこにアルファベットを当てはめていく。正解すると線画が少しずつ描かれていき、最後にはつるされた男(ハングマン)が完成する。
毎晩11時に殺人が行われ、胸にアルファベットを刻んだ死体がつるされる。近くに残されたハングマンの線画に10の下線が引かれているのは、10人を殺すという予告だろう。捜査を担当するのは殺人課のルイニー刑事(カール・アーバン)。彼は1年前に妻を惨殺され、心に傷を負っている。捜査には記者のクリスティ(ブリタニー・スノウ)も同行する。警察に密着してルポルタージュを書く許可が出ているのだ。
ルイニーには強力な助っ人が加わった。すでに退職していた元刑事のアーチャー(アル・パチーノ)である。彼は愛車の「ビュイック・リヴィエラ」の中で街を見張りながらクロスワードパズルを解く毎日だ。平穏な生活を送っていたが、連続殺人の犯人はアーチャーに何らかの恨みを抱いているらしい。年はとったが、アーチャーはまだ現役のつもりでいる。リヴィエラが「ダッジ・ラム」に当て逃げされた時には激しいカーチェイスで追い詰めたほどの元気が残っている。
アル・パチーノは78歳。『セルピコ』や『ヒート』などの名演が知られている彼にとって、警官役はお手のもの。今作のジジイ刑事もいい味だ。
![]() |
拡大 |
見慣れないSUVだと思ったら……
オーランド・ブルーム主演のアクション映画で、タイトルは『スマート・チェイス』。てっきりイギリス映画かハリウッド映画だと思っていたのだが、舞台は上海。原題は『極致追撃』で、製作も配給も中国なのだ。キャストもレオ・ウー、リン・ホンなどの中国俳優が多い。
警備会社「S.M.A.R.T.安保」を経営するダニー(ブルーム)はゴッホ『ひまわり』の移送を依頼されるが襲撃を受けて強奪される。信頼を失った彼はボディーガードで糊口(ここう)をしのいでいたが、1年後に3600万ドルのつぼをロンドンに運ぶ仕事が舞い込んだ。名誉回復のために引き受けた彼は、万全の警備体制を整える。空からドローンで周囲を監視して襲撃に備えるのだ。
3台のSUVで隊列を組み、空港に向かってスタート。ドローン警備システムは順調でミッションは無事成功しそうに思われたが、オートバイ軍団が襲いかかってきた。路地に追い詰められてSUVは転倒し、つぼは奪われてしまう。犯罪組織との争奪戦が繰り広げられるわけだが、よくあるタイプのアクションものである。正直に言って、なにか新しい仕掛けがあるわけではない。
ちょっと珍しかったのは、カーチェイスで使われたSUVである。「BYD唐(Tang)」なのだ。もちろん日本では売られていないので、どんな性能なのかもよくわからない。現在は中国資本が映画界を牛耳っているのだから、これからはわれわれの知らないクルマが活躍する作品が多くなる可能性がある。この映画で最後に活躍するのは「フェラーリ・カリフォルニア」だったので、まだまだ欧米のプレミアムブランドが必要とされてはいるのだが。
レア車で『ボヘミアン・ラプソディ』を大合唱
新作ではないが、『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしているタイミングでぜひ観ておきたいのが『ウェインズ・ワールド』。1992年の作品である。アメリカのバラエティー番組『サタデー・ナイト・ライブ』の超人気コーナーを映画化したものだ。ウェインとガースが地下室から放送しているケーブルテレビ番組が舞台となっている。
この映画が公開されると、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』がリバイバルヒット。オープニングシーンでこの曲が流れたのだ。5人のボンクラロック青年がクルマに乗り込み、カセットテープで『ボヘミアン・ラプソディ』を聞きながら合唱してヘッドバンギング。シカゴの街を流す映像は幸福感にあふれていた。乗っていたクルマは「AMCペーサー」。このセレクトにもセンスがうかがえる。
主人公のウェインを演じたのがマイク・マイヤーズ。『オースティン・パワーズ』シリーズでも知られる俳優で、今回の『ボヘミアン・ラプソディ』にも出演している。クイーンの斬新な楽曲の価値がわからずシングルカットに反対するレコード会社社長のレイ・フォスター役だ。事実とは正反対の役回りで、もちろん狙ったキャスティングだろう。こういう細かいところにまで心を配った作品だから圧倒的な支持を集めているのだ。
(文=鈴木真人)
![]() |
拡大 |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第292回:350SEが運ぶのは幸福か、それとも究極の不幸か……
『星の時 4K』 2026.8.20 ブラジルの女性小説家クラリッセ・リスペクトルが1977年に発表した小説を、女性監督スザーナ・アマラウが1985年に映画化した伝説の作品。「メルセデス・ベンツ350SE」がもたらす運命の瞬間を謎めいた手つきで描き出す。 -
第291回: あの衝撃的なラストシーンは2CVで撮影されていた!?
『ヌーヴェルヴァーグ』 2026.7.9 1959年のパリで、ゴダールが『勝手にしやがれ』の撮影を開始。脚本もなく演出はその場で指示するという型破りのスタイルに、俳優もスタッフも困惑し現場は混乱を極める。はたして映画は無事に完成するのか……。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か
『シラート』 2026.6.4 失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現! -
第288回:自称詩人は中古車で自由を表現する?
『自然は君に何を語るのか』 2026.3.20 「月刊ホン・サンス」第5弾は『自然は君に何を語るのか』。恋人の両親に初めて会う自称詩人は、気まずい空気の中で次第に感情を抑制できなくなっていく。「キア・プライド」が小道具としていい味!
-
NEW
スポーツカーに未来はあるか?
2026.9.1あの多田哲哉のクルマQ&A年々、開発環境が厳しくなるといわれるスポーツカーは、この先も存在しうるのか? トヨタのエンジニアとしてさまざまなスポーツカーを開発してきた多田哲哉さんに“未来のスポーツカー像”を聞いた。 -
NEW
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”+エアロパフォーマンスパッケージ【試乗記】
2026.9.1試乗記2020年のデビュー以来、間断なく進化を続けてきたコンパクトスポーツの「トヨタGRヤリス」。一般ユーザーの間ではもちろん、コンペティションの世界でもチューニングのかいわいでも光を放つ一台は、2026年モデルでどう進化したのか? その走りを報告する。 -
“自然を連想する車名”の名車特集
2026.9.1日刊!名車列伝暑さが和らぐ一方で、台風シーズンとも呼ばれる9月。その風をはじめ、星座、景観など自然を連想させる名前が与えられた、世界の名車を日替わりで紹介します。 -
興味があるのはたったの3割!? 自動車業界を揺るがすSDVやAIって本当に必要なの?
2026.8.31デイリーコラム自動車も、スマホのように機能がアップデートできるようになる! ……ということで注目されるソフトウエアディファインドビークル(SDV)だが、日本のユーザーの多くが「いらない」と思っていることが判明! 急速に進むデジタル技術の、必要性について考えた。 -
第343回:おやじ、涅槃で待つ
2026.8.31カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。ちまたでの評判がよく、売れ行き好調の新型「日産キックス」に試乗した。その出来はカーマニアをも満足させる評判どおりのもので、新車購入のきっかけにもなった。え? 購入したのはキックスではない? -
アウディQ3スポーツバックTFSIクワトロ150kWアドバンスト(4WD)【試乗記】
2026.8.31試乗記フルモデルチェンジした「アウディQ3スポーツバック」に試乗。プラットフォームやパワートレインこそ従来型の改良版ではあるものの、内外装のデザインやインフォテインメント、効率性のすべてにおいて大幅な進化を遂げたという。その仕上がりやいかに。






