ランボルギーニ・アヴェンタドールSロードスター(前編)

2019.01.10 谷口信輝の新車試乗 谷口 信輝 最高出力740psのスーパースポーツ「アヴェンタドールSロードスター」に谷口信輝が試乗。まずは過去のランボルギーニ体験を含む、このブランドに対する自身の思い出から紹介する。
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

小さな頃から猛牛派

本日、谷口信輝が“対戦”するのは、ランボルギーニのフラッグシップモデルであるアヴァンタドールSのロードスターバージョン。左右2分割式のルーフを取り外せば大空をひとり占め(ふたり占め?)できるという、とびきりチョーぜいたくなオープンスーパースポーツカーである。

ところで、谷口はランボルギーニにどんなイメージを抱いているのだろうか?
 「そりゃやっぱり、僕だってスーパーカー世代だからランボルギーニには憧れましたよ。あのー、当時はクラスの男の子がフェラーリ派とランボルギーニ派に二分されていたじゃないですか。あの頃の僕は完全にランボルギーニ派ですよ。というか、『カウンタックLP500』ですよね、僕が憧れていたのは……」

それから月日が過ぎてレーシングドライバーとして名をはせた谷口青年は、知人が所有する歴代ランボルギーニをドライブするチャンスに何度か恵まれたという。
「憧れのカウンタック、乗りましたよー。でもね、覚えているのはハンドルもアクセルもクラッチもチョー重いってことくらい。ただし、クルマが放つオーラっていうか存在感はものすごかったですよね。高速のサービスエリアに止めておいても存在感がハンパなくて、昔だったらあっという間に人だかりができちゃった。ところでランボルギーニって、もともとは農耕用のクルマを作っていたんですよね?」

そのとおり。創業者のフェルッチオ・ランボルギーニはトラクターの生産と販売で財を成すと、自分が理想とするラグジュアリースポーツカーを作り出すため、ランボルギーニ・アウトモビリをイタリア北部のサンタアガタ・ボロネーゼに立ち上げた。これが1963年のこと。そして処女作の「350GT」と「400GT」に続いて誕生したのがランボルギーニの名を世界的に有名にした「ミウラ」。これに続いて登場したカウンタックによりスーパースポーツカー界で不動の地位を築いたランボルギーニは、さらに「ディアブロ」や「ムルシエラゴ」を投入。そうして脈々と受け継がれたフラッグシップの歴史をいまに伝えるのがアヴェンタドールなのである。

 
ランボルギーニ・アヴェンタドールSロードスター(前編)の画像拡大
 
ランボルギーニ・アヴェンタドールSロードスター(前編)の画像拡大
 
ランボルギーニ・アヴェンタドールSロードスター(前編)の画像拡大
 
ランボルギーニ・アヴェンタドールSロードスター(前編)の画像拡大